Jリーグ史上最強の“ホットライン”は誰と誰? 相手守備陣を脅かした「コンビ6選」〈dot.〉
5月に入り日本はGWに突入。30周年を迎えたJリーグは、コロナ禍の影響も最小限のものとなり、スタジアムでは多くのサポーターたちが大声を張り上げて贔屓クラブに声援を送っている。そのピッチ上において「ファンが沸くシーン」は様々あるが、その中でも特に「パサー」と「ストライカー」の2人が織りなすコンビネーションとゴールシーンはサッカーの醍醐味の一つだ。そして、Jリーグではこれまで多くの名コンビが「ホットライン」を開通させてきた。
発足直後のJリーグを沸かせたのが、鹿島の『ジーコ×アルシンド』のブラジルコンビだ。1993年、すでに40歳となっていた“神様”ジーコが、自らブラジルから呼び寄せたのが当時25歳のアルシンドだった。迎えた1993年5月16日の開幕戦、名古屋戦相手にジーコがJ初のハットトリックを決めれば、アルシンドも2得点をマークし、ともにお互いのゴールをアシスト。ジーコが年齢的に衰えていた「スピード」と「運動量」を、アルシンドが見事に補完し、意思疎通も完璧。その後もジーコがトップ下の位置で自在にボールを操れば、そこからのパスに抜け出したアルシンドが抜群の決定力でゴールを量産(2シーズン計71試合で50得点)。鹿島のJ初年度の1stステージ優勝の原動力となった。
限られた時間の中で結果を残したのが、名古屋の『ストイコビッチ×森山泰行』だ。J創世記を彩った外国人の中でも特別な輝きを放った“ピクシー”。1994年6月に来日すると、すぐさま極上のボールテクニックを披露。当初は成績不振で苛立つ場面も多く見られたが、ベンゲル監督が就任してからチームが復調すると、1995年は17得点29アシストの大活躍でリーグMVPにも選ばれた。そして、そのチームのスーパーサブだったのが森山。ストイコビッチの視野の広さと森山のゴール前での動き出しと嗅覚は相性抜群。1995年の7月19日の千葉戦では、森山がわずか8分間でクラブ初のハットトリックを達成。ストイコビッチの相棒としては、小倉隆史、ウェズレイなどの名前も挙がるが、刹那的に森山を推したい。
ユース時代から磨いた“阿吽の呼吸”で多くのゴールを演出したのが、G大阪の『二川孝広&大黒将志』だ。1980年5月4日生まれの大黒と1980年6月27日生まれの二川。2人揃って1999年にトップ昇格を果たすと、大黒が札幌にレンタル移籍した1年間を除いて2005年までともにプレー。普段から言葉数の少ない二川だったが、大黒の動きは「見なくても分かる」レベル。最前線で大黒がDFの裏に抜け出す瞬間、中盤の二川から必殺の浮き球スルーパスが発動し、大黒は2004年に20得点、2005年に16得点を挙げてブレイク。二川も「浪速のファンタジスタ」としての地位を確立させた。これまで多くの名選手を輩出してきたG大阪ユースだが、「オグリ&フタ」の“コンビ売り”は唯一無二。G大阪の2005年のリーグ初優勝を支えるとともに、ファンの記憶に残る名コンビだった。
すっかり攻撃サッカーが定着している川崎では、『中村憲剛×ジュニーニョ』のホットラインに触れなければならない。中央大から2003年に入団した中村。その年にジュニーニョも来日。圧巻のスピードと優れたトラップ技術を武器にジュニーニョが1年目からJ2で得点を量産すると、中村も1年目から出場機会を得て連携を深めると、2年目に中村がトップ下からボランチにポジションを移して、2人の「縦」の関係性が顕著となったことでホットラインが開通。J1に昇格した2005年以降も破壊力は増し続け、中村のスルーパスにジュニーニョが抜け出す形で何度もゴールを奪った。最終的にジュニーニョは川崎で公式戦通算339試合に出場して208得点をマーク。その多くが、中村からのパスから生まれたものだった。
森保一監督の下で3度のリーグ優勝(2012年、2013年、2015年)を果たした広島の『青山敏弘×佐藤寿人』の2人も非常に優れたコンビネーションを見せて幾度となくゴールを陥れた。J1、J2を含めた通算で歴代トップの220得点をマークした佐藤の武器は、一瞬の動き出しとピンポイントで合わせる技術。その「一瞬」を見逃さず、タイミングを合わせられることができたのが、ボランチの位置からピッチを広く見渡していた青山。お互いの特徴を把握した中で互いを求め合い、そして高め合いながら12年間に渡ってコンビを組み、広島の黄金期を支えた。佐藤が自らの引退会見で「ベストパートナーは青山敏弘以外に考えられない」と迷うことなく答えた姿が非常に印象的であり、納得だった。
最近では、やはり神戸の『イニエスタ&古橋亨梧』だろう。2018年5月、当時34歳で来日したイニエスタ。ボールテクニックとゲームメイク能力は依然として世界トップクラスで、中盤で相手のプレスをいとも簡単にいなしながらボールを運び、常にピッチ全体を把握した。その「超一流」に導かれる形で“覚醒”したのが古橋。高校、大学と決して注目された存在ではなかったが、J2・岐阜から2018年8月に神戸に加入すると、イニエスタのリズムにいち早く呼応して“師弟コンビ”を結成。鋭く動き出した古橋の足元にイニエスタから絶妙なパスが幾度となく届けられ、2018年(13試合5得点)から、2019年(31試合10得点)、2020年(30試合12得点)、2021年(21試合15得点)と得点力をアップさせながらゴールゲッターとして才能を開花。日本代表デビュー、セルティックでの活躍へと繋がった。
ここに挙げた6つ以外にも、多くの「名パサー×名ストライカー」がピッチを彩ってきたJリーグ。今後、彼らを上回る名コンビは誕生するのか。時代とともにチーム戦術も変化、発展し、よりチーム全体で組織化されてきたが、それらを凌駕する強烈なホットライン開通を期待したい。(文・三和直樹)