「トップチームでは使えないよ」長谷川健太は久保建英を“特別扱い”しなかった「FC東京に戻らないことも覚悟して…」名将に聞く“天才が変わった日”
幼少期から「天才少年」として注目され、期待通りに日本代表の中心選手へと成長を遂げた久保建英(25歳)。しかし、順風満帆と思えるキャリアにも“挫折”を味わった時期があった。絶対に特別扱いはしない――監督としてFC東京時代の久保を指導した長谷川健太氏が、日本サッカー界の至宝と正面から向き合った日々を振り返る。(全3回の1回目/文中敬称略)
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久保建英という超逸材を、どう育てるべきか
久保建英という選手の足跡を辿るときに、FC東京で過ごした日々は重要な意味を持っている。長谷川健太監督(当時)のもとで過ごした期間が、久保を現代的なフットボーラーへ変えたのである。
スペイン1部バルセロナの下部組織所属だった久保は、同クラブがFIFA(国際サッカー連盟)から18歳未満の外国人選手獲得と登録違反による制裁を受けたことで、公式戦に出場できなくなってしまった。このため、2015年にFC東京の下部組織に入団し、翌16年に中学3年でU-18へ飛び級で昇格する。同時に、トップチームの試合に出場できる2種登録選手として登録された。
2016年11月に、J3リーグで活動していたFC東京U-23のメンバーとして公式戦に出場した。翌17年5月にはルヴァンカップでトップチームデビューを飾り、同年11月に16歳でプロ契約を結ぶ。
2018年にはプロ選手として本格的な一歩を踏み出す。そのタイミングでトップチームの監督に就任したのが長谷川だった。
「18歳になったらスペインへ戻るのは決まっていて、日本サッカー界の金の卵です。うまいのは間違いないけれど、覚えなきゃいけないことはたくさんある。どうやってサッカーを教えるか、というのは考えました。プロ選手としてしっかりスペインへ戻して、日本代表につながるような日々にしないといけない。責任感やプレッシャーみたいなものはありましたね」
プレシーズンのキャンプでは、Bチームの練習試合で起用した。ゴールを決めた試合もあったが、目を見張るプレーがあったわけでなく、すぐにトップチームへ上げるレベルでもなかった。
「とにかくボールに触りたい選手なので、ボールをもらいに寄っていく。それまでは建英がチームで一番うまかったから、ちょっと寄ればどんどんボールが集まってくるような環境でやっていたと思うんです。でも、トップチームでは寄ってきたからといって必ずパスが出てくるわけではない。そうすると、余計にボールを欲しがって寄っていく。オフ・ザ・ボールの動きがないんです」
「競争に勝たないと出られないよ」特別扱いは一切なし
まずは好きにやらせてみてから、というスタンスで、長谷川は久保と接していた。しかし、戦力になってもらうためにも、具体的な指導に乗り出していく。
「自分はどこが主戦場なのか、という話をしました。ペナルティエリアの右角45度なら、そこでボールを受けられるようにポジションを取らないといけない。ハーフライン付近でボールをもらっても、彼のいいところは出ない。ペナ角右45度でいかにボールを受けるのかを考えたらいいんじゃないか、という話をしました」
久保のリアクションは、必ずしも期待したものではなかった。それも、長谷川には想定内である。
長谷川が指摘すると、久保が「でも、点を取ってますよね」と言う。「アシストもしていますよね」と言う。長谷川は「それはBチームの試合で、まだAチームに入れるレベルではない。チームの一員としての役割を果たせるようにならないと、トップチームでは使えないよ」と奮起を促した。
「本人なりに思うところはあったのでしょうし、彼は自分の意見をはっきり言うタイプです。それも感情的ではなく、理路整然とロジカルに話す。そういう意味では、とても大人びていましたよ」
FC東京の関係者やファン・サポーターはもちろん、日本サッカー界に関わるすべての人々にとって、久保は超新星である。足りないところには目をつぶって、使いながら育ててもいいのでは、との意見もあったに違いない。意見ではなく圧力として、長谷川に向けられたものもあったかもしれない。
だが、「いや……」と長谷川は切り出す。
「それをやったら、彼が潰れちゃうと思いました。試合に出られるレベルに達していないのに使っても、彼自身の今後につながっていかないと判断しました。クラブの期待、ファン・サポーターの期待はもちろん大きかったと思いますが、あくまでも競争に勝たないと出られないよ、そのために何をしなければいけないの、ということです」
そう言いつつも、長谷川は開幕戦から3試合連続で途中起用している。開幕から10試合のうち9試合でメンバーに加え、8節でも追いかける展開でピッチに立たせた。間違いなく期待はしていたのだろう。
移籍を望んだ久保「戻ってこないことも覚悟した」
久保の思いは微妙に違った。出場機会が得られていない状況を踏まえて、移籍を志願したのである。
長谷川はもちろん慰留した。同時に、自らの起用法に納得していないことを理解していた。8月16日、同じJ1の横浜F・マリノスへの期限付き移籍が発表されたのだった。
追加登録された直後の試合で、久保はメンバー入りした。8月22日の天皇杯でいきなりスタメンに名を連ね、アシストを記録した。4日後のJ1リーグでも先発し、J1リーグ初得点をマークした。新天地デビューはインパクト大だったが……。
「あとは途中交代でしたね」と長谷川が言う。メモを見ることもなく、2018年の久保の出場履歴を語る。期限付き移籍をさせても、しっかりと追跡していたことが分かる。
「F・マリノスはアンジェ・ポステコグルーが監督だったので、翌年も期限付き移籍を継続する選択肢はあったと思うんです。個人的には戻ってこないことも覚悟していたんですが、もう一回こっちでやりたいと」
「何でも言ってください」FC東京復帰後の“変化”
FC東京に復帰した久保は、長谷川に言った。
「言われたことをやります、何でも言ってください、と。明らかに変わりました。たぶんそれまでは、僕のやり方に自分が合ってない、という気持ちがあったのでは。別のクラブへ行けば自分がやりたいことができる、という。ポステコグルー監督がどういう評価をしたのかは分からないですけれど、F・マリノスでも思うように使ってもらえず、彼なりに考えるところがあったのでしょうね」
長谷川はオフ・ザ・ボールの動きを徹底して伝えた。久保が自分の良さを最大限発揮するために、どこでボールを受けるべきなのかを解析した。
ディフェンスも叩き込んだ。チャレンジ&カバーの基本原理から、FC東京の具体的な守り方を事細かに説明していった。
「2019年のキャンプは、ずっとトップチームで使いました。キャンプの練習試合では、最初はJ2やJ3のクラブと対戦するのですが、こちらが求めることを攻守において見せていました。J1のクラブとの練習試合でも及第点の出来で、川崎フロンターレとの開幕戦のスタメンに選んだんです」
試合は0対0に終わったが、久保のパフォーマンスは長谷川を大いに納得させるものだった。翌節以降も先発に指名し、久保は試合ごとに進化を遂げていく。
「試合をするたびに良くなるという表現が、まさにふさわしいものでした。良くなってきたね、変わってきたね、こんなに伸びるんだ、という」
長谷川が日本代表入りを期待される選手の成長過程に触れるのは、久保が初めてではなかった。清水エスパルスとガンバ大阪を指揮してきたなかで、彼は久保に似たタレントを育成していたのである。
<続く>



