「それだけです」ガンバ大阪、山下諒也の背中を押したキャプテンからの言葉。“たった5文字”から受け取ったこと【コラム】
明治安田J1リーグの第4節、東京ヴェルディ対ガンバ大阪は0-1でガンバが勝利した。中心メンバーの宇佐美貴史と中谷進之介を欠く中で、この試合チームを牽引したのは山下諒也だった。その裏には、試合前日にかけられたキャプテンからのある言葉が…。たった5文字の短い言葉の中にも、熱い思いを汲み取った。(取材・文:藤江直人) 【最新順位表】2025明治安田J1リーグ
●新たなホットラインの開通
お互いが敵陣のどこにいたのか、正確には把握していなかった。それでも、ガンバ大阪の山下諒也はとっさの判断で満田誠とのホットラインを開通させて、東京ヴェルディの守備網を崩壊させた。
敵地・味の素スタジアムに乗り込んだ2日のJ1リーグ第4節。両チームともに無得点で迎えた85分に、ガンバ大阪の右サイドバック半田陸が、左斜め前方へワンタッチパスを送った直後だった。
ターゲットとなった右サイドハーフの山下が、相手ゴールとは反対側を向いた体勢から右足のかかとをボールにワンタッチさせる。意表を突くフリックパスに、山下のマークについていたヴェルディの宮原和也はまったく反応できない。しかも、ボールは山下の背後にいた満田につながった。
サンフレッチェ広島から期限付き移籍で加入したのが2月27日。ヴェルディ戦へ向けて、2日しか一緒に練習できていない満田との以心伝心のコンビネーションを、山下はこう振り返った。
「マコ(満田)とは練習もまだちょっとしか一緒にやっていないけど、いつも自分の近くにいてくれるイメージがあるので本当にやりやすいし、だいたいの位置を把握していたのでフリックしました」
コンビネーションには続きがあった。後半開始からトップ下で投入された満田も言う。
●満田の順応力。「本当に計り知れないものがある」
「最初は半田選手からスルーでボールをもらおうと思い、あのポジションを取っていたんですけど、(山下)諒也くんがちょっと触ってフリックしてくれて、そのまま中へ入ってくる動きも見えていた。自分の体勢よりも後ろに落としたほうがいいと思ったので、そのときの判断で、という感じですね」
ボールを前へ持ち運んだ満田を、ヴェルディの谷口栄斗が厳しくマークする。状況的に厳しいと判断した満田も、右足のかかとでボールを後方へ落とす。あうんの呼吸で走り込んできた山下は、お互いのヒールだけで成功させたワンツーに「本当にいいところへ返してくれた」と声を弾ませた。
「彼だからこそできたパスワークという感じですね。マコの力は本当に計り知れないものがあるし、ちょっとでも一緒に練習をすればわかりますよ。マコだったら、あの場面ではヒールパスで返してくれると」
フリーで相手ペナルティーエリアに迫った山下は、すかさず最前線のイッサム・ジェバリにワンタッチパス。リターンを受けるとさらにプレーのスピードをあげて、直前に左サイドハーフとして途中出場していたファン・アラーノにパス。次の瞬間、アラーノをフリーにさせる動きを演じている。
●「自分のところに近づいてきて…」。キャプテンからのたった5文字の言葉
「アラーノは右利きで、カットインからのクロスがあるのもわかっていた。なので、僕はアラーノへパスを出した後にわざと縦のスペースへ走り込みました。アラーノの周りのスペースを空けるためだったし、そこまでの流れを含めて、すべてが自分の狙い通りの形でゴールまでもっていけたと思っています」
パスを返せと言わんばかりに右手で前を指し、完璧な囮と化してスプリントした山下に、ヴェルディの翁長聖だけでなく熊取谷一星もつられてしまう。完全にフリーとなったアラーノは余裕をもった体勢から、ファーサイドへ正確無比なクロスを供給。詰めてきたジェバリが頭で叩き込んで先制した。
「アウェイというだけでなく、メンバーも欠けている本当に難しい状況でしたけど、だからこそチームが沈まないように、初歩的なことですけど、みんなで常に声をかけあって戦っていました」
山下が振り返ったように、アビスパ福岡との第2節で負傷したディフェンスリーダーの中谷進之介だけでなく、ヴェルディ戦ではキャプテンの宇佐美貴史も欠場を強いられた。ダニエル・ポヤトス監督が「少し違和感がある」とだけ言及した宇佐美と、ヴェルディ戦の前日に山下は短い言葉をかわしている。
「自分のところに近づいてきて、みんなへの信頼を込めて『やってこい』と。それだけです。彼の悔しさといったものを感じましたし、だからこそ自分たちがやらなきゃいけなかった」
今シーズンにガンバから完全移籍でヴェルディへ加入した福田湧矢、期限付き移籍から完全移籍へと移行した山見大登が古巣との対戦へ向けて胸を躍らせていたのと同じく、山下にとってもヴェルディはプロの第一歩を踏み出した古巣だった。もっとも、特に意識はしていなかったと山下が続ける。
●古巣への感謝の思い。「だからこそうれしかったですね」
「メンバーだけでなく、強化部の方々の顔ぶれもけっこう変わっているので、当時とはまたちょっと違ったヴェルディなのかな、という感覚のほうがありますよね」
実際、山下が最後にヴェルディでプレーした2021シーズンの在籍選手で、今シーズンもプレーしているのはキャプテンの森田晃樹ら数えるほどしかいない。それでも、感謝の思いは忘れていない。
静岡県磐田市で生まれ育った山下は、地元のジュビロ磐田のアカデミーで心技体を磨きながらも、トップチームへの昇格がかなわずに日本体育大学へ進んだ。大学時代もプロサッカー選手を志しながら最終学年となり、さらに卒業が間近に迫ってきた2020年を迎えてもオファーが届かなかった。
当時はJ2を戦っていたヴェルディから、シーズン開幕へ向けて実施するキャンプへの参加を打診され、終了後の2月中旬にようやく内定をもらった山下は、2月23日の徳島ヴォルティスとの開幕戦で後半途中から交代出場。最終的にはリーグ戦41試合に出場し、チーム最多の8ゴールを決めた軌跡をこう振り返る。
「僕はぎりぎりの契約から、何とかここまでやってこられた選手なので。大学4年になっても卒業後のプロ入りが決まらず、本当にぎりぎりで参加させてもらったキャンプの後に内定をもらうような、なかなか厳しいスタートでしたけど、だからこそ(ヴェルディへの加入は)うれしかったですね」
翌2021シーズンも38試合に出場して7ゴールをマークした山下は、横浜FCに移籍した2022シーズンも41試合に出場。2位に入った横浜FCでしっかりと居場所を築きあげ、2023シーズンには念願のJ1リーグの舞台に立った。さらに昨シーズンにはガンバへステップアップを果たした。
●「足がつっちゃいましたけど…、それでもうれしかった」
「毎日が本当にぎりぎりの戦いでした。何としてもメンバーに入って、大きな爪痕を残さなきゃいけない、と。雑草魂というか、そういった気持ちでプレーしてきたし、ぎりぎりから始まったプロサッカー選手のキャリアだからこそ、1試合で人生は変わる、という重みを感じながらこれからも頑張っていきたい」
自らのサッカー哲学に照らし合わせれば、今シーズンの開幕3試合は納得できなかった。
「攻撃面で相手ゴール前に顔を出せていなかったのは反省点。なので、今日はシュートチャンスで最後まで顔を出し続けるのと、とにかく自分がチームを引っ張る、という気持ちでピッチに立ちました」
身長164cm体重54kgの小さな体に、真っ赤なマグマのようなエネルギーを搭載。前半は左サイド、後半は右サイドで最大の武器と自負する驚異的なスピードを何度も披露し、意外性に富んだプレーで決勝点を演出。精根尽き果てて後半アディショナルタイムにベンチへ下がったヴェルディ戦をこう振り返った。
「足がつるところまで走ろうと思っていた。すでに両足がつっていたなかで、最後は再び右足がつっちゃいましたけど、それでも自分的にはうれしかったですね。そこまで走れた、というのが」
開幕戦でセレッソ大阪に2-5で大敗し、前節では昇格組のファジアーノ岡山に0-2で苦杯をなめた。今シーズン初の零封勝ちで嫌な流れを食い止めた山下は、宇佐美や中谷へのエールも忘れなかった。
「早く戻ってきてもらって、最高のパワーを与えてほしい。それまでは僕らがしっかりとつないでいく」
記録上ではアシストも何もつかない。それでも、魂と執念、そして冷静さを融合させた山下の一挙手一投足をきっかけに星を2勝2敗の五分に戻したガンバは、2勝2分と無敗をキープする好調の清水エスパルスをホームのパナソニックスタジアム吹田に迎える、8日の次節から巻き返しへ転じる態勢を整えた。
(取材・文:藤江直人)