「真のビッグクラブ」となるために ガンバ社長が語る新スタジアムの野望

ついに2月14日に、こけら落としを迎えるガンバ大阪の「市立吹田サッカースタジアム」。

「全ての建設費を寄付金によってまかなう」という日本で初めての仕組みで造られたことはもちろん、地域経済の活性化、建設費用の安さなど、さまざまな面から注目を集めている。

この画期的な取り組みを実現するために、陣頭指揮を執った、ガンバの野呂輝久代表取締役社長が、その全貌を語った――。

ガンバ大阪の悲願だった専用スタジアム

――日本はもちろんですが、世界的にも例がないと言われる寄付金で完成したのが、新スタジアムこと「市立吹田サッカースタジアム」です。寄付金によるスタジアム建設という手法はどのような経緯で生まれたのでしょうか。

野呂「通常、スタジアムの建設といえば、県など自治体が関係していますよね。でもこのご時世で、大阪府も北摂の行政も100億円単位の予算でスタジアム、 ましてサッカー専用スタジアムを建てる自治体はありませんよ。サッカー専用スタジアムはどこのクラブも欲しいと思っていて、例えば浦和レッズさんは埼玉ス タジアム2002を使っていますが、残念ながらクラブの持ち物ではないわけです」

――自分たちの管理ではないので、Jリーグの試合を開催する時にクラブはスタジアムを借りなければいけません。

野呂「今までJリーグのほとんどのクラブでは基本的にそういう形式を取っていたと思います。でも、ヨーロッパではご存じの通り、大きなクラブは自前のスタ ジアムを持っています。日本のサッカー文化では、まだそういう段階にはなっていない。だからこそ、そういうサッカー先進国の文化を先取りしたいと」

――明確なモデルケースがあったんですね。

野呂「もっとも、最初の動機はそんなに格好の良いものではなかったですよ(笑)。今のスタジアムではキャパシティーが小さいから大きいものが欲しい、立派なものが欲しいと。そして、できればトラックがないサッカー専用スタジアムが欲しい、でも自治体はお金を持っていない」

――当然ですが、お金がなければスタジアムを建てることはできません。

野呂「従って、なんらかの形で造らないといけないなと思ったわけです。専用スタジアムはガンバの歴代の社長、誰もが欲しがっていたものでした。パナソニッ クの文化事業部に相談したところ、『寄付で造るという手はあるよ』というアドバイスを頂きました。でも、これって2、3億円で建つ体育館レベルの話なんですよ。スタジアムを寄付で造るという規模に関しては『そりゃ無理だろう』という感じだったのですが、川淵三郎さん(日本サッカー協会最高顧問)や当時の関西経済連合会の下妻博会長から『それだったら、大々的に寄付を募集する形でやってみたらどうか』ということで始めました」

「“画期的“だったからこそ大変だった」

――「みんなの寄付金で造る日本初のスタジアム」は、画期的な手法として話題になりました。

野呂「確かに、画期的なアイデアだったとは思うのですが、画期的だったからこそ、実際に寄付金を集める作業は本当に大変でしたね。先代の金森(喜久男)社長がスキームは作ってくれましたが、その段階ではいわば絵に描いた餅なわけです。国税局に分厚い申請書を出して、どういう形でどれだけの金を集めるかという募金計画と、スタジアムの建設計画の両方が揃わないと認可が下りません」

――全額を集められるかどうかは、開始した時点では分からなかったわけですよね。

野呂「もし寄付金集めがダメだったら110億円程度で3万人規模のスタジアムを造るというように、いろいろな計画を考えていました。募金は3年間行いまし たが、途中でこれは無理かなと思った時は、屋根を付けての3万人規模にしようかと思った時もありました。1年目で、この先に入ってくる補助金などを含めて 105億円のめどは立っていましたが、それだと屋根がつけられない3万人のスタジアムしか建てられません」

―― 屋根なし、3万人であれば、わざわざ新スタジアムを造る意味がないと。

野呂「4万人、屋根付き、大型ビジョン1つは必須だと思っていました。2つ目の大型ビジョンとかVIPルームは後で増設すればいいかなと。4万人のサッ カー専用スタジアムは西日本にはなかった。確かにその時はお金集めが大変ですけど、後からキャパシティーを増設するのはもっと大変なんですよ。だから、僕自身はキャパシティーは4万人と最初から決めていました」

欧州視察で得たスタジアム運営のヒント

――スタジアム建設に当たっては野呂社長もヨーロッパへと視察に足を運ばれました。本場のサッカー文化に接したこと、スタジアム建設や運営のヒントになったものも多かったとは思います。

野呂「ドイツもイングランドも、子どもの頃からサッカーをし、試合を見るのが当たり前の環境です。それが100年以上根付いているので、伝統ある名門クラブというのは、良い意味で“空気“のような存在になっている。そのクラブが中心となって社会が動いている感じがしました。スタジアムに関しても、商業施設がついたり、鉄道の駅がそのまま併設されていたり、企業のオフィスが入ったりとか、いわばスタジアムそのものが小さな街みたいなものになっている」

――ガンバ大阪もそうしていきたいと。

野呂「万博には自然庭園がある万博記念公園がそばにあって、自然環境とスポーツ機能が備わっています。そんなところに、三井不動産さんが大型エンターテイ ンメント施設を持ち合わせたショッピングモールを開業されることになりました。偶然とはいえ、単なるショッピングモールの枠を超えた施設が、スタジアムの 隣にできるわけです」

――三井不動産が開業する「エキスポシティ」は平日で4万人、週末だと6万人近くの来場が見込まれていると聞きます。野呂社長も以前、「その1%がスタジアムツアーなどに流れてくれれば」と話されていましたが、いろいろな集客プランが打てそうですね。

野呂「運も実力のうちです(笑)。三井不動産さんもアジアを重要なマーケットとして考えているようですが、私たちもアジア戦略は重視しています。大阪府の 観光局はスポーツツーリズムに非常に熱を入れていて、5カ国語のパンフレットを作っているんです。大阪はご存じのとおり、LCC(ローコストキャリア/格 安航空会社)が発着する関西国際空港がありますから、アジアからたくさん人が来ていますし、この3年で2倍、昨年は380万人と聞きました」

――アジアの観光客を呼び込むプランはありますか?

野呂「海外からの観光客は大阪城を見て、心斎橋を見て、USJに行くのが定番ルートです。大阪府として、これからはスポーツツーリズムをしようと、うちと セレッソ大阪、プロ野球の阪神タイガース、オリックス・バファローズというプロスポーツチームと協力して、ポスターを作って、アジア中にばらまいてくれて います。特に、アジアの方はサッカーが大好きですからね。今までなら万博記念競技場のキャパシティーが2万人なので、せっかく集客をしても入れない可能性がありましたが、それが4万人のキャパシティーだと、4000人ぐらいを団体客の方々に回すことも可能になってきます」

デザインに反映されたサポーターの意向

――スタジアムのデザインなどにサポーターの意向は反映されたのでしょうか。

野呂「12年の3月に、サポーターの代表に来ていただいて、2時間近く要望を聞きました。それを受けての変更点もありました。このスタジアムは3層構造に なっているのですが、1層と3層の間はVIPルームが“はちまき“のようにグルッと巻く形になっている。リーガ・エスパニョーラのエスパニョールのスタジアムもそんな感じですね。でもゴール裏の方からは『ちょっと待ってほしい。ゴール裏になぜVIPルームがあるのか。ゴール裏は一枚岩になって1万人ぐらいで応援できるようにしたい。ゴール裏が一体感を持って応援できるようにしてほしい』と要望がありました」

――なるほど。

野呂「でも、それだとスタジアムの構造自体を変えなければいけない。ゴール裏だけ3層構造にしないとなると、10億円ぐらいが新たにかかる。それでも彼らの要望を取り入れました」

――昨年、東京五輪のメインスタジアムとなる「新国立競技場」をめぐっては、その巨額の建設費が論議の的になりましたが、あらためてガンバの新スタジアムの建設費用の安さが話題となりました。

野呂「通常はスタジアムを造る際の相場が1席当たり50万円で、そうなると4万人で200億になります。その値段を考えてもずいぶん安いのですが、施行を 担当した竹中工務店さんが1席35万円ぐらいで造ってくれました。また、通常の4万人規模のスタジアムに比べると底面積が2、3割少なくなっています。小 さな面積に押し込んだので土地代が安くなりましたし、上に高くなったことで、結果的に臨場感も増しました。鉄材もコンクリートも、使っている量が他のスタ ジアムよりも少なくなっています」

――削れるところはしっかりと削ると。

野呂「簡単に言うと、小さくてシンプルな構造になっている。それとスタジアム内部は全て直線で造られているんです。曲線の構造にすると、建築費用が高くな りますからね。スタジアムの外装はコンクリートの打ちっぱなしですから、『コンクリートの塊みたい』と言う人もいますけど、これが完成形です。いわば “スッピン“です。スタジアム内部につながる階段も鉄製で非常に幅が広い。建築費も安くなって、メンテナンスも安く済む。コンクリートもあらかじめ工場で作ってから現場に運んでくるという“プレキャスト工法“を用いています」

サッカーの試合がない年間約300日の活用法

――ガンバは指定管理者として、スタジアムの運営を任される立場ですが、大阪府への土地代の賃料など年間5億円の経費がかかります。ガンバの公式戦の日数は限られていますが、試合がない日の活用法はどうお考えですか。

野呂「アカデミー年代のサッカー大会や地域の運動会もできますし、サッカーの試合を行わない約300日を市民の皆さんや、個人、企業、学校などに使ってい ただこうと思っています。VIPエリア内には個室も30ありますから、英会話やフラワーアレンジメントなどのカルチャースクールでもいいし、いろいろなこ とができます。会議室として使ってもらってもいい。VIPラウンジでは300人の立食パーティーができる広さがありますし、あのフロアだけでも結構使い勝手はいいはずです」

――スタジアムツアーなども行われるのでしょうか。

野呂「例えば、エキスポシティで1万円買い物をしたらスタジアムツアーは無料にするというプランも検討中です。案内役として宮本恒靖さんに来てもらった場合は5000円で、私が案内する場合は500円にしても面白いかもしれない(笑)」

――今後さまざまな形で大阪のサッカー文化に寄与しそうな新スタジアムですが、防災拠点としての役割も兼ね備えているのも意義がありますね。

野呂「スタジアム建設にあたって、吹田市から一つだけ要望があったんです。吹田市の南部には防災拠点がありますが、北部にはなかったので、このスタジアム に防災機能を持たせてください、と。ミックスゾーンを入ったら左手に倉庫があって、そこには備蓄食料があります。また、スタジアムにはトイレもシャワーも あるので、300人なら1カ月、800人なら10日は滞在ができる計算です。そしてこのスタジアムは配送機能も兼ね備えているんです。運ばれた物資を仕分けして運び出す拠点としても機能します」

ガンバが未来永劫、継承したいもの

――新スタジアムはガンバにとって「真のビッグクラブ」になる舞台装置ですが、大阪のサッカー文化の熟成にも貢献していきそうな気配があります。

野呂「もちろん、サッカーという競技そのものも、より普及させたいですが、サッカー文化を広めるという経営理念は、これからもガンバの中で未来永劫、継承したいと思っています。それさえしっかりと理解していれば、おのずとスタジアムの使い方も決まる。ヨーロッパのように、そこにあるのが当たり前で、いつもその周辺に人が集う。“おらが町“のスタジアムにしていければと思います」

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