4年前「次は優勝してやる」とつぶやいた堂安律、泥臭く走り攻守に全力…敗戦糧に「もう1回見つめ直す」
【ヒューストン(米テキサス州)=林信登】王国を本気にさせた。背番号「10」を背負ってサッカー・ワールドカップ(W杯)北中米3か国大会に臨んだMF堂安律選手(28)。前回のカタール大会で涙をのんだ根っからの負けず嫌いが目指したのは、泥臭く走って攻撃と守備の両面でチームを支え、勝利に貢献することだった。
「次は優勝してやる」。小中高時代のチームメートで自身もJリーグでプレーした西田一翔さん(28)は、カタール大会決勝の映像を見ていた時の堂安選手の独り言を覚えている。「4年後に向けてやってやろうという気概を感じた」と振り返る。
堂安選手がサッカーを始めたのは3歳の頃。2人の兄の背中を追い、地元・兵庫県尼崎市の「浦風FC」に入った。小学4年でJリーグ・セレッソ大阪の下部組織の入団テストに落ち、県内の強豪「西宮SS」(同県西宮市)に移った。ドリブルに加え、シュートやパスなど何でもできる選手だったが、何よりも「負けず嫌い」な性格が際立っていた。
当時コーチだった早野陽さん(42)は、自身が相手チームの選手を褒めると、不機嫌になって試合中にその選手にドリブルで勝負を挑んだり、ボールを奪いに行ったりしていた堂安選手の姿が忘れられない。
中学時代の進路にも性格が表れた。セレッソからのオファーを断り、ライバルチームのJリーグ・ガンバ大阪の下部組織に進んだ。「オファーを1秒で蹴ってやる」。セレッソのテストに落ちた際にそう決め、反骨心で成長してきた。
ガンバで頭角を現し、16歳でJ1デビュー。19歳でオランダに渡った。
前回のカタール大会はドイツ、スペインという強豪相手に計2ゴールを決める活躍を見せた。ただ、先発出場は2試合にとどまり、チームもベスト8の壁に阻まれた。
今大会は1次リーグから4試合すべてに先発出場。29日(日本時間30日)のブラジル戦はキャプテンマークを左腕に巻いた。今の日本サッカーの良さを生かして、W杯で優勝するには、全選手が走って攻撃と守備をやるしか可能性がない。本気で優勝を目指した10番は、攻守両面で献身的に走り、守備では体を張ったプレーを続けた。
早野さんは「もちろん得点を狙っていたと思うが、チーム内の自分の立ち位置、勝つためのことを考えプレーしていた」とねぎらい、「新しい日本の10番を見せてくれたと思う。この経験を生かして4年後の優勝に向けて準備してほしい」と期待した。
堂安選手はブラジル戦後、「もう1回見つめ直す必要がある。すごい厳しいことを言うと点が取れていない。自分は」と振り返った。負けず嫌いな10番は、この日の敗戦を糧にしていく。



