明神智和コーチの言葉を胸に序列を変える。中村仁郎がヴィッセル神戸戦で今シーズン初出場を飾ったワケ

 ガンバ大阪が首位を走るヴィッセル神戸を撃破した明治安田J1百年構想リーグWESTの第14節で、中村仁郎が後半32分からイェンス・ヴィッシング体制での初出場を果たした。長らくベンチ入りさえ果たせなかった技巧派レフティがその序列を上げた背景にあったのは、クラブのレジェンドの一人、明神智和コーチからの愛ある苦言だった。

「ガンバらしさ」の系譜に名を連ねる中村仁郎

 「ガンバらしさ」。極めて抽象的な言葉ではあるが、選手の育成に秀でるガンバ大阪のアカデミーは、ひとたびボールを持てば観客を魅了するタレントを数多く輩出してきた。二川孝広や家長昭博、宇佐美貴史らがその代表例だが、中村もその系譜に名を連ねる一人である。

 アカデミー時代から一貫して、彼が口癖にしてきたのは「ワクワクさせるプレー」。2020年12月に高校2年生でJ1デビューを飾りながらも、その後はポテンシャルを見せきれない日々が続いてきた。

 近年、その名が大きくクローズアップされたのは2024年8月に行われたレアル・ソシエダとのプレシーズンマッチ後である。同じレフティの久保建英が試合後に「個人的には41番の中村仁郎くんは、これからすごく楽しみ。僕とプレースタイルが似ている」と称賛したことが話題になったが、その直後にJ3の松本山雅に期限付き移籍し、2025年はやはりJ3のFC岐阜に期限付き移籍。J3でも爪痕を残せずに、今季はガンバ大阪で再起を目指していた。

 今季就任したドイツ人のイェンス・ヴィッシング監督が志向するのは現代サッカーのトレンドである強度の高さと縦への速さを前面に押し出すスタイルだ。小柄だが技術の高さとアイデアで勝負する自身のストロングポイントとはややもすると相性が悪いサッカーではあるが、中村は1月から前向きに取り組み、沖縄キャンプ中に見せたドリブルのキレは期待感を感じさせるものだった。

意識を変えたきっかけは明神智和コーチからの声かけだった

 開幕後、百年構想リーグとACL2を並行して戦う過密日程の中でも、出番どころか、メンバー入りさえ果たせない日々が続いた2月末、中村に現状を聞いてみた。

「人の意見を聞くことも大事だけど、それで自分の頭を混乱させてしまうんやったら、もっと自分を強く持つことが大事やなって、最近思ってます。周りの声を気にし過ぎずにやりたいと思いますね」

 決して意固地になっていたワケではない。J3の2クラブに期限付き移籍をしたことで、改めて自分のスタイルを貫くことの大切さに気づいたからこその信念だったが、そんなレフティの意識を変えたのが明神コーチからの声かけだったという。

 「ミョウ(明神)さんに『チームよりも個人が優先になっていて、個人を7割ぐらいで考えている。それを逆の割合で考えたら逆に自分のいいところを出せるかも』と言うことでした。試しに1週間、2週間とそれをやり続けたら、自分の中でもこっちの方がいいのかもと思えるようになりました」

 2月25日の公開練習を最後に非公開での調整が続くガンバ大阪だけに、中村がトライする日々の取り組みを見る機会はないのだが「自分でガッと仕掛ける回数は前よりも減ったけど、自分のチームが勝つことが多くなって、(周囲からの)見え方的にもそっちの方がいいのかなって」と中村。

 その結果が初のメンバー入りとなった4月29日の京都サンガ戦であり、「外す理由がないみたいなことを言われました」(中村)というヴィッセル神戸戦だったのだ。

明神コーチからの的確すぎるアドバイスに中村も感謝する

 それにしても、明神コーチの慧眼たるや、である。

 ガンバ大阪ユース時代にも中村を指導し、そのポテンシャルを知り尽くすレジェンドだけに、もどかしさがあったのだろう。「ユースの時からずっと僕に思っていたことはあったみたいで、『なんで活躍せえへんへんやろうな』ということをミョウさんなりに考えた結果、僕に伝えたと言ってくれました。すごくありがたいですね」と中村も大先輩からのアドバイスに感謝する。

 3点リードの場面で投入されたヴィッセル神戸戦は「守備のところが比較的多い試合になったので、そこでまずチームの穴にならないようにと頑張りました」と個を発揮する展開ではなかったが、5月6日の名古屋グランパス戦では2点を追いかける劣勢の流れで後半36分から途中出場。終了間際に美藤倫が決めた一矢報いるゴールは、中村のパスを受けた食野亮太郎のシュートがきっかけだったが、中村は得点の瞬間に、両手でガッツポーズ。従来の彼であれば、自ら仕掛けていたであろう局面で躊躇うことなく、フリーの食野にパス。「個人よりチーム」という明神コーチの助言が生かされた格好だった。

 現状ではまだ右サイドのファーストチョイスには入ってこないかもしれない、それでも苦悩の時期を乗り越え始めたレフティは「10分間とかでも、時間がいっぱいあるなと思ってプレーしたいなと思います」と殊勝な言葉を口にする。

待たれる「ワクワクさせる」男の覚醒

 プレーの強度、フィジカル、戦術が前面的に押し出される現代サッカーにおいてファンタジスタは世界的にも、もはや絶滅危惧種。それでも「ワクワクさせる」ことにこだわる中村仁郎は、失われつつあるサッカーの魅力を体現できるタレントだ。

 「アイツがボールを持ったら、何をしてくれるんやろうってお客さんが思う選手を作らなアカン」。ガンバ大阪のアカデミーを国内屈指の育成組織に育て上げた名伯楽、上野山信行さんはガンバ大阪を離れる時、「僕がガンバを離れても、仁郎だけは気になるね」と若き才能の行く末を気にかけていた。

 昨夏、筆者が上野山さんと再会した際にも「仁郎はどう?」とまず口をついて出た名は中村だった。

 ボール扱いと抜群のアイデアを持つ22歳は、自身の生き方にもこだわりを持つ男である。

 「感情をバッと出すのが、生き方として自分ではないなと思うんです。そこは淡々とやっているように見せたいです」

 悩み、もがき、そして足掻きながら、出場機会を掴み取り始めた中村仁郎――。

 上野山さんも、明神コーチもサポーターも、そして他ならぬ筆者自身も「ワクワクさせる」男の覚醒を心から待っている。

https://news.yahoo.co.jp/users/expert/shimozonomasaki

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