日本人とブラジル人で異なる“前への意識”。来日10年目のG大阪パトリックが推奨する個々の判断と実践
ハイボールの勝負は90%ぐらい勝つ自信がある
攻守の重要局面となる「バイタルエリア」で輝く選手たちのサッカー観に迫る連載インタビューシリーズ「バイタルエリアの仕事人」。第17回は、ガンバ大阪のブラジル人FW、パトリックだ。
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前編では、今季への意気込みや攻撃面の手応え、ストライカーとしてゴール前で意識していることなどについて訊いた。後編では、来日10年目を迎えたブラジリアンが、日本人選手や日本サッカーについて、どんな印象を抱いているかを掘り下げていく。まずは、日本人とブラジル人のバイタルエリアにおける振る舞い方の違いについて語ってもらった。
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あくまでも自分のイメージですが、日本人はバイタルエリアに入ってボールを受けた時に、前に勝負する回数が少ないのかな、とは感じています。前に行ける状況でも、ボールを下げたり、とか。
バイタルエリアで、相手にとって怖いのは、前を向かれたり、ボールをさらにゴール前に運ばれることだと思います。自分はなるべく前を向くようにする、あるいはキープします。それが難しければ、後ろに下げるよりは、左右に散らすようにしています。
僕たちのチームでも時々ありますが、バイタルエリアで受けた選手がボランチに下げて、僕が相手の背後に抜け出して勝負できる場面でも、ボランチの選手はもう一人のボランチにパスして、さらにサイドに展開してから、クロスが入ってくる。このケースで言えば、ブラジル人なら、最初にボランチがバックパスをもらって、ゴール前でFWがチャンスになりそうなら、前に直接パスするでしょう。そこの違いが少しあるような気がします。
ブラジル代表のダニエウ・アウベスという選手がいますが、SBの彼はバイタルエリア付近でパスを受けると、視線はまずゴール前に向いています。CBが2枚いれば、遠いほうのCBの背後にボールを入れてきます。直接、得点につながるようなボールですね。
そういう“前への意識”を、自分たちのチームでももっと高めていきたい。僕もチームメイトには要求するようにしています。ハイボールの勝負になれば、90パーセントぐらいは勝つ自信があります。リスクを負ってでも僕に入れてもらえれば、シュートを狙いますし、ポストになって味方に落とすオプションもあります。とにかく、できるだけ相手ゴール前にボールを運んで、得点の確率を上げていきたいです。
日本では決められた戦術を優先する傾向が
得点の機会を生み出せるバイタルエリアで、パトリックは日本人選手の“前への意識”に、少なからず物足りなさを感じているようだ。失敗を回避するため、丁寧にやろうとしすぎているのか。日本人選手のマインドは、思い切ったチャレンジよりも、なるべくセーフティに、といったところか。パトリックはどのように推察しているのだろうか。
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慎重に物事を進めようとしているとして、でもそれが日本人の良いところでもあり、真面目さの象徴でもあるのかなと思います。チームとしてやるべきこと、遂行しなければならない戦術があって、そのルールの中で一人ひとりの動きが決まっていて、与えられた役割はきっちりとこなすことができる。
もちろん、守るべきベースは大事です。でも、たとえリスクがあったとしても、状況やその時の場面に応じて、自分で判断して、ある意味、ルールにはない選択をしたほうがいいシチュエーションでも、日本では決められた戦術を優先する傾向があるように感じます。
その意味で、ブラジル人を含めた海外の選手たちは、監督から指示は出ていないけど、ゲームの状況によって、自分の判断でポジションを変えたりして、ピッチ上の事象に対応していきます。相手がマンツーマンでついてきた時に、チームとしてパスで打開するなど対処法があらかじめ決まっていたとしても、ここで抜ければ大きなチャンスになると判断すれば、ドリブルで仕掛けてみるとか。
オーバーな話をすれば、たとえば、左サイドから攻撃を仕掛けているとして、右サイドに目を移すと、右SBの選手が攻め上がっていってペナの中に入っていけば、フリーでパスを受けられて、シュートを打てる状況だったとします。
でも、おそらく日本人選手は、「相手のカウンターに備えろ」という指示が出ていれば、ビッグチャンスになる場面でも、ペナには入ってこないのではないでしょうか。一方、ブラジル人選手は、戦術うんぬんより、“得点できる”という自分の考えを優先して、攻撃に出ていくでしょう。
リスクを取るか、勝負してみるか。戦術はありながらも、日本人選手にはもっと試合の中で個々が判断して、行動に移してもいいと思います。
日本の前線の選手たちはスピードが特長
日本での生活が長いからこそ、日本サッカーの良いところも理解しているし、伸ばすべきところにも思うところがあるのだろう。そんなパトリックにとって、先日の日本代表のブラジル戦は興味深いものだったはずだ。結果は0-1で敗戦。さらにチュニジアとの一戦も0-3で敗れ、いずれの試合でも日本は“枠内シュート0本”だった。攻撃面の課題を露呈した森保ジャパンの戦いぶりを、ブラジル人ストライカーはどう見たか。
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ブラジルは、ふたりのCBも攻撃に関わるなど、ハーフウェーラインを越えてポジションを取っていましたよね。10人の選手が相手コートに入っていってプレーする。その分、リスクはありますが、FWと後ろの選手がコンパクトになっているので、ボールをロストしても、こぼれ球やセカンドボールをすぐに回収して、次の攻撃に移ることができていました。
チュニジア戦に関しては、日本は相手を少しリスペクトしていたのか、そこまで前に出るわけでなく、前線のプレスがあまり機能していなかったように見えました。ブラジルのように、相手コートでボールを回収できれば、攻撃に厚みが出て、シュートのチャンスも自然と増えていきます。前線の選手がプレスの強度を上げて、もっと厳しくマークしたほうがいいように感じました。
日本の前線の選手たちは、他国に引けを取らないスピードが特長です。相手ボールになった時に、彼らがしっかりとプレスをかける。1回目で取れなくても、持ち前のスピードを生かして、2回、3回と相手を追い回すようにプレスをかければ、後ろの選手もそれに応じて、全体がコンパクトになって、高い位置でボールを回収する回数も増える。奪う位置がゴールに近ければ、そのままゴールに直結できるというメリットも生まれる。
先日の代表戦はワールドカップを見据えた強化マッチだったと思うので、そのなかでミスが出ても別に問題はないと思います。修正する時間はまだありますから。ただ、あまりチャレンジが見られなかったのは少し残念ではありましたが……。
今の代表では、ボランチの遠藤航選手が印象的なパフォーマンスを披露していますね。ハードに、相手に噛みつくようなディフェンス。あのスピリットはすごく大事だと思います。彼のような姿勢を、ピッチに立つ他の選手たちも示して激しくプレーできれば、チームはガラッと変わるのではないでしょうか。
日本語は息子のほうが僕より上手ですよ(笑)
今冬に開催されるカタール・ワールドカップで、森保ジャパンが掲げるのはベスト8以上だ。得点力に不安を抱える日本代表に、熱心に日本語を勉強するなど帰化を目ざすパトリックを推す声は少なくない。周囲の期待に本人の想いは――。
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日本でこれだけ長くプレーしているなかで、サッカーファンの中から自分の名前が挙がって、日本代表のためにプレーしてほしいという声が聞かれるのは、すごく嬉しいですし、自分もそういう気持ちはあります。代表の試合を見ていて、チームが苦しい時、自分も苦しくなってきます。この国が大好きですから。ただ、いろんな状況があるので、帰化はなかなか難しかったりするのですが……。
日本語の勉強は、20~30分の日もあれば、40分とか1時間ぐらい、やる日もあります。日本語の習得は帰化に向けてだけでなく、大好きな国の人たちと、少しでも距離を縮めたいからでもあります。みんなと一緒に直接、コミュニケーションを取りたいんです。だから勉強しています。
それに、僕は日本でプレーさせてもらって、多くのことを経験できています。日本人選手で若いプレーヤーがたくさん出てきていますし、彼らに自分の経験を直接、伝えたいという想いもあります。彼らが成長できるようにサポートしたいですね。
日本語に関しては、息子のほうが僕より全然、上手ですよ(笑)。彼から教わったりもします。「お父さん、その言い方は違うよ、分かっているよね?」とか、笑いながら指摘してくれます(笑)。
息子は11歳で、ガンバのアカデミーでプレーしています。ポジションは僕と同じFWで、背番号18も、ヘディングが長所なのも一緒ですね。シュートも、僕より上手いですよ(笑)。時間がある時は、息子のサッカーに付き合ったり、教えたりもします。
息子の試合を見に行った時に、対戦相手の監督さんがミーティングしているのをたまたま耳にしたことがあります。「ガンバの18番の子には気をつけろ」と聞こえてきました。シュートのタイミングとか、息子はすごく良いものを持っていると思います。相手を抜き切る前に、ちょっと外してそのまま打つとか。
将来、息子が正しい道を進めるように、自分は鑑となり、見本でありたいと思っています。嘘をつかないとか、間違ったことをしないように伝えていきたい。学校とかでもミスはあるでしょう。それは認めつつ、正していく。サッカーでもいろいろとアドバイスをしますが、何に対しても、誠実で、正直であることを心掛けてほしいです。
息子は、自分に似たスピリット、熱い気持ちを持っています。そして、1歳から日本で生活しているだけに、日本の文化が染みついていて、日本人の中で学んで、日本の良いところもたくさん持っています。それこそ、彼の大きな長所だと思いますね。