人が納得できる「コモンセンス」を形成できるか レフェリー議論で大事にすべきこと【コラム】
レフェリーブリーフィングは「カオス」
日本サッカー協会(JFA)は9月27日、「レフェリーブリーフィング」を開催した。Jリーグ等で起きた事象を、審判委員会の扇谷健司委員長、東城穣Jリーグ審判デベロプメントマネジャーがメディア向けに解説していく。
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いろいろな事象がなぜ起きたかという解説や、審判活動全体についての話が毎回のテーマ。誤審だったことを認めることも多々あり、それをどう防いでいくかという話も加えられる。特にビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)については、今年からスタートしたオフサイドを3Dで確認することでの時間の長さが話題にもなる。
今年はもう8回開催されていて、過去の年4、5回だったことを考えると、より記憶が新しいうちにバックボーンについて知ることができるのはありがたいところだ。
ジャッジについては、スポーツチャンネル「DAZN」でも毎週火曜日に「Jリーグジャッジリプレイ」という人気コンテンツが配信されている。今年は、この人だけでも番組が回るんじゃないかと思うくらい豊富な知識を持つ桑原学アナウンサー、元Jリーガー2人、そして元審判員の家本政明氏による、前週のJリーグの中で起きた判定を検証していく番組だ。
番組の進行としては、話題になったジャッジのVTRを見た後に、元Jリーガー2人がそれぞれの意見を言い、最後は家本氏が「自分はこう思う」という意見を述べて終わる。番組の座組としては、みんなで意見を言い合って、最後は家本氏の話が「正解」のような形で終わると言えるだろう。家本氏は敢えて「自分は」と付け加えて、1人の意見だとして話しているが、まとめを権威者が任されてしまうと、どうしてもそうならざるを得ない。
だが、「レフェリーブリーフィング」は「Jリーグジャッジリプレイ」に比べるとカオスだった。
この日は5つの事例が取り上げられたが、その1つに9月24日に行われたJ1リーグ第28節のガンバ大阪対浦和レッズの、両チームの対立の中で浦和のホセ・カンテが退場処分になった場面が取り上げられた。
この場面はカンテが黒川圭介のユニフォームを後ろから引っ張り、引きずり倒したことから集団的対立が起きた。黒川は立ち上がるとカンテを推し、すぐさまカンテの前に行った宇佐美貴史が迫ると、カンテが頭突きをして宇佐美が倒れ込んだ。
この一連の場面を東城マネジャーはVARと主審との交信の音声も使いながら、どんな手順で判定が下されたのか解説した。そしていろいろな手順がきちんと守られていて、その中での判定だった、現行ルールの中での「正解」だったことが明らかになった。
「マイルール」の押し付けは議論で避けるべき
ところが、「レフェリーブリーフィング」はそれで終わらない。記者からの意見が次々に出てくる。
「最初のカンテのファウルの時に審判が走りながらイエローを出していたら、みんな興奮しなかったのではないか」
「最初にカードを次々に出して、最後にVARで確認してカードの色を変えたりしたほうがいいのではないか」
「審判は集団的対立がある時に離れて事象を見ることになっているが、副審やVARが全体を見ているのだから、中に入って止めれば、集団的対立が大きくならないのではないか」
「これが現在のルールでは正しい」という話が出てきても、「それでもなんとかならないのか」という話になる。実は、ジャッジについて議論する時は、このほうがいいのではないだろうか。
サッカーは元々レフェリーがいなかったスポーツだ。対立が起きた時、第三者として意見を求められて生まれたのがレフェリーで、だからこそ主審は自分が思ったように判定していい。もちろんルールの適用を間違えたり、見えていたのに違った判断をしてしまったときは批判される。
ただ、サッカーのルールは曖昧な部分が多い。「ボールに向かってプレーした」と判断されるとレッドカードがイエローカードになることはあるが、その「ボールに向かってプレーした」というのは別にボールに触れなくてもいいのだ。そこは主審がどう判断したかによって決められる。
ということは、どう判定しても議論する余地は残っていく。その自分は「こう思う」という意見のぶつけ合いが大切なはずだ。その意味では、「Jリーグジャッジリプレイ」に昔出演していた平畠啓史の「そうは言うても」という言葉はとても貴重だった。
もちろんルールを大きく逸脱することだったり、「マイルール」の押し付けは議論としては避けるべきだろう。それより、多くの人が納得できる「コモンセンス」をどう形成していくかと議論のほうがジャッジについて語っていくのにふさわしい。
試合後にレフェリーに話は聞けないものか
レフェリーに関する議論は、時として当事者不在のなか、一方的に断罪して終わりになる。試合後にレフェリーが取材に応じる環境ではないからだが、試合後にオフレコでもいいのでレフェリーの話が聞ければ、あるいは議論できる場があれば、より正確な記事が書きやすくなると思う。扇谷委員長、いかがですかね?
心配なのは、毎週のようにレフェリーがやり玉に挙がるのを見てレフェリーを目指す人が減ることだ。実際、グラスルーツの試合で監督や観客から文句を言われ、悲しそうにしているレフェリーを観たこともある。そこで毎年の審判員登録者数を調べてみた。
2014年度:25万902人
2015年度:25万4741人
2016年度:26万4206人
2017年度:27万1662人
2018年度:27万4544人
2019年度:28万1125人
2020年度:26万1149人
2021年度:26万7572人
2022年度:26万8045人
この10年、新型コロナウイルスの影響だと思われる2020年度の減少はあったものの、着実にレフェリーは増えている。実はこの数の積み上げも、日本サッカー界を底上げしている力の1つではないかと思う。
[著者プロフィール]
森雅史(もり・まさふみ)/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。