[関西]「親が違ったら…」それでも父・遠藤保仁の偉大さを誇りに…大阪学院大MF遠藤楓仁が切り拓く自分だけの道
[10.4 関西学生L後期第4節 桃山大0-2大院大 三木総合防災公園第2球技場]
「遠藤」の姓は、日本サッカー界で特別な意味を持つ。
父は、日本代表歴代最多152試合出場を誇る元日本代表MF遠藤保仁氏。3兄弟で育ったサッカー一家でもあり、サッカーは家族にとって特別なものではなく、暮らしの中に自然とあるものだった。大阪学院大でプレーするMF遠藤楓仁(3年=G大阪ユース)も、父に「サッカーをやれ」と勧められたことは一度もない。それでも気が付けばボールを蹴っていた。
父はサッカーを教え込まない。プレーについて細かく語ることもない。「調子どうや」と声を掛け、「楽しくやってくれ」と送り出す。それが遠藤家の日常だった。子どもたちを信じ、自分で考え、自分で選ばせる。その積み重ねが、楓仁の土台になっている。
大学進学を機に始めた一人暮らしも、「甘えてしまうから」と自ら望んだものだった。食生活を見直し、体づくりへの意識も変わった。「家に住むことが当たり前じゃないことも分かったし、サッカーで稼ぐことのすごさも感じています」。自ら考え、自ら責任を負う。そんな姿勢は、ピッチの外でも少しずつ育まれている。
寡黙な父とは対照的に、楓仁はよく話す。「僕の方がしゃべりますね」と笑うと、「母に似ているのかな」と照れくさそうに続けた。姉、楓仁、妹、弟の4人きょうだい。自然体で育った青年の飾らない人柄も、その言葉の端々から伝わってくる。
その一方で、「遠藤」の姓を背負う宿命とも向き合い続けている。
取材では、ことあるごとに父について尋ねられる。それでも父の名前が話題になることを嫌がる様子は一切ない。むしろ、そのたびに父の歩んできた道の大きさを実感するという。
「年齢が上がるにつれて、父の偉大さをひしひしと感じています。父の名前で注目してもらえるのは嬉しい反面、自分自身の力で評価される選手にならないといけないと思っています」
先日、大学公式戦で初めてとなるゴールを決めた。
9月4日の総理大臣杯2回戦・国士舘大戦に先発した遠藤は、1-0の後半45分にGKにプレッシャーをかけると、DFに出されたボールもスライディングで奪いに行く。相手のミスを誘発すると、FW今吉心絆(3年=東福岡高)の折り返しを蹴り込んだ。「今まであまり出せていなかったプレーだった」。父を思わせる鮮やかなミドルシュートでも、精度の高いFKでもない。泥臭くねじ込んだゴールだった。
ただ自身の成長を実感できたゴールでもあった。「実好監督からも、そういう泥臭いプレーもやっていかないといけないと言われていた」。華麗なキックで試合を動かしてきた父への憧れは、今も変わらない。それでも、自分にできる走りや泥臭さもまた武器になる。その可能性を感じられた90分になった。
今季は背番号8をつけている。G大阪のアカデミー時代は父の代名詞でもある7番を背負うことが多かったが、「学院の8番は歴代でもキャプテンがつけたり、中心の選手がつけてきた。僕もその役割を担いたいと思った」。父の背中を追うばかりではない。ただ「自分の中でも7の方が若干しっくり来るなと思っている」。父の面影を重ねる周囲の期待があることも受け止めている。
まずは大学サッカー界で圧倒的な存在感を放つことを目指す。総理大臣杯の活躍があった遠藤だが、リーグ戦再開後は再びベンチを温める機会も多くなっており、4日の桃山学院大戦も最後まで出場することはなかった。「まだ自分の立ち位置を確保できてはいない。まずはコンスタントに試合に出ること。その先にプロがある」。現在地を冷静に見つめている。
「親が違ったら、どういう人生だったんだろうと考えることはあります」
偉大な父を持つからこその本音だった。それでも楓仁は少し考えたあとでこう続けた。「世界に何人もいない経験ですし、父の偉大さを僕も引き継ぎたいと思っています」――。
「サッカーをやれ」と言われたことも、「こうしろ」と教え込まれたこともない。ただ、いつも子どもたちを信じ、「楽しくやってくれ」と送り出してくれた。その積み重ねが、自ら考え、自ら選び、自ら責任を負う今の楓仁を育ててきた。
目指す場所は、プロサッカー選手。父が築き上げた「遠藤」という名を背負う宿命を力に変えながら、自分だけのキャリアを切り拓いていく。その歩みの先に、「遠藤楓仁」という名前が日本サッカー界に刻まれる日を信じて。



