なぜ堂安律は“チームのために走れる”のか? 強靭なメンタルを育んだ「めっちゃ仲良い」堂安家の絆…母がポツリ「あんたは一番の親不孝者やからな」
ブラジルとの決勝トーナメント1回戦でキーマンとなるのがMF堂安律だ。今大会は攻撃だけでなく守備面でも日本代表を支え、無敗でのグループステージ突破に大きく貢献した。そんな「背番号10」の原点と人間像を3歳上の兄、堂安憂(ゆう)さんの証言から掘り下げた。(全3回の3回目)◆◆◆
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堂安律が生まれ育った兵庫県尼崎市は阪神間の中核都市として知られている。市のデータによると、2026年3月末の時点での人口は45万8203人。昭和期から工業都市として栄え、近年は環境美化にも力を入れている。
大阪へのアクセスが良好なためベッドタウンとしても機能し、人口密度は兵庫県内でもっとも高い。出身著名人も多く、サッカー選手では元日本代表の故・奥大介さんが堂安兄弟と同じ浦風フットボールクラブに通っていた。東京ヤクルトスワローズ現監督の“ブンブン丸”こと池山隆寛や、あの大投手・江夏豊(生まれは奈良県吉野郡)も尼崎出身だ。
「いろいろな人たちに守られてきた」
その他の出身者のリストも興味深い。批評家の柄谷行人に作家の中島らも、漫画家の矢沢あい、お笑いコンビのダウンタウン、「フサイチ」冠名の馬主として知られた関口房朗、本田圭佑のモノマネでおなじみのじゅんいちダビッドソン、ボートレース好きでブレイクしたタレントの福留光帆など、個性的な名前が並ぶ。
あえて彼・彼女たちの共通項を探るとすれば、その言動や作品、芸風にむき出しの過激さや鋭さ(のようなもの)が認められる、といったところだろうか。とはいえ、こんな恣意的な抽出にさほど意味はない。いや、あまりにも雑で、偏った見方だとさえ言える。これで「堂安律にも同じ“尼っ子”の気質が……」などと述べようものなら、浅薄すぎると批判されても反論の余地はない。
堂安律の3歳年長の兄である憂さんも、尼崎という地域の特性が弟のメンタルの強さに影響したのでは、という見立てをあっさりと否定した。
「そこは関係ないんじゃないですか。もちろん地元は大好きだし、僕も律も恩義は感じてますよ。ヤンチャだった子どものころから、いろんな人たちに守られてきたと思うし、今も協力してもらっているし……。地元でサッカースクールをやっているのも、育ててもらった尼崎のサッカーに恩返しをしたい、という側面はたしかにあります」
「嫉妬は1ミリもないんです」
取材を行った6月中旬、JR尼崎駅には「堂安律は、ひとりじゃない。」というIndeed社のポスターが掲出されていた。本人だけでなく、兄の憂さんも広告に登場している。堂安兄弟の笑顔は、昔からそこにあったように地元の駅に溶け込んでいる。自身のYouTubeチャンネルで子どものころから通う飲食店を紹介するなど、嫌味なく「フッドを大切にする」という意識を備えているのが、堂安律という人物のひとつの側面と言えるかもしれない。
律にとって、地元以上に重要な環境的要因があったとすれば、それはやはり家族の存在だった。憂さんの話を聞いていて、失礼ながらすこし意外に思うことがあった。弟のすごさを認めることに対して、兄としての屈託や嫉妬がまるでないのだ。
「いろんな記者さんに聞かれてきたんですけど、嫉妬は1ミリもないんですよね。逆に質問したいくらいです。自分の弟が活躍するのは喜ばしいことで、嫉妬する意味がわからない。見たことがない景色を見せてくれる存在ですし、ただただ“ありがとう”ですよ。僕だったら、日本代表のあんなプレッシャーのなかでサッカーしたくない(笑)。たぶんメンタルやられると思います。負けたら叩かれるし、そんなん耐えられへんやろうな、って」
「距離がめっちゃ近い」堂安家の絆
弟のワガママに付き合わされることは何度もあった。子どものころはケンカもした。だが、憂さんを含めた家族の誰ひとりとして、大言壮語を吐く末っ子のまっすぐさを否定しなかった。「俺が一番うまい」と言い張り、そうではない現実に何度打ちのめされても、むしろ律の心はしなやかな強靭さを備えていった。もちろん、生まれ持った素質もあるのかもしれない。だが、それが大きく花開いた理由は、堂安家の絆にこそあるのではないか。
「たしかに家族の距離はめっちゃ近いと思います。ずっと仲良いですね。僕らからしたら普通のことすぎて、うまく言葉にはできないんですけど……。やっぱりそこは、親に感謝しないといけないですね。両親がそういうふうに育ててくれなかったら、こうはなっていないと思うので」
「結局、親が最強やと思います」
両親の話になると、憂さんの言葉の質感が変わった。弁当作りから送り迎えまで、母も父もサッカーに打ち込む三兄弟へのサポートを惜しまなかった。大人になった今ならわかる。金銭的にも時間的にも、決して当たり前のことではなかった、と。
「だって、母が朝5時とかに起きて弁当作ってくれるんですよ。僕らはそのありがたみもわかっていなかった。本当にできることは全部やってくれました。もう感謝しかないな、と。結局、親が最強やと思います。そんなん、強くなるしかないじゃないですか」
加えて、律には運があった。ガンバ大阪のジュニアユースに入団してから、いや、小田南公園で兄との1対1を繰り返していたときから、身近に必ず「自分よりもうまい選手」がいた。ガンバ大阪のトップチームでは宇佐美貴史のシュート精度を目の当たりにして、同時に長谷川健太監督から守備の大切さを教え込まれた。自分が一番ではない環境で一番になろうとすることは、いつしか本人にとってごく自然なサイクルになっていた。
堂安律「メンタルの強さ」の本質
憂さんの話を整理すると、堂安律を形成するメンタルの強さの背景も、それが目を見張るほどの献身として日本代表に還元されていることも、矛盾なく理解できる気がした。彼はただ自分のためだけに勝ちたいのではない。近しい人たちとの関わり合いのなかで受け取ったものを動力として、勝つことでそれに報いるために走っている。その精神性は、サッカーというチームスポーツの本質にも通じているように思えた。
グループステージを突破した日本は、まもなくブラジルとの大一番を迎える。応援する家族は気が気でない毎日を送っているはずだ。取材を終える間際、堂安家のちょっとした“名シーン”を憂さんが教えてくれた。
ひさしぶりに家族で集まった日のことだった。サッカー選手として成功を収めた律に対して、母がこんな冗談を口にしたという。
「あんたは一番の親不孝者やからな。まあ、一番の親孝行でもあるけど」
深いなと思いました、と兄は笑った。ワガママな末っ子も、きっと同じ気持ちだったろう。



