谷晃生が東京五輪で学んだ代表GKの重み「日本のゴールを守ることがどういうことか理解できていなかった」

GK谷晃生(湘南ベルマーレ)インタビュー@前編

与えれば与えられるほど、吸収していく。まるでスポンジのように—-。

湘南ベルマーレのGK谷晃生は、日々養分を吸い込み、日々成長している。そこに限界などないのだろう。

日本代表の一員として臨んだW杯アジア最終予選も、そのひとつだ。2000年生まれの谷にとって、W杯は「(日本が)出場するのは当たり前に近い感覚」だった。試合に出る機会はなかったが、同じ空間にいるだけで感じられる空気があった。

「口にするのもはばかれるほど簡単ではないというか。それくらいアジア最終予選は厳しく難しい戦いだと感じました。それは同じ場所にいて、実際に自分の肌で感じ、目で見たからわかったことでした。

同時にサッカーをやっているすべての選手が目指す場所だと再認識しましたし、そこにたどり着くためには本当に多くの犠牲が必要だと、身をもって感じました。あの空気感や雰囲気は、やっぱりテレビで見るのと、ベンチから見るだけでも大きな違いがありました。自分にとっては本当に刺激しかなかったです」

川島永嗣権田修一という日本を代表するGKと、汗を流しただけでも得たことがあった。

「よくGKには経験が必要だと言われますけど、自分から見てもふたりは数多くの修羅場をくぐり抜けてきた方たちだということがわかりました。ひとつひとつにこだわりを持ってプレーしていることを感じましたし、どこまでそのひとつひとつを突き詰めていくか。自分のなかでもう一度、すべてを見直さなければならないとすら思いました」

ピッチに立っていた権田からは「相手への圧と自分の距離感や間合いがある」ことを感じた。

「(オーストラリア戦の)試合終了間際に権田さんが相手のクロスに対して出て行ってキャッチした場面があるのですが、そのプレーにすごいなと思いました。(2-1になった)あの状況で、キャッチするのと弾くのとでは全然違う。あそこでGKがボールを持つだけでも、自分たちの時間を稼ぐことができる。そのプレーひとつを見ても学ぶことがありました」

間違いなく、チームを勝たせるGKのプレーだった。

それは、谷が追い求めている姿でもあった。

3カ月が経とうとする今も、谷の脳裏に焼きついて離れない場面がある。0-1で敗れた東京オリンピック準決勝のスペイン戦だ。

「失点したシーンは、今も鮮明に覚えています。スペインはボールを持った時に急いで攻めてこなかったんですよね。自分たちでボールを持って動かしてくる。それをされるだけでも、僕らはすごく消耗させられた。でも、時にはスローインから素早くリスタートして攻めてくる。ゲームを作るうえでの緩急がありました」

延長に突入した115分、マルコ・アセンシオに得点を許した場面がまさにそれだった。

「大会を通じて感じたのは、自分たちのほうが相手よりも疲弊してしまっていた、ということでした。自分自身も、体というよりも頭というか、マインドのところをうまく切り替えて戦わなければいけないということは、あの連戦を経験して強く思いました。

世界との差を言葉で説明するのは難しいですが、スペインとは親善試合で、メキシコとはグループステージで戦っていた。1回戦っても、2回戦っても、研究されても、特長を理解されていても、上回れるだけの引き出しを持っていなければならない。それ以上に大会を通して見れば、90分間で決着をつける力も必要だったと、僕は思っています」

悔しさは今も色褪せることはない。一方で、ピッチに立ったことで見えた景色もあった。

「ここ数年、五輪に出場することを自分の目標としていたなかで、いざあの舞台に立ったら、やっぱり自分のサッカーキャリアをかけて戦うだけの価値がある大会だったと感じました。一方で、目標を実現しても、一切の満足感を得られていないのは、(準決勝の)スペイン戦、(3位決定戦の)メキシコ戦での悔しさがそうさせてくれないというか。あの悔しさが今の原動力になっています」

東京オリンピックでは苦さを味わっただけでなく、接した人から学び、吸収した。それが人としての、選手としての厚みと重みになっている。GKコーチとして大会期間中に指導を受けた川口能活である。

「厳密に言えば、五輪を戦うまで、僕は日本のゴールを守るということがどういうことなのかを、明確に理解できていなかったように思います。大会を通じて、試合を経験すればするほど、そこを長く任されてきた人の存在を感じました。何より、能活さんは僕が気持ちよくプレーできるように常に考え、声をかけてくれていた。その存在は自分のなかですごく大きかったです」

大会が始まる前には、こう言われた。

「いつもどおりにプレーしてくれればいい。ベルマーレでやっていることをそのまま出してくれ」

大舞台に意気込んでいた谷は、その言葉に肩の力がすっと抜けた。

「背伸びせずにやろうと思うことができました。自分の持っているものしか出せないのだから、気負わずにやろうとは考えていたのですが、より『そのままの自分を出せばいいんだ』と思うことができました」

同時に、川口からのメッセージをこうも受け取っていた。

「日本が世界の強豪と対戦すれば、まだまだ守備の機会は多くなりますよね。ベルマーレではそうしたシチュエーションになることも多かったので、自分がベルマーレでやってきたこと、考えてきたことをそのまま出せばいいと思えたんです。ここ(ベルマーレ)で経験してきたことが、代表の舞台や世界の強豪と戦う時にも活かすことができる。僕自身の長所がより出せるのではないかと思ったんです」

湘南ではGKとしていかに勝ち点を奪えるか、拾えるかを意識してプレーしてきた。

「リーグ戦では、得点が入ることなく試合が終われば勝ち点1を得られますよね。それがリスクを負って勝ち点0になるのか、リスクを負って勝ち点3にするのかと言えば、自分はチームのためにもリスクを負いたくないという思いでプレーしてきました。

できるだけチームが勝ち点を失わないように戦いたい。勝ち点3を得られる状況にある時は、それを可能なかぎりキープしたいという思いがある。要するに、その時々でチームにとって必要なプレーをしたい。

それは昨季、ベルマーレでリーグ戦25試合に出場し、6連敗を2度経験したことで、考えさせられたことでした。どうしたらチームが勝ち点を拾えるか。どうしたらチームを勝たせることができるのかと……」

その言葉を聞き、「GKがチームを勝たせることはできますよね」と問いかければ、谷は「できます」と即答した。

「自分はGKの役割を大きく捉えていて、たとえばショートパスひとつにしても、ロングキックひとつにしても、蹴るのか蹴らないのかという判断も含めて、チームが機能しやすいように働きかけるのがいいGKだと思っています。

派手なセービングを見せることも、GKの魅力のひとつだとは思います。でも、GKとしては自分からスタートしたパスがゴールにつながったり、そのタイミングでパスを出したりすることに大きな意味がある。それだけGKは、チームに大きなものをもたらすことができるんです。

GKが目立つ試合というのは、チームにとっては決していいことではないですよね。だから、僕は止めるだけがGKじゃないと思っていますし、もっと自分の仕事の幅を広げていきたい」

止めるだけがGKではない—-。その言葉をこちらがつぶやくように繰り返すと、谷はさらに持論を展開してくれた。

「自分としては、すべてを止められるGKが一番いいGKだとは思っています。すべてのシュートを止めることができるのであれば、キックがうまくなる必要もないし、つなげなくてもいい。でも、実際、GKひとりですべてのシュートを止めるのは不可能です。

だからこそ、プラスアルファで、チームのために貢献できることが一番だと思います。ただし、GKとしてはシュートを止めるという部分をおろそかにしてはいけないと思うので、そのバランスはすごく難しいですけどね」

日本代表としてW杯最終予選を戦うことで、さらに刺激を受けている。東京オリンピックで日本のゴールマウスを守った経験と責任は、彼を大きく成長させてくれた。

ただ、大舞台で見せた好セーブも、正確なフィードも、育ったガンバ大阪から湘南への期限付き移籍を決断し、ピッチに立ったことで吸収した養分だった。湘南での日々がなければ、きっと今の谷はここまで成長していない。そう思わせてくれる毎日があった。

【profile】谷晃生(たに・こうせい)2000年11月22日生まれ、大阪府堺市出身。ガンバ大阪の下部組織で育ち、2018年にトップチーム初先発。2020年から期限付き移籍で湘南ベルマーレの一員となる。日本代表にはU-15から各年代で呼ばれ、東京オリンピックでは守護神としてチームの躍進に大きく貢献。2021年8月、A代表に初めて招集される。ポジション=GK。190cm、84kg。

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