バスクU-16代表の長男と切磋琢磨!元日本代表DF(40歳)はなぜスペインで6年目を戦える?フル出場直後に「もう1試合いける」強靭肉体の秘訣
かつてガンバ大阪やサンフレッチェ広島、FC東京などJクラブで活躍した元日本代表DF丹羽大輝は2021年、FC東京を退団し、35歳でサッカー大国スペインへと渡った。2026–27年シーズンはサントゥルツィ(5部相当)へ加入し、プロ生活24年目をスタート。40歳の丹羽は、異国の地で日々どのようにコンディションを保ち、モチベーションを維持しているのか。(全2回の2回目/第1回も公開中)
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「引退への道に進んでしまう感覚」
日本を飛び出し、ヨーロッパで本当のフットボールへと挑む。それは本来、若く伸びしろのある選手のみに与えられてきた特権のようなものだった。しかし、35歳でスペインに渡り、40歳を迎えた今シーズンもなお、丹羽大輝は現役のプロとして戦い続けている。
スパイクを脱ぐ瞬間は、すべてのフットボーラーに必ず訪れる。年齢を重ねて経験を深める一方で、自身の思いと周りの評価にズレが生じ始める。体力的な衰えやケガの増加も加われば、一気に出場機会は減っていく。そして引退が頭をよぎると、指導者の道やセカンドキャリアへの準備など、さまざまな思考が脳内を支配し始める。35歳、FC東京でプレーしていた当時の丹羽もまた、その既定路線に捕らわれかけていた。しかし、そんな甘えや迷いを断ち切るため、彼はスペインへと飛び立った。
「ピッチ外でのベテランとしての付加価値を、自分の中での一番の価値と思った時点で、もうプロサッカー選手としては絶対やっていけない、と思っています。要は自分がピッチに出なくてもこの役割で貢献できる、とプライオリティが変わってしまうと、引退への道に進んでしまう感覚がありました」
裸足でビーチを走り、そのまま海へ
日本では徹底した自己管理とトレーニングへの意識の高さで、35歳までJ1の舞台で戦い続けた。しかしスペインに渡り、環境は劇的に変わった。日本と同じ準備、トレーニングは不可能な状況の中で、彼は自身の肉体とより深く、徹底的に向き合うようになる。
「いまだに毎日が試行錯誤ですよ。何百試合とプロの世界で戦ってきましたけど、試合前の軽食ひとつとっても、『本当に白ご飯がいいのか? サツマイモやジャガイモの方がいいんじゃないか? 』と自分に問いかけています。その週の練習強度や連戦の状況に合わせて、食べる量やタイミングを細かく微調整する。食事だけでなく、リカバリー方法も変えました。今は海が近い環境なので、グラウンドでのダウンに加えて、裸足になってビーチの砂浜を走ったり、そのまま海水に浸かったりしています。海水に含まれるミネラルが筋肉や関節の疲労回復に良いと知って試してみたら、これがすごく自分の体にフィットして。自分で試して、ピッチの上で答え合わせをする。『もうこれでいいや』と思った時点で伸びしろはなくなってしまうので、とことん追求し続けたいんです」
試合に出ない方が疲れる
スペインに渡って以降、毎年のように「衰えている感覚は、本当に一切ないんです」と力強く語る丹羽。昨シーズンは、90分フル出場した直後でも「あともう1試合、全然いける」と感じた試合もあったほどで、クラブの体力テストやヨーヨーテストではチームトップの数値をたたき出す。ただ、アレナスで出場機会が減った2024–25年シーズンには、危機感を覚えた時期もあった。
「試合に出られず、たまにピッチに立つ時の方が圧倒的に疲れました。年齢で疲れるのではなく、試合に出続ける『リズム』がないから疲れていた。世間の常識がどうあれ、自分の心と体がフレッシュであれば年齢なんて関係ない、というのが僕のリアルな答えです」
40歳にしてパフォーマンスを維持できる理由は、過去の成功体験に固執しない柔軟なアップデートにある。Jリーグ時代はオフにはまったくトレーニングを行わない時期もつくって体を休め、キャンプに向け逆算して追い込むルーティンだった。しかしスペインではオフ期も体を動かし続けるスタイルへシフト。ストリートサッカーのようなリラックスした状態で運動量を維持することで、心身ともにアクティブなままプレシーズンへ入れるようになった。
なぜ怪我が少ない?
日々のケアも怠らない。ストレッチポールなどを利用した「セルフマッサージ」、そして毎晩1時間の散歩で、歩きながら筋肉に触れて「体と会話」することで、小さな違和感(エラー)を未然に察知し、排除している。
「怪我は大きな車の事故と同じです。いきなり起きるのではなく、小さなエラーの積み重ねが大事故(怪我)になる。僕は怪我に強い、と言われてきたのですが、本当はまったく逆で、痛みや疲労に人一倍敏感です。だからこそ、先回りして自分の手でケアを徹底する。自分の体と丁寧に向き合うことが、怪我を防ぐ一番の秘訣です」
食生活では納豆やめかぶなど、日本では重宝していた食材が簡単には手に入らないという現実も受け入れ、フルーツやナッツなど、地元で手に入る食材を柔軟に取り入れる。またスペインに渡ってから、自身の新たな可能性を模索するためにDNA検査も実施した。持久力に優れたタイプだと考えていた自身が、実は「速筋優位タイプ」と判明したことで体の動かし方を根本から改善。30代後半にして、Jリーグ時代よりスピードが上がるという驚きの経験も果たした。固定観念を捨て、トライ&エラーを繰り返す「アドリブ力」こそが、異国の地でピッチに立ち続ける強固な土台となっている。
息子は日本人初のバスク年代別代表
徹底したプロ意識で自らの肉体と精神を磨き上げる丹羽にとって、今や大きな原動力となっているのが、同じフットボールの世界で切磋琢磨する長男・大心(だいご)さんの存在だ。 丹羽の渡航に伴い海を渡った大心さんは、現地の地元クラブで頭角を現し、日本人として初めてバスク年代別代表(U-14、U-16)に選出された。独自の文化と誇りを持つバスクで、異国から来た少年が壁を乗り越えて評価を得るその凄みを、父でありプロ選手でもある丹羽は誰よりも深く理解している。
親子の日常は、文字通りフットボールを中心に回っている。毎朝、息子の呼びかけで始まる親子トレーニングで一日がスタートし、午後には丹羽が息子の練習場へ足を運ぶ日も珍しくない。
バールでピンチョスを食べながら分析
「バスクという特別な地域で、差別や文化の壁も含めて乗り越えようと戦っている息子の姿は、本当に大きなモチベーションになっています。こんなにも息子から力をもらえるとは思っていなかったですね。朝の練習習慣も、大心がやろうって言ってきたんです。もっとこういう練習したい、パパやろうやって言われたので、付き合うよって。息子に言われて、こんなにうれしいことはない。試合の映像も、彼が(一緒に)見たいって言うから、それだったら、と。大心の練習も、見に行ける日はほぼ行っています。練習が終わった後、バールでピンチョス(スペインで一般的に提供される軽食)を食べながら、今日の練習はこうだった、ああだったと2人で分析しながら話しています。彼とそういった会話をどんどんできるようになってきているので、求められれば、パパは全部大心に伝えるよと言っています。気が付いたら、親子で一緒に戦っている感覚ですね。現役のプレーヤーとして彼に伝えられることはすべて伝えたいし、成長する彼から得る新しい情熱や刺激が僕を動かしてくれる」
スペインの地で、いつの日か父子が同じピッチに立つ未来も、もはや夢物語ではない。現役のプロプレーヤーとして、そして一人の父親として、スペインのピッチに立ち続ける男の瞳に曇りはない。
「今がサッカー人生で、一番充実しています。嘘偽りなく」
誰も歩んだことのない道を切り拓き、彼は今日もスペインの青空の下で、フットボールの喜びを誰よりも純粋に、そして鮮烈に楽しみ尽くしている。



