G大阪の中谷進之介がASSIST社の執行役員に就任。「サッカーで積み上げてきたものを、ビジネスでも」

「サッカーで積み上げてきたものを、ビジネスでも」ーー。

元日本代表DF中谷進之介(ガンバ大阪)が、さらに大きな一歩を踏み出した。元日本代表FWの大津祐樹氏が代表取締役社長を務める株式会社ASSISTの執行役員に就任。現役選手としてのプレーを中心としながら、ビジネスの世界にも本格的に関わっていく。

本格的なデュアルキャリアをスタートさせた中谷を取材した。

■「サッカーが第一」という明確なスタンスが前提

ASSIST社の執行役員に就任したことについて聞くと、中谷は率直な思いを語った。

「ずっと大津さんと一緒に何かやりたいと思っていたので、すごく嬉しかったです」

大津氏と中谷は2015年から2017年までともに柏レイソルでプレーした間柄。年齢は大津氏が6歳上だが、誕生日が同じ「3月24日」ということもあってプライベートでもよく交流していたという。

今回の執行役員就任は単に肩書きがついただわけではなく、中谷の役割・挑戦の軸は明確だ。彼が強調するのは「サッカーが第一。それは絶対に譲らない」というスタンスだ。そのうえで、サッカーで培った経験をビジネスに生かし、ビジネスで得た経験や学びを再びピッチに還元していく。このスタンスは大津氏の考えと一致している。

関東を中心に事業を展開してきたASSIST社が関西エリアでの事業を拡大するにあたり、中谷が期待されているのは、同社が手がけている「営業組織における人材育成やマネジメント」の指南役だ。

大津氏は「営業の未経験者から経験者まで、個々の成長をどう促していくかというプロセスにおいて、彼の経験は大きな価値を持つ。チームビルディングや個人の成長に対して、彼がサッカーでやってきた努力を伝えられる」と語る。

■「実力不足」から始まったプロ人生

今でこそガンバ大阪のキャプテンを務める中谷だが、Jリーガーとしてのキャリアのスタートは決して華やかなものではなかった。

柏レイソルの育成組織からトップチームに昇格する際にクラブから伝えられたのは「現時点での実力は足りないが、将来性を評価して」という言葉だった。2014年1月にあった新体制発表の場でもその趣旨が強化担当者から公にされ、「それを聞いた母がすごく心配してしまいました。大学に行った方がいいんじゃないかって…」

ただ、「そう言われても仕方ないと思っていた」と振り返ったように、自分の立ち位置を冷静に受け止めた中谷はプロ入りしてからもとにかく“積み上げていくこと”を選んだ。

才能で上回れないなら、努力で追いつくしかない。

「僕はそこまで才能があるタイプじゃない。だから、追いつくために続けるしかなかった」

その覚悟が、彼のキャリアを形作っていく。

■積み重ねてきた“継続力”

中谷の強みを一言で表すなら、「継続力」だ。

細身だった体を変えるため、チーム練習が午後に設定されている時でも午前中に筋力トレーニングを行ってからクラブハウスへ向かう生活を続けた。試合や遠征がある中でも、その習慣を崩すことはなかった。

「フィジカルの部分はずっとやり続けてきました。そこは自分の中で一番積み上げてきた部分だと思います」

特別な才能ではなく、誰にも見えない日々の積み重ね。それを何年も何年も続けてきた。

「地道に続けることは、すぐに結果にはならない。でも、将来的にはすごく大きなものになる」

その実感こそが、今の中谷を支えている。

■キャプテンとして変化した“視点”

プロのキャリアとしては、柏レイソルから2018年に名古屋グランパスへ移籍し、2021年に日本代表デビュー。2024年にガンバ大阪へ移籍すると、その年に自身初のJリーグベストイレブンに選出された。

急角度の上昇ではないかもしれないが、これほど堅実に右肩上がりの成長グラフを描き、Jリーグ屈指のDFとなっていった選手は一握りしかいない。そう言ってさしつかえないだろう。

そして、2026年からガンバ大阪のチームキャプテンに就任した。しかし、本人は「特別に何かが変わったわけではない」と語る。

「普段やっていることがそのままキャプテンであるべきだと思っているので」

ただし、確実に変化した部分もある。それは“周囲への目線”だ。

「ネガティブなことは絶対に言わない。チームが良くなるような発言を意識しています」

かつては「自分がしっかりやれば周りがついてくる」という考え方だったが今は違う。

「一人ひとりにどう声をかけるかで変わると感じるようになりました」

その変化の背景にあるのが、ビジネスの経験だった。

■ビジネスが教えてくれた“人との向き合い方”

中谷は約6年前からビジネスにも取り組んできた。名古屋時代の2020年にはプライベートジムを立ち上げ、フランチャイズで塾やピラティス事業を展開し、複数の店舗を持つまでになった(※プライベートジムは売却済み)

だが、最初から順調だったわけではない。ロゴ作成、請求書の作成、集客。すべてを手探りで進めた。初期投資は約800万円。簡単に引き返せる状況ではなかった。

「自分のお金を使ってやることで、責任の重さをすごく感じました」

最初の半年は苦戦が続く。広告の知識もなく、自身のSNSで地道に集客するしかなかった。それでも試行錯誤を重ね、事業は軌道に乗る。

「無知だったからこそ、踏み出せた部分もあると思います」

この経験は、中谷に大きな変化をもたらした。

「会社をやっていると、人が辞めることが一番の損失なんです。だから、すごく周りに気を遣うようになりました」

人をどう育て、どう継続させていけるか。その視点は、サッカーにも直結していく。

■サッカーに“還元される”ビジネス

ビジネスを始めたことで、中谷のサッカーに対する向き合い方も変わった。

「この選手にはどういう声をかけたらいいか、とか。そういうのはビジネスをやって学んだ部分だと思います」

以前よりも、周囲を観察し、考え、働きかけるようになった。結果として、チームの中での存在感も変わっていく。

ビジネスはサッカーの“外側”にあるものではない。むしろ、サッカーの質を高めるための材料になっている。

限られた時間を使い、将来をつくる。このバランスが、中谷の考える「デュアルキャリア」の核心だ。サッカーで培った経験をビジネスを通じて社会に還元する。そして、ビジネスで身につけた思考を生かしてサッカーの実力を高める。この循環が生まれたとき、アスリートの価値は「競技の中」だけにとどまらなくなる。

「僕には、何もないところから(Jリーガーとしての)キャリアを作ってきたという自負があるので、ASSISTでの仕事でもそれは伝えられると思います」

中谷はそのようにも言う。そして、あくまで現役選手としての立場を第一としつつ、ビジネスパーソンとしての姿を見せること自体にも意味があると考えている。

「ビジネスに興味はあるけど、踏み出せないという選手が多いので、そういう人たちに選択肢を見せたいという思いがある」

言葉で伝えるだけでなく、行動で示すことが、Jリーガーやアスリートへのメッセージになる。

■両輪で成長するという考え方

現役中からビジネスに関わることは、引退後の備えという側面だけで語られがちだ。しかし中谷が示そうとしているのは、それとは異なる視点。中谷のデュアルキャリアは、あくまで“両輪”だ。

「サッカーをしっかりやることが大前提。その上で時間を使って将来を作っていく」

ビジネスで得た学びをサッカーに生かし、サッカーで培った経験をビジネスに還元する。そしてその循環が、自身の成長をも加速させると考えている。

中谷は「誰と出会うかで人生は変わる」とも言う。彼自身、よき指導者との出会いによってキャリアを切り開いてきた。だからこそ今度は、自分が“きっかけを与える側”になりたいという思いがある。

ASSIST社での役割も、その延長線上にある。人材育成という形で、誰かの人生に影響を与える存在になる。そしてその経験は、再びピッチに還元される。

プレーヤーとしての成長。ビジネスパーソンとしての成長。その両輪を回し続けることで、中谷進之介という存在はさらに大きな価値を持っていく。

https://news.yahoo.co.jp/users/expert/yanaiyumiko

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