中村敬斗の同点ゴール、中学時代からストイックに磨き続けた「敬斗ゾーン」からシュート放つ
【ダラス(米テキサス州)=木口慎太郎】サッカー・ワールドカップ(W杯)北中米3か国大会で、日本代表は14日(日本時間15日)の初戦で強豪オランダと引き分けた。一時同点となるゴールを決めたのは中村敬斗選手(25)。シュートを放ったペナルティーエリア左の角度は、中学時代から「敬斗ゾーン」と呼ばれ、中村選手が磨き続けてきたポイントだった。
0―1の57分、左サイドの深い位置に進入した久保建英選手(25)からラストパスを受けた中村選手が右足を振り抜くと、ボールはゴール左隅に吸い込まれた。W杯初出場で初ゴールを記録した中村選手は「パスをもらう前にどういう形でシュートを打つかイメージできていた。狙い通りのゴールだった」と胸を張った。
「ドリブルさせてもらえますか」
東京の街クラブの強豪として知られる三菱養和サッカークラブの練習に、小学6年の時に体験で参加した中村選手は、同クラブコーチの生方修司さん(57)に真っ先にそう尋ねた。
強気な質問をするだけあって、ドリブルやシュートなどのテクニックは当時からずば抜けていた。生方さんが、屈指のストライカーになる予感を漂わせる中村少年に「好きなことをやりな」と応じると、表情を輝かせた。
三菱養和には、Jリーグのガンバ大阪とプロ契約を結ぶ高校2年まで約5年間通った。千葉県内の自宅から、東京・巣鴨にある三菱養和のグラウンドまで片道1時間以上かかったが、全体練習が終わった後も夜遅くまで自主練習に励んだ。
チームメートだった金原祥貴さん(25)は「試合を想定したシュートをよく一緒に練習した。敬斗にボールを預ければゴールを決めてくれていた」と振り返る。練習後、帰りの電車では、2人で元ブラジル代表ロナウジーニョや、元スペイン代表イニエスタのプレー動画などを見せ合った。
中村選手は中学時代、2トップの一角としてプレー。得意のドリブルでサイドから中央に切り込み、左右にシュートを打ち分ける練習を繰り返し、ゴール左45度の得意エリアはチーム内で「敬斗ゾーン」と呼ばれるようになった。
中学3年で出場した全国大会で、敬斗ゾーンから放ったシュートが外れてチームが敗れたことがあった。その日の試合が終わった直後、中村選手は生方さんに「シュート練習に付き合ってくれませんか」と電話をかけてきたという。「自分に厳しく、納得いくまでやる」。生方さんはそのストイックさに驚かされた。
三菱養和で才能を磨き、年代別日本代表の常連になると、2017年に行われたU―17(17歳以下)W杯では、チーム最多の4得点を挙げた。Jリーグの複数クラブが関心を示す中、ガンバ大阪と同年の年末にプロ契約を結んだ。
当時、三菱養和で統括責任者を務めていた秋庭武彦さん(62)は、ガンバ大阪との契約の場に同席した時、高校生ながら起用法などを熱心に尋ね、将来は海外でプレーする意思をはっきりと伝えていたことを覚えている。18年にJリーグデビュー、翌年夏にはさらなる飛躍を求めて欧州へ渡った。秋庭さんは「目標は明確だった。本人はさらに高い舞台を見据えているはず」と話す。
日本代表は18年ロシア大会、22年カタール大会のいずれもベスト16で敗れた。今大会は初のベスト8、そして優勝を目標に掲げる。オランダ戦を終えた中村選手は「強豪国の一つにW杯で勝ち点を取れたのはこれから戦う上で自信になる」と手応えを口にし、次戦に向けて「W杯に簡単な試合はない。勝って、勝ち点3を取りたい」と意気込んだ。



