<ガンバ大阪・定期便142>『100本中の100本』の先に。一森純のPKストップ。
■VARでの確認を待って、キッカーと対峙。「スタジアム全体から圧をかけられているようにも感じた」。
これまでも記憶に残るセービングでチームのピンチを救ってきた一森純。J1リーグ第33節・鹿島アントラーズ戦の後半アディショナルタイムにおけるセービングも紛れもなくその1つになった。
スコアレスで迎えた後半、5分間のアディショナルタイムに突入してすぐの時間帯。鹿島・津久井佳祐の右サイドからの折り返しに対応した満田誠のプレーがハンドの判定を受け、鹿島にPKを与えてしまう。その瞬間、32,407人が詰めかけた真っ赤なメルカリスタジアムは大きなうねりをあげた。
「0-0で試合が推移していく中、あまりピンチらしいピンチはなかったんですけど、試合の最終盤、『これは、少し怪しいな』と感じ始めた時にあのPKのシーンになった。それはある意味、鹿島らしい強さだと思ったし、メルカリスタジアムに漂う空気がそれを後押ししているのも感じました。特にあのPKを獲得した瞬間は異様な空気だったというか。スタンドの盛り上がり、ピッチの雰囲気、スコアレスの状況はもちろんスタジアム全体から『勝って勝点3を積み上げようぜ』という圧をかけられているようにも感じました。ただ、自分は意外と冷静にその空気を受け入れていた気がします」
VARでの確認を待つ間、ボールが鹿島の荒木遼太郎から徳田誉に渡る様子を視界に捉えながら、やるべきことも整理できていたという。
「僕の記憶では、最初にボールを持っていたのは徳田選手だったと思います。そのボールを荒木選手が奪って『自分が蹴る』という意思を示していたので、ああ、荒木選手が蹴るんだなと思っていました。そしたら、VARチェック中に徳田選手が水を飲みにいった際、おそらく鬼木達監督からキッカーに指名されたんでしょうね。徳田選手から荒木選手にそれが伝達され、徳田選手がボールをもらい直したので『あ、変わるんか』と。僕としてはどちらが蹴るにしても、なんせあの空気だったので、嫌だなと思っていました。ただ、PKは必ず最後は自分の判断になるからこそ、とにかく正しく、プレーをしようというか。最良で最高の、適切な判断で向き合うことだけをリマインドしていました」
VAR判定によって鹿島のPKが確定し、一森がキッカーの徳田と対峙したのが90+4分だ。
「試合はまだ終わってない。プレッシャーがかかるのは自分も、キッカーも同じだ。最後の最後まで足掻いてやる」
視界の先に捉えていたガンバサポーターの姿に力をもらって気持ちを研ぎ澄ませると、徳田が右足を振り抜いた瞬間、的確な読みとセービングでボールを弾き出した。
「ハンドになった1つ前のシーンで、倫(美藤)がうちの左サイドから味方に繋げようとしたボールが津久井選手に拾われたんですけど、倫が簡単に外にボールをクリアしなかったのは、相手のロングスローへの対策として、できるだけ『あのエリアで簡単に外にボールを出すのはやめよう』という意思統一があったから。つまり、倫がそのプランを遂行しようとした結果だったので、僕自身は倫のプレーはすごくいい判断だと思っていました。実際、PKを止めた後にロングスローになりましたけど、めちゃ嫌でしたしね。そういう意味では、チームのみんなが最後までしっかりこの試合をものにするんだという決意で戦っていた中でのPKだったので、自分もその想いをしっかり受け継ぐだけだと思っていました。結果、(PKを)止められたのは…なんやろ、理由はないです(笑)。強いて言うなら、ピッチで表現されるプレーはすべて日々の積み重ねでしかないと考えているので、普段からGK陣と切磋琢磨しながらやっていることが間違いではなかったということだと思います。もちろん、勝てれば理想でしたけど、あのあとも、鹿島の圧に押し切られることなくしっかり無失点で締め括ることができたのはポジティブに受け止めています」
■PKのシーンで蘇った言葉。「サッカーはすべて、際の勝負で、それが選手の価値になる」
鹿島戦に限らず、PKのシーンではこれまでも繰り返し、勝負強さを示してきた。今年であれば、J1リーグ第21節・FC東京戦の後半に相手のエース、マルセロ・ヒアンのPKを止めたシーンも記憶に新しい。それを含め、ガンバでのPKストップは22年5月の北海道コンサドーレ札幌戦に続いて今回が3度目。キャリアを遡れば、J2・レノファ山口時代の16年に戦った天皇杯でJ1のアビスパ福岡を相手にPK合戦で2度、相手のPKを阻止して勝利を後押し。17年から在籍したファジアーノ岡山時代にも3度、PKを止めているという。また、23年に在籍した横浜F・マリノスでは、サガン鳥栖戦で2度、川崎フロンターレ戦や札幌戦でもPKに立ちはだかった。
聞けば、PKの度に過去の経験を思い返したり、周りから掛けられた言葉を自身にリマインドすることも多いそうだが、今回の鹿島戦では、岡山時代に長澤徹監督から掛けられた言葉が頭の中で再生されていたという。
「岡山時代、徹さん(長澤監督)が口酸っぱくおっしゃっていたのが『際(きわ)を抑えろ』ということでした。前半の立ち上がり、前半の終わり際、後半の立ち上がり、後半の試合終了間際はもちろん、攻撃でも守備においても、1つ1つのシュート、セーブ、クリアといったプレーにおいても、です。サッカーはすべて、際の勝負で、それが選手の価値になる、と言われていました。そこは今回のPKでもリマインドしましたし、常日頃から自分自身がすごく意識してきた部分でした」
その言葉は普段のトレーニングを見ても明らかだ。『際』のところで思い通りのプレーをするために、一森は日頃からその一挙手一投足にこだわり抜いて、ゴールマウスに立っている。
「徹さんには、世の中的に評価されるのは点を決めた選手、アシストした選手であることが多いけど、『プロの世界は逆だ』とよく言われていました。『守備のところで、このシュートブロックがあったよね、このリスク管理ができていたよね、ということが評価になる』と。だからこそ、100本のシュートストップのうちの100本をサボるな、ともよく言われました。人間だから100本中の100本に集中できなくなることもあるかもしれないし、仮にその1本をサボったところで誰にも気づかれないかもしれないけど、それをサボらなければ必ずその積み重ねがジャブになって、試合中の大事な際での1本になる、と。実際に、そう思い続けていることが今回のPKに限らず、際の場面で、自分の力を発揮することにつながっているのかもしれない」
だからだろう。一森は、鹿島戦前に戦ったAFCチャンピオンズリーグ2・ラーチャブリー戦で先発した東口順昭の好セーブについて尋ねた際も、「ヒガシくん(東口)らしい、いいセーブでしたよね!」と話した一方で、「刺激を受けて、奮い立たされたところもありましたか?」という問い掛けには「いや、それはないです」と否定している。
「あの場に来て『ヒガシくんがすごかったから、俺もやらなきゃ!』と思っているようでは、いいプレーはできなかったんじゃないかと思うんです。むしろ、そんなふうにキッカーと向き合っていたらサッカーの神様に『そんなこと今更思っても遅いよ』と突きつけられ、止められなかったんじゃないかとも思います。そうじゃなくて、いつも通りに、最良の適切な判断をすればいいと思えたから、止められたというか。普段の練習から100本中の100本にこだわってやってきたから、あの1本があったと思っています。それに、ヒガシくんがすごいことなんて、あの試合に限ったことじゃないから! 普段の練習でもめちゃめちゃすごいし、エグいセービングばっかりですからね! その姿を間近で見ているから、僕も普段から一ミリも気を抜かずに準備をし続けなくちゃいけないと思えている。毎日、毎日、その緊張感で大変ですよ(笑)」
もちろん、鹿島戦の余韻に浸ることもない。むしろ、「あの1本を止められても、次の1失点ですぐに帳消しになってしまう世界だから」とその目はすでに、この先の戦いに向けられている。今日も『100本中の100本』に、全身全霊を注ぎながら。
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