「もし監督になったとしたら、超攻撃的な…」元サッカー日本代表《歴代最多出場選手》遠藤保仁インタビュー「ガンバ大阪コーチとなってから見えたもの」
「日本代表国際Aマッチ最多出場記録」「J1最多出場記録」「2009年アジア年間最優秀選手賞受賞」「2014年JリーグMVP」など多くの記録を持つ元サッカー日本代表・遠藤保仁が、ガンバ大阪トップチームのコーチに就任してから1年あまりが過ぎた。
さらに昨年12月の「Jリーグアウォーズ」では、26年間の貢献・功績がたたえられ「功労賞」を受賞。それに先立ってプロサッカー選手としての現役生活のすべてを語り尽くした『7』(小社刊)も上梓している。
遠藤が長き選手生活を経て選んだ、指導者への道。この1年で経験したコーチとしての仕事、選手とのかかわりをはじめ、自身の生活や意識にどのような変化があったのかなどを詳しく聞いた。
選手引退から指導者(コーチ)を選択した理由とは
「サッカーはできなくても、勝負の世界に身を置きたい。まだまだヒリヒリしていたかった」
指導者としての第一歩に、僕はガンバ大阪でのコーチという職を選択しました。それは、勝負の世界から離れたくなかったから。“勝つか負けるか”という緊張感のある場所に身を置きたかったんです。現役は退いたけれど、まだまだ勝負の世界でヒリヒリしたい。そう思いました。
コーチになり、僕の生活にも変化がありました。選手時代と比べ、クラブハウスにいる時間が倍増。午前8時30分、スタッフミーティングから始まり、午前10時からチーム練習。お昼頃に練習が終わり、昼食休憩後はまたスタッフミーティング。定時は……、ありません。監督しだいですね。オフは、基本的に試合の翌々日(2日後)。コーチとしての毎日は、けっこう忙しいです。
私生活での大きな変化は、食事。それほど厳しく食事を制限していたわけではないのですが、今はどんな時間でも、食べたいときに食べたいものを。ただ、どうしても太ってしまうので、体のために毎日走るようにしています。朝、仕事の前に。
毎日午前6時半過ぎに家を出て、クラブに着くのが7時過ぎ。7時15分から30分程度ランニング。もちろんシャワーを浴びるので、着替えまで完了するのが8時頃。そして8時30分からのスタッフミーティングに参加。この流れが僕の日課です。
コーチになって、はじめて自分のデスクというものを持たせていただきました。隣にはもちろん、別のコーチが座っています。名刺も作っていただきました。肩書は「コーチ」。メールアドレスもあります。普通の会社員みたいですよね。はじめは新鮮でしたが、選手だった僕は長時間椅子に座るという経験がなく……、正直なところ、椅子に座っての作業がつらかったです。腰が……。
コーチとなって感じた仕事の難しさ
「世代間ギャップを感じても、『それもそうかもな』と受け入れる。自分の考えを押し付けることはしない」
選手一人一人、性格もプレースタイルもすべて違うので、その選手にとってより良い寄り添い方をしてあげたいと思っています。プレーは一瞬一瞬で流れていくので、“瞬時に・的確に・わかりやすく”コーチングをしていかなければいけません。そのあたりはとても難しいと感じています。
瞬時に状況判断するため、視野を広げる、目を鍛えるということは、選手時代からやってきたことですが、選手のときとは違う観点や目線を持たなければいけません。選手としての目の使い方と、コーチとしての目の使い方はまた違うので。スタッフ目線と選手目線、どちらかに偏らないように注意しなければと思っています。
若い選手もたくさんいます。まだ十代の選手も。世間では、“時代の違い”を感じてしまい若い世代と接するのが難しいという人もいますが、僕は自分の時代と比べようとは思ってはいません。もちろん、いろんな場面でギャップを感じることはありますが……。
考え方が異なるのは当たり前。自分の考えを押し付けることなく、「それもそうかもな」と思いながらやっています。なので、若い世代の考えを理解するために、敢えてしていることもとくにありません。今の時代、怒りすぎたら問題になってしまうけど、“適切に叱れるコーチ”や“さりげないひと言が言えるコーチ”は必要。サラッと言葉にして、自分に足りないところを気づかせる。そういう人の存在はとても重要だと思います。
どちらかというと僕は「褒めて伸ばす」タイプです。決して厳しくはないはず。当たり前のことを当たり前にやればいい、そのときできることを100%やればいい。ただそう思っているだけなので。
コーチとして意識しているのは、選手たちのメンタルをできるだけ上下させないようにしてあげること。メンバー外の選手(試合会場に行かない選手)の練習を見ることが多いのですが、メンバー外になってしまった選手は、どうしてもモチベーションが低下してしまったり、ストレスを溜めてしまったりすることが多いんです。
だから、選手たちと話しやすい楽な関係を作って、低下してしまったモチベーションを少しでも上げてあげられるようにケア。その選手の足りないところをアドバイスしてあげるなどしています。
子供たちの指導で必要だと思うこと
「子供たちには言葉だけで理解を求めるのではなく、体の動きと合わせて教えてあげることが大事だと学んだ」 昨年末には、地元・鹿児島や静岡(浜松)で開催されたサッカー教室「YATTO SOCCER CLINIC」で、小学生たちにサッカーを教えました。もちろん、プロと子供たちでは指導方法がまるで異なります。子供たちには、より丁寧にわかりやすく、子供の目線に立って教えることが重要です。 相手が大人なら、言葉でアドバイスすれば理解してもらえるけれど、子供たちには言葉だけでなく、動きとしても伝えなければいけません。頭で理解し体で覚えてもらう。これは指導者として、今回のサッカー教室を通して学んだ点です。 とくに子供たちは、一人一人の成長スピードが大きく異なるので、誰に合わせて(誰を基準にして)指導するのか、その判断がとても難しいと思います。もっと基礎を教えたほうがいいのか、少し先に進んでもいいのか……。これはサッカーだけの話ではないと思いますが、遅れをとっている子がいたら、その子のスピードに合わせて個別で指導する。“一人一人を見てあげる”ということが、大事だと思いました。 サッカーはチームプレー。楽しむことはもちろんですが、チームが勝たなければ意味がありません。仲間たちと協力し合って、強いチーム(勝てるチーム)にしてほしいです。何かを成し遂げることも大事だし、試合に勝利するという成功体験も大事です。小さいうちからサッカーを通してさまざまな経験をし、ぜひプロのサッカー選手になってほしいと思います。
もし監督になったとしたら…
「2年後のS級ライセンスの取得は目指している。でも、監督をやるかどうかはその時しだい」 ガンバ大阪は、僕が選手として所属していた2014年にタイトルを獲って以来、まだリーグ制覇ができていない。もう10年が経ちました。スタジアムに飾られているのが、僕が中央でシャーレを掲げている写真のままではダメですよね。勝って勝って勝って、ガンバの象徴を変えていかなればいけません。そのためにも、コーチとして、ガンバの元選手として、チームの力になりたいと思っています。 2年後、S級ライセンスの取得は目指しますが、「〇年後に何をしていたい」という具体的な目標はありません。監督としてのサッカーを楽しみたいとも思っていますが、すぐにはライセンスを取れないかもしれないので……。その時になってみないとわからないですね。 もし監督になったとしたら、もちろん超攻撃的なプレースタイルを目指します。テクニシャンな選手たちを並べて、とことんやりたい。そして、これはずっと変わっていないのですが、「何を考えているかわからない」と言われる存在になりたいです。考えが読めないけれど強くて面白いサッカーをする。「あの監督のもとでプレーしてみたい」と思ってもらえるような監督になりたいです。 でも、まずはコーチとして成長しないといけない。なので、「あのコーチについていきたい」と思ってもらえるように、選手たちに信じてもらえるような存在になりたいですね。 遠藤保仁(えんどう・やすひと)……1980年1月28日、鹿児島県生まれ。1998年、鹿児島実業高等学校卒業後、横浜フリューゲルスに入団。京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)を経て、2001年、ガンバ大阪に加入。2002年11月に日本代表国際Aマッチデビューし、その後日本代表として歴代最多となる152試合に出場。2020年10月にジュビロ磐田に期限付き移籍し、2022年に完全移籍。2024年1月に現役引退を発表し、現在は、ガンバ大阪トップチームのコーチを務める。「日本代表国際Aマッチ最多出場記録」「J1最多出場記録」「2009年アジア年間最優秀選手賞受賞」「2014年JリーグMVP」「明治安田J30ベストアウォーズ MVP」など、多くの記録や受賞歴を持つ。