30代直前の宇佐美貴史が語る“泥臭いスライディング”の意味とヒーロー観「家長くんは凄いなと」「理想に近いのはミュラー」
ガンバ大阪のエース宇佐美貴史。29歳の今を語ったインタビューです
フィニッシュに専念できるかつてのパスワークがないチームで、宇佐美自身も夏場の公式戦15連戦当時は「曜日の感覚もないですね」「体が蝕まれている状態」とフィジカル面の厳しさを口にしたが、過密日程から解放された9月以降、個人成績には決して現れない泥臭い部分でチームに貢献し始めた。目先の勝点にこだわる現実的なサッカーも今の宇佐美は厭わない。
柏戦でのラストワンプレーのスライディング
「ドイツで僕がやっていたのもほとんどがそういうサッカーでした。免疫をつけられていたのは、良かったところの1つかなと思います」
2度目の欧州挑戦にピリオドを打ち、ガンバ大阪に再び復帰した2019年7月、失意のストライカーは「2度目も個人的にはダメだったという印象が、清々しいくらい自分の中にあった」と会見で口にしたが、ドイツでの苦悩の日々もまた、宇佐美貴史という才能の血となり肉となっていたのだ。
宇佐美の先制点で勝利した9月26日の柏戦とやはり宇佐美が決勝点を決めた10月23日の鳥栖戦では、いずれも両チーム最多のスプリント回数を記録。とりわけ印象的だったのが柏戦のタイムアップ寸前に敵陣深くで見せた泥臭いスライディングタックルである。
「あえてそういうプレーをやっているところと、自然にやれるようになっているところ両方の意味合いがありますね。柏戦のラストワンプレーは、自分のスライディングで終わっていますけど、あれはスライディングしても届かないんです。試合の最後にスライディングして、ピッチに仰向けに倒れたまま試合が終わる、というつもりでした。直接的な意味はないかもしれないけど、そういう姿を見せることで、チームに対する影響がもしかしたらあるかもしれない」
ガットゥーゾがガッツポーズしていたじゃないですか
最前線から鋭いスライディングを見せるのは、昨季序盤からの宇佐美の変化の一端だ。彼の胸に刻まれたドイツ語があるという。フォルトゥナ・デュッセルドルフ時代の指揮官、フリードヘルム・フンケルの言葉である。
「フンケルが僕個人に言ったわけじゃないけど、ドイツ語で『Korpersprache』。英語ならボディランゲージかな。『Korper』は体、『sprache』は会話ってニュアンスなんですけど、体で見せる。一時期ガットゥーゾがスライディングで奪った後にガッツポーズをしていたじゃないですか。フンケルは、ああいうプレーが必要だと考える監督だったんです。例えば、スライディングでボールを奪うと、デュッセルドルフのサポーターは喜ぶ。そうやってスタジアムの空気感を作り出して、自分たちも盛り上がっていく。そういうことを求める監督でしたね」
30代を目前に控え、プレー面でもメンタル的にも以前とは違う姿を見せ始めている宇佐美。「あと何年やれるか分からないけど、キャリアの折り返し地点ではない。自分がプロでやれる時間がどんどん短くなっている」と今年の誕生日に強く感じたと言う。
この先のキャリアで活躍するためにも、「ニュー宇佐美」を模索したい1年だったが、直面したのは残留争い。理想と現実の狭間で、選んだのはフォア・ザ・チームに徹するという割り切りだった。
競り負けたマリノス戦、宇佐美はトップ下で牽引した
「自分ではこの先にこうなりたいとか、こういうスタイルでやりたいというのはありますけど、その理想のプレーができる状況ではなかった。ボールもほとんど持てないですし、持たれることが多い。ボールを持ったら持ったで、(36節の)名古屋戦のようにカウンターでやられることも多いのでね。
『しっかりと全員で守って、縦に速く行ったほうがいいんじゃないか』というコミュニケーションもありました。チームとしてそういう形がちょっとずつ出来てきて、そこで自分が出来るスタイルを考えてプレーしていました」
それでも宇佐美が躍動すると、ガンバ大阪の攻撃は鋭さを増す。8月6日の横浜FM戦は、2対3で競り負けたものの今季のベストゲームの1つ。宇佐美はトップ下で攻撃を牽引した。
「スムーズな攻撃の流れを作ることですね。僕のところで絶対につっかえてはいけないし、自分が作り出した攻撃の流れに、僕自身も乗っかって結果を出す。今のチーム状況を考えると個人としてもガンバとしても、その役割が必要だと思います。色々な引き出しを持っていたいですし、その中からいろんなものを持ち出してチームの攻撃を引っ張っていきたいですね」
バイエルンで同僚だったミュラーを“お手本”に
そんなプレースタイルの具体的なお手本も宇佐美の頭の中には存在する。かつてバイエルン・ミュンヘンでチームメイトでもあったトーマス・ミュラーである。
「自信のあるプレーはもちろんありますけど、スタイルが変わって行く時期、変えていかないと行けない時期だと思っています。その中で自分の理想に近いのは、ミュラーなんです。もちろん程遠いどころの話ではないですけど(笑)、ミュラーのプレーは凄いなと思いますね。彼を目標にするというより、今見ていて一番すごいと思うのがミュラー。スタイルをそのまま寄せるというよりは、欧州で一番見たい選手がミュラーというか」
代表は目指すべき場所だけど、今は遠く及ばない
そのミュラーは31歳だった今年5月、2年ぶりにドイツ代表に復帰しEUROでもプレーした。かつてプラチナ世代を牽引する存在として注目された宇佐美だが、現在の森保ジャパンの主力では同世代は柴崎岳や遠藤航。カタールを目指す日本代表に自らの名がないことに悔しさは――。
「いや、今の自分が出している結果なら、悔しいとも思わないですね。まだまだ遠く及ばないような状況です。もちろん、目指すべき場所ですけど、まずフォーカスを自分に向けて、自分をどう良くしていくかということにこだわってやる。そのプレーのクオリティとか結果で選んでもらえるものだと思うんです。代表に選ばれていないのが悔しいと思うことすら、今はおこがましい話かなと」
家長くんは凄いですよ、ヒガシくんもそう
2014年の三冠イヤーにJリーグMVPに輝いた当時34歳の遠藤は「サッカーは年齢じゃない」との名言を残しているが、近年のJリーグでは2016年に中村憲剛が史上最年長となる36歳でMVPを獲得。そして宇佐美が小学生の頃から背中を見続けてきた“ヒーロー”もまた、30代で再ブレークを果たし、MVPを手にしている。川崎の大黒柱、家長昭博である。
「家長くんは凄いなと思いますね。ポジションは全く違いますけど、ヒガシ(東口順昭)くんもそうですよ。ヒガシくんは年々パフォーマンスを上げている感じもあるし、そういう選手が近くにいてくれることで、僕も可能性をより近く感じることができる。だからこのままでは終わらせへんと個人的に思っています。
この年齢で今のフィジカルコンディションの中で、どういうプレーができるのか。しっかりと向き合って、日々取り組んでいかないと家長くんやヒガシくんのようなパフォーマンスは出せない。本当により強く、フォーカスを自分に強く向ける必要があります」
2019年にガンバ大阪に復帰した当時、宇佐美はこう話していた。 「強いチームにはいい中堅がいる」
このまま終わらせるわけにいけないと
当時は遠藤や今野泰幸が健在だったが、いまや宇佐美はその経験値を含めて考えれば堂々たるベテランである。試合前のロッカールームで仲間を鼓舞したり、日々の練習から若手にアドバイスを送ったりする姿にはチームリーダーとしての自覚も滲み出る。
「自分で意識してそうなろうとは思ってないんですけど、じゃあ誰がやらなアカンねん、という時に『俺はやりたくない』と思う方がおかしいですよ。大した経験値じゃないと思いますが、そういう経験もさせてもらって伝えられることも多いと思います。僕だけじゃなくヒガシくん、(倉田)秋くん、(昌子)源とかそういう選手たちとたくさんコミュニケーションを取る中で、自分自身も声を出していけるので。チームになにをどう伝えて行くかをまず最初に話せる仲間がいるのも、僕が変化していくきっかけになったと思います」
「僕は出来れば黙々とやりたいタイプ」と公言してきた宇佐美が見せる内面の変化も、全てはルーキー当時に見てきた強く、そして魅せるガンバ大阪を復権させるためである。長谷川健太元監督のもとで、第二次黄金期を牽引してきた男はキッパリと言う。
「チームとしても個人としても、このまま終わらせるわけにいかないと強く思っていますし、やはりJリーグの順位で下の方にガンバ大阪の名があるのは気分が良くない。自分も上昇して行く中でチームも上昇していってほしいし、そのための努力をピッチ内外でしていきたいですね」
今はキャプテンになってやろうというよりも
地位は人を作る、と言う。
かつてマイペースで知られた遠藤も、長谷川体制下でキャプテンを託され、左腕に腕章を巻く姿がすっかり板についたが、宇佐美にもインタビューの最後にやや無茶ぶりをしてみた。来年キャプテンを託されたとしたら――。
「えーっ。いや、さっきいった選手たちにまず相談します。ヒガシくんとか、秋くんに。『そうやって言われてんねんけど』ってまず相談はしますけど、キャラクター的にキャプテンは違うと思うので、キャプテンはやらないかな」
だが、こんな過去もある。宇佐美の才能を早くから見抜いていたジュニアユース時代の恩師、鴨川幸司さん(現FCティアモ枚方ジュニアユース監督アカデミーダイレクター)は、とんがっていた少年がキャプテンシーを併せ持つことを早くから看破。キャプテンマークを託していた時代があった。
「魅力的だと思いますし、もし任せたいと言われたとしたら、言ってもらえるような振る舞いができているということだと思います。そうなれば受けるかもしれないですけどね。まず、そう言ってもらえるような選手になっていきたい。ただ、今はキャプテンになってやろうというよりも、自分の立ち位置で見えることを、いいニュアンスで若い選手に伝えたいし、上の選手にもうまく伝えたい。チームのために相手を見ながらやっていきたいですね」
もがき、苦しみ、そして涙さえ流した2021年の濃密な日々は、確実に宇佐美貴史というサッカー選手の糧になっているということである。