ガンバ大阪はなぜロッカールームの映像を見せるのか?
近年、サッカー界ではチームの舞台裏を撮影したドキュメンタリーが人気を博している。サッカー日本代表に密着した『Team Cam』や、Amazon Prime Videoで配信されている『オール・オア・ナッシンング』シリーズが代表格で、Jリーグでも独自に映像制作を行うクラブが増えている。
ドキュメンタリー制作に積極的なJリーグクラブの1つがガンバ大阪だ。同クラブは2019シーズンからスタジアムのロッカールームの様子を撮影し、シーズンレビューDVD&Blu-ray商品として毎年発売している。ポジティブな映像だけではない“裏側”を見せる理由は何なのか。同企画を主幹するガンバ大阪広報課所属の西尾智行氏と蔵本宗太朗氏に話を聞いた。
インタビュー・文 玉利剛一(フットボリスタ編集部)
ありのままを見せる
「しっかり勝って、みんなで笑って大阪帰ろう」
2022シーズン最終節、カシマスタジアムのアウェイ側ロッカールーム。左腕にキャプテンマークを巻いた宇佐美貴史が試合前のチームを鼓舞する。先発で出場する選手、ベンチから出番を待つ選手、監督・コーチをはじめとするスタッフが円陣を組み、目前に迫ったキックオフにむけて士気を高める。J1残留か、J2降格か。運命の一戦を前に、張り詰めた空気が流れる――。
既述のワンシーンは、スタジアムのロッカールームに設置されたカメラの映像でシーズンを振り返るDVD&Blu-ray商品『ガンバ大阪 THE LOCKER ROOM ~魂の言葉で紐解く2022~』に収録されているものである。先のカタールW杯ではSAMURAIBLUE (日本代表)に密着したドキュメンタリー『Team Cam』が話題を呼んだが、昨今サッカー界ではこうしたチームの舞台裏を見せるコンテンツが流行している。
ガンバ大阪がロッカールームの様子を撮影し始めたのは2019年。現役時代はチームの主将も務めた宮本恒靖が前シーズン途中から監督に就任し、クラブへの注目の高まりを感じる中で、新しいプロモーションの形を模索している時期だった。ガンバ大阪広報課に所属し、映像コンテンツ制作を担当する西尾智行は当時をこう振り返る。
「2019年は広報課所属ではなかったのですが、社内でマンチェスター・シティ(に密着したドキュメンタリー番組)の『オール・オア・ナッシンング』の話題がよく出ていて、『こういう映像を出せると、サポーターの熱量は上がるよね』と話していたことを覚えています。実際に企画として進み始めたのは、ラグビーW杯の日本語オフィシャルTwitterアカウントが選手のオフショットなどを投稿して人気を得ていた頃です。舞台裏の映像がファンの人に喜んでもらえるのであれば、ガンバもやろうとなりました」
話はスムーズに進んだ。制作は『情熱大陸』などでドキュメンタリー番組のノウハウを持つ毎日放送(MBS)がオファーを快諾。監督やコーチ、選手らへの説明も『オール・オア・ナッシンング』などの前例に馴染みがあったことで、好意的に受け入れられた。
しかし、本プロジェクトにはコントロールできない大きな不安があった。『チームの成績』である。マンチェスター・シティも、ラグビー日本代表も、好成績を収めていたことが、映像の好評に繋がったことは関係者も理解していた。
では、チームの成績が低迷した場合、コンテンツ化を見送る選択肢はなかったのだろうか。同じく広報課に所属する蔵本宗太朗はキッパリとその考えを否定する。
「企画がスタートした段階から、どのような成績であっても『ありのままを見せる』とMBSさんに話していました。2022年も苦しいシーズンでしたが、そういう状況だからこそ発せられる片野坂(知宏)監督の熱さや、松田(浩)監督の力ある言葉に注目していただければと思います」
昨シーズンはありのままを見せた結果、昌子源とレアンドロ・ペレイラの口論や、齊藤未月が監督に声を荒げる姿など「ああいうシーンばかりが話題になった(苦笑)」(蔵本)が、ポヤトス監督の了承を得て、撮影が継続されている今シーズンのロッカールームには変化があるという。
「ポヤトス監督は選手に意見を聞くので、全体的にロッカールーム内でのコミュニケーション量が増えていますね。特にキャプテンの宇佐美(貴史)選手や、(山本)悠樹選手は周りの選手とよく話しているので、試合中に見えていることが多いのだろうなと思います。あと、ネタラヴィ選手も加入1年目からキャプテンシーを持って、英語で積極的にコミュニケーションをとっているのも印象的です」(蔵本)
ロッカールームの映像を見せる取組みは今年で5年目を迎える。クラブだからこそ届けることができる、より魅力的で、新しいコンテンツの在り方の模索を続けている。
「例えば、(スタジアムではなく)クラブハウスの方のロッカールームは選手のオフの顔が見えて面白いんです。福岡(将太)選手や佐藤(瑶大)選手を中心にいつも賑やかで。どこかのタイミングでDVDにも入れたいのですが、練習後にシャワーを浴びた選手が裸でいることもあるので、そこが難しいところです(笑)」(西尾)
「洗濯おばちゃん動画」の裏側
ロッカールームの映像が“裏側”であれば、出演者がカメラを意識して収録されるYouTube動画は“表側”のコンテンツとなる。ガンバ大阪公式YouTubeチャンネル「GAMBA-FAMILY.NET」では連日趣向を凝らした動画が公開されており、チャンネル登録者数はまもなく5万人に到達する。
YouTube動画の位置付けについて、西尾は「(YouTubeの動画は)無料で視聴できるので、ライトなファンにもリーチできるコンテンツ」と語る。だからこそ、内容は専門的になりすぎず、ガンバ大阪に興味をもってもらうキッカケになるようなものを意識している。
「『HOME GAME REPORT』とタイトルを付けて公開している試合のハイライト動画は、ピッチ外の情報も入れるようにしています。試合前に開催しているイベントや、サポーターが応援している様子を撮影することで『スタジアムって楽しそう』と思ってもらえれば嬉しいですね」(西尾)
レギュラー動画である『CAZI散歩』も同様だ。OB選手である加地亮をMCに迎え、現役選手へのインタビューを行う人気コンテンツは、技術・戦術的な話以上に「ピッチ上とは違う選手の一面を引き出す」(蔵本)ことが意識されている。そこはクラブのオウンドメディアだからこそ実現できる、外部メディアとの差別化の狙いも含まれている。
「選手の柔らかい表情を引き出せるのは、日頃から選手とコミュニケーションをとっている我々の強みだと思っています。情報が溢れる世の中で、企画性のあるものを発信しないと埋もれてしまう。ここ数年の成績的に、クラブへの注目度が高くないという危機感もあります。実は加地さんの無茶ぶりを怖がっている選手もいるんですけど(笑)」(蔵本)
新しい動画企画の議論は日々行われている。最近ではショート動画『サッカー選手のカバンの中身を覗いてみた』や『選手だけの座談会』を新たなシリーズ企画として配信しているが、反響の予想は難しく、「意外な動画が再生回数を伸ばす」(蔵本)ことも度々起きている。その代表的なものが、倉田秋がユニフォームの洗濯を担当するスタッフに日頃の御礼を伝える動画『湘南戦翌日ユニフォームの洗濯に密着してみたらおばちゃん達の仕事ぶりに感動』だ。
「あれだけ再生されるのは、意外でした。プレゼントはクラブ側の仕込みではなく、倉田選手が自分で買っていて『今日、渡そうと思ってるねん』と言うから、急遽『その場面、撮らせて!』とお願いして制作した動画なんです。(広報課所属の)木下(知子)の判断だったのですが、『サッカー選手のカバンの中身を覗いてみた』シリーズも彼女のアイデアですし、目のつけどころに『なるほどな』と思うことは多いですね」(蔵本)
現在、ガンバ大阪の広報課は西尾、蔵本、木下の3人体制。「年齢も近く、フラットに意見を言い合える関係」(西尾)から生まれる新企画にも期待したい。直近の課題はゴールデンウィークに控える大阪ダービーの盛り上げである。
「現時点では下層はほぼ完売しており、3万人程度の集客を予想しています。先着30,000名様には大阪ダービーオリジナルフラッグやTOYO TIRESロゴ入りオリジナルシリコンバンドのプレゼントも行いますので、チケットをなんとか完売させて、コロナ禍以降リーグ戦では初となる満員のスタジアムで大阪ダービーを迎えたいですね。ようやくチームも良い状況になりつつあると思いますし、ポヤトス監督の考えが浸透していけば、間違いなく面白いサッカーになるはず。広報としても、公式TikTokアカウントの開設など、YouTube以外のプラットフォームの活用も含めて様々な企画を検討しているので、注目していただければ嬉しいです」(西尾)