「宇佐美の充実ぶりはドイツでも注目の的」スカウト担当・リティが語る宇佐美の進化と推奨する移籍先 SOCCER DIGEST Web 6月10日(水)19時17分配信

ブンデスリーガ初挑戦は困難が容易に予想できた。

 現在ヴォルフスブルクのスカウト部長を務めるピエール・リトバルスキー氏、通称リティは、日本と欧州を頻繁に行き来しては移籍市場における日本人選手の動きに目を光らせている。

とりわけドイツ時代からJリーグで戦う現在まで、宇佐美貴史のプレーには熱視線を送ってきた。そのリティに、この若きアタッカーの進化の要因と欧州再挑戦のクラブ選びについて訊いた。

宇佐美貴史がブンデスリーガにやって来た時、私は非常に嬉しく感じたのを覚えている。ドリブルが得意な彼は、現役時代の自分に少し似たところがあるからだ。事実、G大阪でデビューした頃から、私は彼のプレーに注目していた。

ただし同時に、険しい道が待つことも容易に予想できた。バイエルンでレギュラーの座を確保するのは容易な作業ではない。ましてやドリブラーと呼ばれる選 手は、コンスタントに試合に出場し、観衆の前で納得のいくプレーをすることで自分のリズムを作っていく。芸術家のような、デリケートなメンタリティを持っ ていると言ってもいい。その意味でバイエルンへの移籍は、最初から危険を孕んでいた。

結果、宇佐美は移籍するクラブを間違えたと揶揄されたが、それは後知恵の域を出ない。サッカー選手たるもの、バイエルンから声をかけられれば心が動いて当然だろう。

説得力の乏しさは、「守備での貢献が足りなかった」、「フィジカルの弱さがネックになったのではないか」といった批判についても、指摘できる。この種の意見はホッフェンハイムでも不振を託ったために強まったが、まず設問自体が正しくない。

宇佐美のような選手は、ゴールに絡んだか否かが、評価の絶対的な基準とされるべきだ。プレーに注文をつけるのなら、守備云々ではなく、攻撃の局面で決定的な仕事ができなかったと指摘するほうがはるかに建設的だ。

とはいえ、ホッフェンハイム時代の宇佐美には同情すべき点も多い。おそらく「今回は絶対に失敗できない」という意識が働いていたのだろう。移籍した後の 宇佐美からは、慎重にプレーしすぎている印象を受けた。これではドリブラーにとって最も重要な、自由な発想やイマジネーションが痩せていってしまう。

仮にチームを率いたのが、宇佐美の性格や特徴を十分に把握している監督だったなら、状況は違っていたかもしれない。だが残念ながら、宇佐美はバイエルン でもホッフェンハイムでも、結局は良き理解者に巡り会えなかった。今振り返ってみても、欧州挑戦をするには機が熟してなかった印象を受ける。

ところが宇佐美は、失意を引きずらなかった。それどころか、帰国直後から驚異的な進化を遂げている。

まず顕著なのは、プレーそのもののレベルアップだ。かつての宇佐美はキレのあるドリブルを披露しても、試合を決めるプレーができないケースがあった。だが最大の武器であるドリブルはもとより、シュートの能力も、精度やバリエーションなどの点で一気に向上している。

ふたつ目の進化としては、調子のばらつきがなくなった点が挙げられる。現在の宇佐美は、対戦チームやマッチアップするDFが誰であっても、パフォーマンスが安定するようになった。

三つ目は戦術理解度の向上だ。帰国後は視野も広くなり、より効果的なプレーを選択できるようになった。最近のJリーグの試合で、ワンタッチの素晴らしいパスを供給するようになっているが、これはスペースを把握する能力自体が上がったことを示している。

総合的に考えればアウクスブルクやマインツのようなクラブがしっくりくる。

 このような進化が顕著に反映されたのが、昨季の活躍ぶりだ。

もともと昨季開幕時点でのG大阪は、最強チームと目されていたわけではなかった。にもかかわらず、クラブ史上初の三冠まで達成できたのは、宇佐美の急激な成長があったからに他ならない。トッププレーヤーとは、本当に重要な試合で結果を残せる選手の総称だ。

相手が当時J2の山形だったとはいえ、特に全3ゴールに絡んだ天皇杯決勝は、宇佐美がトッププレーヤーであると同時に、サッカー選手として新たに生まれ変わったことを告げる、実に象徴的な試合となった。

実りこそ少なかったものの、欧州で武者修業を積んできた人間として、周囲から一目置かれるようになったこと。監督やチームメイトから適切な指示が受けら れるようになった点など、劇的な復活の要因はいくつかある。日本代表のハリルホジッチ監督に見初められたのも、明らかに追い風となっている。

ただし、これらの理由にも増して大きかったのは、精神的な要素だったように思う。出場機会が再び増えて、自分の能力を改めて確信できるようになったし、 ブンデスリーガでの経験を、積極的に活かそうともした。身体つきだけを見ても、彼は確実に変わってきている。体幹が逞しくなり、ボディバランスが良くなっ た。苦い想いを糧として、密かな努力に励んだ証だろう。

宇佐美の充実ぶりは、当然、ドイツでも注目の的になっている。クラブ関係者の間では、最初の挑戦で結果を出せなかったのは、時期が早すぎたからに過ぎず、いずれはブンデスリーガに戻ってくるのではないかと予想する声も出てきている。

ならば、そこで鍵を握るのはなにか。タイミングが重要になるのは言うまでもない。再びヨーロッパを目指す時には拙速を避け、じっくり腰を据えて考えるべきだ。

その過程では、自分に最もふさわしいクラブを厳選していく必要もある。出場機会の確保は言わずもがな、街の住みやすさや、クラブが実践しているサッカーとの相性も検討対象になる。

総合的に考えた場合、宇佐美にはアウクスブルクやマインツのようなクラブがしっくりくるかもしれない。両クラブには優秀な監督がいるだけでなく、素早い ショートカウンターを目指しているため、宇佐美との相性もいい。街の規模も適正だし、サポーターが長い目で選手やチームを見てくれるというメリットも期待 できる。

確かにどちらもトップクラブではないが、ハンブルクやシュツットガルトなどに新天地を求めるよりは、はるかに実りのある移籍になるのではないだろうか。

海外再挑戦にはプレーレベルはもちろん、精神面の成長が不可欠になる。

 とはいえ、ブンデスリーガに再挑戦する場合には、さらなるレベルアップが不可欠だ。 組織的なプレッシングのかけ方、攻守を素早く切り替えるスキル、的確なポジショニング。宇佐美はすべての分野で、プレーの精度をさらに高めていかなければならない。

日本の場合は、多少ポジショニングが悪くとも、ゲームに絡んでいくことができる。しかしドイツのサッカーは、はるかにペースが早く、敵のDFもスペース を瞬時に潰すことに長けているため、正しいタイミングで、正しいスペースに走り込む必要がある。ロッベンやリベリでさえ、単純なスピードで勝負しているわ けではない。

そのうえで、ドリブルやシュートに加え、パスのクオリティも高めていく。より決定的なラストパスやより質の高いサイドチェンジを、よりスペースや時間が減った状況で供給することが求められる。

他に必要なのは、精神的に図太くなることだろうか。サッカー界はサバイバルの場だ。試合では、マッチアップしている敵を翻弄する必要もある。ドイツで結果を残している岡崎や内田は、物怖じせず容赦なく勝負に徹するという点で、とても頼もしくなった。

いずれにしても、宇佐美が再び海を渡り、なおかつ成功を収めれば、彼は日本人選手の新たなイメージを確立する存在になるだろう。

スピードに乗ってドリブルを仕掛けられる選手は、日本のサッカー界では極めて少ない。しかも宇佐美は、ゴールに向かってダイレクトに迫っていける。ハリルホジッチに期待を寄せられている所以だ。

むろん日本には、宇佐美以外にも、ポテンシャルを秘めた選手が数多くいる。宇佐美の姿は、そうした選手たちにとっても励みになる。

私も宇佐美の活躍に期待するひとりだ。同じタイプのドリブラー、そして日本サッカーに縁のある人間として、宇佐美がもう一度ドイツの土を踏みしめ、ドリブルを開始する瞬間が来るのを楽しみにしている。

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