「あいつはPKが苦手」と言われた守護神・谷晃生。PK戦で交代させられた中学生が東京五輪でヒーローになるまで
U-24日本代表は7月31日の東京五輪2020の準々決勝でU-24ニュージーランド代表に競り勝って準決勝に進出。延長戦までを0-0で終えて迎えたPK戦では、GK谷晃生がチームを救った。
脳裏をよぎったU-17W杯英国戦
PK戦を告げるホイッスルが鳴った瞬間、「インド」のことを思い出していた。同じくあのときインドにいたMF久保建英も「一瞬、脳裏によぎりました」と振り返る。
4年前、インドで行われたU-17ワールドカップ(W杯)のラウンド16。MFフォデンらを擁する優勝候補のイングランドと渡り合った日本は、0-0からのPK戦を迎えていた。ゴールを預かっていたのは、谷晃生である。結果、谷は1本も止めることができず、日本は無念の敗退となった。
日本戦以外の試合ではブラジル相手だろうと大量ゴールを記録したモンスターチーム相手の無失点だから誇って良い試合のはずだが、谷に残ったのはただただ苦い記憶のみである。
「この経験を今後に生かさなかったらウソだと思う」
そう語っていた“経験”を生かすチャンスが、まさか地元開催の五輪で訪れるとは思っていなかっただろう。同じノックアウトステージの初戦で迎えるPK戦である。谷自身、あの苦い記憶を思い出さなかったはずもない。しかし、湧いてきたのは後ろ向きの感情ではない。
「あのときの挽回をするチャンスが来たな」
迷いはなかった。
本人も過去には「PKが苦手」と公言
実を言えば、谷はもともとPKが得意ではない。
ガンバ大阪ジュニアユース時代は鴨川幸司監督(当時)が「あいつは本当にPKが苦手で」と語り、本人も「PKは苦手です」と公言してしまっているくらいだった。中学3年生で迎えた全国大会の関西予選では、PK戦を前にして控えGKと交代させられたほど。その全国大会の準決勝ではPK戦の末に勝っているものの、相手が枠を外した結果だったため、本人の苦手意識克服には繋がらなかった。その試合後にも、「PK、苦手なんすよね」とこぼしていたのを覚えている。
そして、インドでの敗戦。そこから「何か特別なことをしたわけではない」と言うが、地道な努力は積み上げてきた。課題のステップを改善し、J1リーグでポジションを掴んだことで自信も芽生えた。ゴール裏で写真を撮っているカメラマンから、「谷は表情が変わったね」なんて声も聞こえるようになった。
さらに今大会に入って正GKの指名を受けてから、また一つ何かが変わった。「谷の成長は僕も感じている」と吉田麻也主将が語るように、さらに一つ殻を破った感触があった。この試合、PKを止めたのがハイライトなのは言うまでもないが、そこまでのプレーもハイボール対応含めて安定感があったし、何より確かな自信を感じさせるものがあった。
久保を震えさせたPKストップ
そして迎えたPK戦。
「U-17ワールドカップのベスト16で(PK戦で)負けた悔しさがあったので、『今日はそれを払しょくするチャンスだなあ』と思いましたし、落ち着いて入れました」(谷)
あのときの再現になったらどうしようといった不安が襲ってきたとしても無理はない(正直に言えば、筆者には襲ってきていた)。だが谷は違った。周りからも「ヒーローになれるぞ!」「今日、谷は当たってるよ!」なんて前向きな声が跳ぶ。
そして川口能活GKコーチは、分析スタッフがかき集めてきたデータを託して説明しつつ、そして恐らく谷の表情を観て、同時にこうも言った。「お前の直感を信じてやれ。絶対にヒーローになれる」。
実際、データを頭に入れて跳ぶというのは難しいもの。極度の緊張感がある中なので、「全然頭に入ってこなかった」のも無理はない。それだけに、百戦錬磨の経験を持つGKコーチから託された「自分を信じて跳べ」という言葉のほうを、谷は選んだ。
久保はPKに臨む谷の様子を「笑顔まで見せていた」と驚きつつ、「そのくらい良い緊張感にプラスして自信を持って、あのPK戦に入っていた」と振り返る。
そして相手の2番手、左足から繰り出されたシュートに、「タイミングも読みもバッチリ」(谷)で反応し、見事にセーブ。PK戦の流れを一気に傾けてみせた。「あのとき」を知る久保はその瞬間を目撃して震えていた。イングランド戦も、最後に決められて、嫌でも記憶に焼き付いているPKが同じようなコースだったからだ。
「同じサイドで跳んで、止めて、もう谷選手に怖いものはないんだと思った」(久保)
やっていたのは至って基本的なこと。「最後までライン上に足を残して、自分の直感を信じて、そして全力で跳ぶ」(谷)ということだが、「あのとき」はできなかったことでもある。
ピンチと感じてゴールに立って敗れた4年前。あれから大きく成長した日本の守護神は、「チャンスだなと思って」ゴールに立ち、日本のピンチを見事に救ってみせた。掴んだ自信と確かな成長、そして何より過去の経験を乗り越えた見事なパフォーマンスだった。