宇佐美貴史の出場機会が急増中。「弱者のサッカー」も出来るのだ!

出場機会と出場時間の増加は、何を意味しているのだろうか。

12月10日のハンブルガーSV(HSV)とのアウェーゲームで、宇佐美貴史は3試合連続となる途中出場を果たした。与えられたプレー時間は21分。これはアウクスブルクにやってきてから最も長いものだった。

大きな期待をうけて2度目のドイツ生活をスタートさせた宇佐美は、開幕戦こそ後半36分から途中出場を果たしたが、そこからは試合に出られない時期が続いていた。

リーグ戦14試合を終えた時点で、途中出場が4試合、先発はいまだ0だ。ベンチ入りしながらも出番がなかった試合が4試合、怪我で欠場したのが3試合、怪我以外の理由で試合のメンバーからもれたのが3試合ある。

そもそも宇佐美がアウクスブルクにやってきたのは、ロイターGMに評価されたからだ。彼は、現役時代にドルトムントでCL優勝も経験した名選手でもあった。

ガンバ大阪との移籍交渉の最中に、昨シーズンまで指揮をとっていたバインツィアル監督がシャルケへ移り、新たにシュスター監督が就任するという、ハプニングの一言では片づけられない大きな出来事はあった。それでも、シュスター監督が宇佐美の能力を認めなければ、移籍の話は消滅していたことだろう。

ただ、シュスター監督の就任は、宇佐美にとって不幸の始まりだと言われる可能性はあった。彼が昨シーズンまで指揮をとっていたダルムシュタットで極めて守備的なサッカーをしてきたのは、以前のコラムに書いたとおりだ。

宇佐美は「弱者のサッカー」を身につけようとしている。

 しかし、移籍が決まる直前に起こった監督の交代劇を、宇佐美本人はこんな風に表現している。

「戦術はおおまかにわければ、『強者のサッカー』と『弱者のサッカー』というのがあると思いますけど、自分はどちらかというと『強者のサッカー』を今までやってきた。だからこそ、今やっている監督のサッカー、やろうとしているサッカーを身につけるのは僕にとって『必須』というか……。このサッカーに完全にフィット出来れば、より使いやすい選手になると思います。

今の監督は、守備から入る。まずは、失点をしないことを考える。その上で、『守から攻』に(素早く)移ることを徹底していくスタイルだと思うので。そのスタイルの中に、自分が身に付けられるものは必ずあるはずですし、それを身に付けたときが成長なのかなと思っていました。だから、全然ネガティブにはとらえていなかったです」

宇佐美はこれまで自身が取り組んで来たサッカーと、シュスター監督の求めるサッカーを端的に言い当てている。

宇佐美「日本代表でも引いて守ることありますよね」

 第14節のHSV戦では相手に退場者が出たためボール支配率で大きく上回ることになったが、13試合を終えた時点でのアウクスブルクの平均ボール支配率は45.5%。リーグで下から数えて5番目だ。

昨シーズン、シュスター監督が率いていたダルムシュタットのボール支配率はリーグで唯一40%を下回っていた。それと比べればいくぶん数字は上がっているものの、シュスター監督がいわゆる『弱者のサッカー』を信奉している点に変わりはない。

しかし、『弱者のサッカー』と評されるスタイルは、チームが弱いということを単純に意味するわけではない。

宇佐美は、シュスター監督の求めるサッカーの中で成功することが、選手個人としての成長だけではなく、現代サッカーの流れを考えても、日本代表で活躍するためにも、意味があると考えている。

「例えば日本代表でも、オーストラリアとアウェーでやるときには守備を固め、その中で前に出て行くような戦いをしましたよね。日本代表でもそういうことが行われ始めている、と。『そうなった状況でコイツは使えないよね』という選手だったら、僕としても納得は出来ない。

今日の試合でも何回か球際で勝って、そこから仕掛けていけた場面がありましたけど、そういうシーンをもっと増やしていきたくて。それを練習からも、ずっと意識してやっているところです」

劇的に増えてきたスプリント回数。

 そして、こう力を込めた。

「自分が変化していかなきゃいけないということは、日本でやっていたときからも感じていました。むしろ僕にとって、今のチームスタイルは好都合だと思うんですよね」

宇佐美の言葉が強がりでないのは、実際のデータからも明らかだ。

途中出場したケルン戦では、12分間の出場で8回のスプリント数を記録している。90分に換算すると、60回もスプリントした計算になる。

フル出場と途中出場を一概に比較することはもちろん出来ないが、ヘルタ・ベルリンの多くの試合でスプリント数がチームトップを記録する原口元気でさえ、1試合のスプリント数は少ないと25回、多くても35回程度だ。宇佐美が攻守で走り回っているのは、疑いようのない事実だ。

「守備もできる選手」というレッテルを自分で貼る。

 ケルン戦から3試合続けて起用されているのも、そうした姿勢とも無関係ではないだろう。しかも、21分間出場したHSV戦にしても、宇佐美がベンチ前で交代の準備をしている間にアウクスブルクのコールが退場し、その2分後に先制点を奪われてしまったために、監督とコーチが対応を話し合うハプニングがあった。そのため、すでにウォーミングアップを終えていた宇佐美はベンチで10分弱にわたって、待機することになった。一連の動きがなければ、出場時間は実際の21分ではなく、30分近くにまで伸びていたはずだ。

宇佐美も、監督の求めるサッカーへ適応してきていることが、出場時間が伸びている要因の1つだという手ごたえがある。

「(技術的な)ミスをせず、左サイドから連係を作っていくことはもちろん持ち味ではあるので、それはやります。ただ、それプラス、守備でも(走りまわる)。僕が途中出場で入って失点していることはないですし、左サイドから崩されているっていうのもない。

『どういう状況でも使える選手』とか『守備も出来る選手』だというレッテルを自分から貼っていく、ということですかね。そういうのを少しずつでも、見せていければ……。あとは(攻撃の部分で)どうなるか、何が起こせるか、ということになると思いますね」

宇佐美がIQテストを受けたら相当高いのでは。

 もしも宇佐美がIQテストを受けたら、その成績はサッカー選手の中でトップクラスになるのではないだろうか。華麗なプレーばかりがフィーチャーされがちだが、それくらいに地頭が良い。状況を理解し、それを言葉で表現する能力も群を抜いて高い。将来、彼がかもし出すオーラと言語化する能力でもって、宇佐美が優秀な監督となったとしても、少しも不思議ではない。

しかしそんなのは10年、20年と先の話だ。大切なのは今、何をするかである。

香川真司がファーガソンに請われてマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したとき、27年間指揮をとっていた監督の代わりに、ポンコツの指揮官がやってくるなどとだれも予想できなかったはずだ。

日本人選手からだけではなく、海外の選手からもプロ意識の高さを評価される長谷部誠が、よりによって恩師であるマガトに干されることになると予想するのも難しかった。細貝萌がヘルタのキャプテン候補にあげられながら、監督交代とともに戦力外扱いを受けることになると誰が予想できただろうか。

サッカーの世界にかぎらない。そんな理不尽さはどんな世界でもある。

取り組んでいるのは、自分と真逆のスタイル。

 おそらく、宇佐美にはピッチの上での2つ先、3つ先のプレーまで見えているだろうし、監督のチームマネージメントの行方を予想する能力があるはずだ。

しかしピッチの上で、選手が何もないところで足を滑らせてしまうことがあるように、監督やGMなどを含めたチーム編成が、誰も予想できない結末を迎えることもあるだろうし、それゆえに理不尽な状況が訪れることもよくある。

計算できるからこそ、先が読めるからこそ、自分のスタイルとは違うものにガムシャラに取り組む宇佐美の今の姿勢は、大きな可能性を感じさせる。

アウクスブルクのバインツィアル監督が退任した時点で、ブンデスリーガの他の17クラブを見渡して、もっとも宇佐美のスタイルとは合わないサッカーをするのが、シュスター監督だったことは間違いない。しかしそんな状況を受け入れて、海を渡ったのだ。そこで腐るような男ではないだろう。

攻撃能力がブンデスで通用することは疑いない。

 宇佐美がホッフェンハイム時代に決めた、相手チームの3選手を計4回かわしてのゴールは、ドイツでも大きな話題になった。

フライブルク戦でボールを受けてから反転し、ペナルティエリアの外から蹴り込んだミドルシュートは、日本人はペナルティエリアの外からのシュートが少ないと嘆く日本代表のハリルホジッチ監督が両手を上げて喜びそうなスーパーゴールだった。彼の攻撃能力がブンデスリーガのディフェンダーを圧倒するものであることは、すでに証明している。

あのとき足りなかったものを身につけたとき、宇佐美がリーグを席巻するような活躍を見せる可能性はおおいにある。

12月14日のドイツ時間の午後、アウクスブルクはシュスター監督とコーチ陣の解任を発表した。ロイターGMは「最近のチームが見せているサッカーが我々の望んでいるようなものとは違ってきていた」と理由を説明した。後任は下部組織の責任者だったバウム氏が務めることになる。

この先アウクスブルクがどのようなサッカーを志向していくかは不透明だ。しかし、シュスター監督の下で宇佐美が腐らず、前向きに取り組んだという事実はプラスに働くことはあっても、決してマイナスにはならい。

年内の残りの2試合とそこに向けた準備期間は、宇佐美にとって来年のさらなる飛躍につながる大事な時間となる。

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