自信があるから、ここにいる。明神智和がガンバの新監督に就任。「いつか来た道」を辿らないために、フロントの真価も問われる
「いつ来てもいいように準備をしてきた」
ACL2で悲願のクラブ10冠目を手にしたガンバ大阪が、新シーズンを前に激震に見舞われた。
中東マネーに目が眩んだか、イェンス・ヴィッシング監督はサウジアラビアのアル・イテハドのオファーを受け、電撃退任。オーストリアキャンプが始まる初日の7月6日、始動日に監督が不在というクラブ史上例を見ない事態に追い込まれた。
7月8日にメディア対応した三上大勝フットボール本部長は「一番重要なのは、クラブのプロジェクトに共鳴できることと、このスタイルを継続するところ。そういった意味では明神コーチを含めて日本人の方が監督になるということもあり得ると今は思っています」と言及。その言葉通り、明神智和コーチが昇格する形で新監督に就任した。
思い出されるのは「いつか来た道」である。過去、ガンバ大阪は2人のレジェンドOBに火中の栗を拾わせてきた。2012年にはセホーン監督の解任を受けて、「ミスターガンバ」松波正信氏が監督に就任。最終節まで奮闘したがクラブ史上初のJ2降格の憂き目を見た。
2018年にもレヴィー・クルピ監督が解任され、ガンバ大阪U-23の監督だった宮本恒靖氏が急遽、就任。J1残留に成功した宮本氏は20年にはリーグ戦で2位、天皇杯で準優勝という一定の結果を残しながら、コロナ禍で思わぬ出遅れを強いられた21年5月、事実上の解任でクラブを去っている。
片野坂知宏氏を含めると、クラブ史上4人目となるOB監督となる明神監督だが、決して満を持しての抜擢ではないのは言うまでもない。しかし、明神監督にとっては火中の栗を拾うというよりは「(監督就任の)タイミングを、監督というのはあまり選べる立場ではなくて、いつ来てもいいように準備をしてきただけ。そのタイミングが来たことが嬉しかった」というのが本心だ。
7月21日、パナソニックスタジアム吹田で就任会見に挑んだかつての「鉄人」は、30分を超えた会見の随所で印象的な言葉を口にする。
「ここに自信がなければ私は座っていません。経験がないとか、そういう話もあるとは思いますが、自信がなければこの場に座っていません」
現役時代からメディアに対してリップサービスや過度な発言はせず、そのプレー同様に堅実かつ誠実な受け答えを特長とした男は自ら「自信」の言葉を口にした。
試合中の采配の手腕は未知数だが、現役時代には圧巻の攻撃サッカーを誇った西野ガンバの屋台骨を支え、堅守速攻で三冠を達成した長谷川ガンバの勝負強さも経験。また、ダニエル・ポヤトス元監督とヴィッシング前監督のもとでコーチを務めたサッカー観は明神監督の強みである。
「西野(朗)さんで言えば攻撃的な姿勢を貫くところ、(長谷川)健太さんで言えば人を束ねるところとかマネジメントの部分。ダニ(ポヤトス)さんからはビルドアップやスペースへの考え方を学びましたし、イェンスからは、インテンシティの高い現代サッカーとはこういうものだ、そのためには練習をどういうものにしないといけないかを学ばせてもらいました」と明神監督は話した。
手薄なボランチ陣へのテコ入れは不可欠
焼け野原に近い状態からチーム作りを強いられた松波氏や宮本氏とは異なり、縦に速く強度の高いヴィッシング前監督が構築したチームベースに「明神カラー」を加えることになるが、ドイツ人指揮官が残した負の遺産があることも事実である。
ヴィッシング前監督の意向を受けて進めていた新戦力の補強は「その時に進めていた交渉を一度キャンセルした」と三上フットボール本部長。明神監督の意向に沿う選手の特長やポジションで、強化部は動いているという。
ベストメンバーが揃い続けるならば、現状でも上位争いは可能な陣容だが、三上フットボール本部長がこの日、改めて公言した目標は「まずはACLEの出場権を獲得したうえで、ACLEを含めた4つの大会の中で11個目のタイトルを取る」である。
強度の高いスタイルを継続しながら、過密日程を乗り切るうえで、手薄なボランチ陣へのテコ入れは不可欠と見るが、判断したり、獲得したりするのはフロントだ。
会見の冒頭で水谷尚人社長は言った。「キャリア豊富な、経験豊富な明神監督を皆で支えて、彼を中心に皆で一緒に上昇していきたいと思っています」。
キャリアも人格も申し分ないかつての鉄人ボランチをサポーターが支えないはずがない。「いつか来た道」を辿らないために――。フロントの真価も問われることになる。



