「ごま油→カメレオンに」40歳の欧州組・元日本代表DF丹羽大輝がスペインで評価され続ける理由…日本と違う「ブエルタ」「カラメロ」の感覚とは?
かつてガンバ大阪やサンフレッチェ広島、FC東京などJクラブで活躍した元日本代表DF丹羽大輝が、スペインの地で、“最年長の欧州組”としてプレーを続けていることをご存じだろうか。 2021年、FC東京を退団して海を渡った男は、今年でスペイン6シーズン目を迎えた。2026–27年シーズンはサントゥルツィ(5部相当)へ加入し、プロ生活24年目をスタートした。35歳で挑戦を選んだ男は、スペイン・バスクの地で40歳を迎えた今、何を思い、何を目指して戦い続けるのか。 2026年ワールドカップ優勝国で、フットボールの本質に一歩でも近づこうと現役を続ける男の挑戦を追った。(全2回の1回目/第2回も公開中)
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例年より遅い連絡に「もしや……」
9月8日、スマートフォンの画面にメッセージが表示された。 「ご無沙汰しております! 少しお話しできるタイミング、ありますか?」 スペイン・バスクに暮らす丹羽大輝からだった。2021年に丹羽が35歳で渡航して以来、彼の動向を追いかけることは記者としてのライフワークの一つとなっている。例年、次の移籍先が決まると律儀に連絡をくれていたが、今年はそのタイミングが例年よりも遅かった。
ヨーロッパ主要リーグの移籍市場は9月2日にクローズしている。「もしや……」と、プロのフットボーラーなら避けられない事態を頭の片隅によぎらせつつ返信したが、そんな心配は完全な杞憂だった。「決まりました!」。届いたのは、新たなチームが決まったという吉報だった。
かつてガンバ大阪で2014年の3冠(J1、ナビスコ杯、天皇杯)達成に貢献するなど、Jリーグで17シーズンにわたってプレーした丹羽。2021年、コロナ禍のまっただなかに新たな挑戦を求めてスペインへ渡った。渡航の前日にスペインがロックダウンとなり、ほとんどの航空機が欠航となる中で、自身の予約便だけは運航される、という偶然にも恵まれ、ビルバオ空港へと到着した。
練習参加を経て当時5部相当のセスタオ・リーベルに加入すると、2カ月間の短期契約で4部昇格に貢献し、翌年の契約を勝ち取った。その後は2度のリーグ優勝、3部昇格も経験した。その後移籍したアレナスでも、若手への切り替えで戦力外扱いを受ける時期も経て、終盤には出場機会をつかんで優勝&3部昇格を果たした。昨季はデウスト(5部相当)で34試合中33試合に出場。そして今年、スペインで4クラブ目となるサントゥルツィへの加入が決まったのだ。
チームメートは息子と同世代!現地での評価は?
9月9日の公式発表からわずか4日後の13日、丹羽はホーム開幕戦に先発出場。フル出場を果たし、チームの勝利へ貢献した。
「内容、個人的なパフォーマンスも含めて良かったですね。この年齢、この状況でホーム開幕戦のピッチに立てるというのは、やっぱり感慨深いものがありますし、高まるものはありました。チームに合流して、3〜4日目で開幕を迎えるとなったとき、自分の経験値からしてアジャストするスピードは誰よりも早くないといけないし、それが自分の特徴だと思っています。だから不安というより、問題はチームメートの名前の確認くらいでした。 今回、3枚のセンターバックの中央でプレーしましたけど、両脇を組んだのは19歳が2人。足しても38歳で僕より若い(笑)。息子と3〜4歳しか変わらない年齢の選手たちと一緒に戦って、いい若いエキスをもらっています」
その口調には懸念していた「引退」の気配など微塵もなく、プレーを心から楽しんでいる様子が伝わってきた。40歳、スペイン6シーズン目。昨シーズンをコンスタントに戦い抜いたことで、現地での評価は一層高まっているようだ。
「(アレナスでプレーした)一昨年は若手起用などの方針もありなかなか試合数を伸ばせませんでしたが、去年はほぼ全試合に出場し、この年齢でも怪我なくコンスタントにやっていけるという証明ができたシーズンでした。だからこそ、オフの動きも例年とは全く違いましたね。とことんまでオファーを待ち、古巣のアレナスでキャンプに参加してコンディションを万全に整えながら、じっくりと吟味して決断することができました」
「ピッチ外の評価が高い選手だったのかもしれない」
チームにはプロとアマチュアが混在するが、丹羽はプロ契約を結ぶ。日西合わせてプロ生活10チーム目となる新天地で、40歳の日本人選手は、どんな役割を担って戦い続けるのか。
「回り回って、今にたどり着いているのですが……。結局はピッチの上で躍動して、結果を残して、チームを勝たせるというところに一番イニシアチブを置かないといけない、という考えに今は至っています。日本にいたときは、もしかしたら僕はピッチ外の評価が高い選手だったのかもしれない。チームを引っ張れる、若手に経験を伝えられる、エラーが起こりそうな時、選手と監督の間に入って、ピッチ外でアプローチして水漏れを防げる、とか。ただ、チームを引っ張る、若い選手に経験を伝えることも大切ですが、それはピッチに立ってこそ説得力が生まれる。まずは年齢に関係なく、ピッチの上に立ち続けて90分間戦うこと。それがプロサッカー選手のあるべき姿だと思っています」
ごま油からカメレオンに……
スペインでの5年間で、丹羽のプレースタイルとサッカー観は大きな変容を遂げた。日本ではセンターバックとして周囲を動かし、チームをオーガナイズする「使う側」としてプレーを続けてきた。出場機会が減少したとしても、チームの中で自らの役割を見つけ、仲間、チームを支えることに全力を尽くしてきた。ただ、言葉の壁があり、最初は丹羽のことを誰も知らないスペインでは「使われる側」として戦う覚悟からスタートした。
「まずは練習から、そのプレーいいね、そのパスいいね、というところを示さないといけなかった。オンのボールでもオフのボールでも、自分が主導して周りを生かすというよりは、自分がシステムの中でオーガナイズされる側として動くようになりました。日本にいたときは、極端に言えば、自分がボールを触らなくても、組織の中で『ごま油的に効いているね』、というプレーだった。でも今はオーガナイズの中で動かされて、いいパスを出す、ボールを奪う、といったプレーにフォーカスしていった。その中で言葉も覚えた3、4年目からは、状況に応じて使える側にも使われる側にもなれる、いわばカメレオンのような柔軟性が身につきました。だからこそ、自分のプレーが完全にブラッシュアップされた感覚があります」
変化の背景にあるのは、スペインサッカーの圧倒的な「サッカーIQの高さ」だ。4部、5部リーグでも「スペインの選手たちは、サッカーを圧倒的に知っている」と、丹羽は強調する。2026年ワールドカップで頂点に立った国で、育成年代から徹底されているフットボールの流儀は、40歳を迎えた日本人DFにも新たな学びと刺激を与えてくれるという。
ボードを使って確認しなくても……
「スペインの選手は、サッカーを教えてもらっている回数が多い。指導者も多いし、見ている試合数も多い。だからイメージの共有ができる。僕が35歳で初めてスペインに来た時、19歳の選手と、僕がプロで何年も過ごしてきた中でつかんでいた感覚をすぐに共有できた、ということがありました。例えば相手のプレッシャーに対する打開策を、試合前から2つも3つも持っていて、阿吽の呼吸で共有できる。日本では言葉で確認しながら、時間をかけて紐解いていくような状況でも、ここの選手たちは感覚として当たり前に持っています。日本だと、ボードを使って、相手が2トップでプレッシャーに来るのか、1トップで来るのか、こうきたら、ボランチがひとり降りて、こうやって剥がそう、みたいなことを確認します。でもスペインでは確認しなくても、若い選手もみんなその感覚を持っています。サッカーは、答えのないスポーツではありますけど、ゴールまでの道筋を見つけるのが圧倒的に速い」
北中米ワールドカップを制したスペイン代表は、高度な個の技術と攻守の連動性で世界を魅了した。フィジカル化と縦への推進力がトレンドとなる現代サッカーにおいて、彼らは技術と判断力を研ぎ澄ませた洗練されたフットボールを展開した。丹羽は、自身が戦うカテゴリーと代表レベルの違いを前提としつつも、この国全体に根付く「共通感覚」の正体をこう分析する。
“サッカーIQ”高さの鍵は「ブエルタ」と「カラメロ」
「横パス、バックパスに対してネガティブなイメージがないのが、完全にスペインの感覚です。縦に速く行きたい、という狙い自体は、サッカーでは共通しています。ただ、横、後ろ、斜めがあってこその縦、という感覚がスペイン人はすごく強い。
『やり直し』をスペイン語では『ブエルタ』と言いますが、そのブエルタをめちゃくちゃやります。日本だと、『なんで前を見ないのか』『縦に速く行けるタイミングがあったら行け』となりがちですけど、その感覚が違う。後ろ、斜めに下げ、前後に相手を動かすことで縦に行くチャンスを生む、という感覚をみんなが持っています。映像を切り取れば、速い縦パスを通せば、すごくいいパスに見える。でも本当は、その前がある。バックパスで相手を引き出す。横、横に遊びのショートパスを2、3本使うことで、間が空く。だから縦パスが通る。要は遊びのパスみたいなものが圧倒的に多い。餌をまく感じ。こっちでは『カラメロ』と言います。キャンディという意味で、『甘いキャンディで相手を食いつかせてやれ』というジョークでもある。そのカラメロみたいな感覚が強い。
僕がここで体感しているサッカーの本質やロジックは、かつてガンバ大阪でヤットさん(元日本代表MF遠藤保仁)が体現していたスタイルと近いものがあります。ヤットさんがチームにもたらしていたあの独特のテンポや、ボールを保持しながら相手をコントロールする感覚。それを、スペインでは多くの人が持っているんです。もちろんラ・リーガ(1、2部)と下のカテゴリーでは、その感覚を表現するためのクオリティーが違います。でも、感覚は持っているんですよ。それこそが、スペインのサッカーそのものだと強く感じます」
スペイン指導者たちの「言語化」
ガンバ大阪時代には、日本トップクラスの戦術眼を誇ったMF遠藤保仁とともにプレーし、相手を動かして崩す、という感覚を磨き続けてきた。そして今、スペインでプレーし、リーグ戦やラ・リーガのクラブとの練習試合などを通じて、幅広いカテゴリーを体感。ピッチ上のロジックと自身のキャリアをすり合わせることで、彼のフットボールへの解像度は深まり続けている。
「今の自分の考えは、これまでの成功体験――結果を残していた時期に自分ができていた感覚とすごくリンクするところがあります。フットボールって、こうやっていくんだ、と。まだ答えは見つけてないですけど、ぼんやりと見えてきてはいます。今まで感覚的にやってきたことを、スペインではさまざまな指導者が言語化してくれる。その言葉を聞いて、『そういうことだったのか』と理解できることもあります。日本サッカーがさらに強くなるためのヒントや、世界一のトレンドがスペインにはいっぱいあると思います。現役のプレーヤーとして、このハイレベルな国で学び続け、ピッチの上でトライ&エラーを繰り返す毎日が何より楽しいんですよ」
5年前、彼がスペインへ渡ると聞いた時には、勝手に指導者ライセンス取得やセカンドキャリアを見据えた挑戦なのだろうと解釈していた。しかし取材を重ねる中で分かったのは、彼が現役選手としてピッチに立つことでしか得られない学びを追い求めているということだ。探求者のようにフットボールと向き合い、戦い続ける理由がそこには凝縮されていた。
だが、その探究は誰にでも続けられるものではない。年齢を重ねながら、異国の地で現役を続けるには、心身を整え続ける必要がある。40歳の丹羽は、日々どのようにコンディションを保ち、モチベーションを維持しているのか。その日々を支えるのが、家族の存在、そしてプロを目指す息子の大心(だいご)さんから受ける刺激だという。《後編に続く》



