「おせっかいになろうよ」 初の“非パナソニック出身”社長が《ガンバ大阪》に吹かせる新たな風
1993年5月15日に開幕したJリーグも33年目に突入。当時は10チームしかなかったクラブが、今では60に拡大している。しかしながら、リーグ発足時に加盟した、いわゆる「オリジナル10」の存在感は依然として大きい。とくに関西に目を向けると、老舗クラブ・ガンバ大阪の影響力は絶大だ。 2025年1月、その名門クラブで注目すべき人事があった。リクルートや日本サッカー協会、2002年ワールドカップ(W杯)日本組織委員会での勤務を経て、2015〜2022年に湘南ベルマーレで社長を務めた水谷尚人氏が新社長に就任したのである。
水谷社長はガンバ大阪に何をもたらし、どう変えようとしているのか。東洋経済オンラインでは前後編に分けて、水谷氏の経営ビジョンとその背後にあるパナソニックグループ、そして日本サッカー界への秘めたる熱情を掘り下げる。
■サッカー界を驚かせた社長就任の舞台裏
大阪北部をホームタウンとするガンバ大阪。同じ大阪府を拠点とするライバル、セレッソ大阪から香川真司や南野拓実(モナコ)のような世界的タレントが誕生したり、ヴィッセル神戸が2023年、2024年にJリーグ2連覇を達成するなど、他勢力も拡大しているが、「北摂地域を代表するビッグクラブ」の支持基盤はやはり底堅いものがある。
ガンバの場合、母体であるパナソニックグループからの出向者が社長を務めるのが長年の慣例となっていた。水谷氏の社長就任の一報が流れた際には、日本サッカー関係者から驚きの声も聞かれた。水谷氏はこう本音を吐露する。
「ガンバから声をかけていただいたのは昨年。僕は湘南を離れた後、Jリーグで野々村芳和チェアマンを補佐する仕事に携わりながら、毎週どこかのスタジアムに行っていたんです。だけど、フラットな立場でどこにも感情移入しないで試合を見るのが正直、面白くなかった(苦笑)。
湘南で7年社長をやらせてもらったから、そういう感覚が加速したのかなと思いますけど、勝った負けたで笑顔になったり、文句を言われることも含めて、感情の起伏が毎週ある仕事ってすばらしいなと痛感していたんです。そんなときだったからこそ、お話をいただいたのはすごくありがたかった。『頑張ろう』と思った反面で『自分で大丈夫かな』と珍しく慎重になった部分もあります」
水谷氏が社長として携わった湘南とガンバの2クラブを比較すると、2023年度の年間売上高は湘南の28億1200万円に対し、ガンバは65億7400万円と約2倍。フロントスタッフ数も湘南の約25人に対し、ガンバは約60人。パナソニックという巨大企業の支援を受けつつ、北摂地域を巻き込みながら成長を続けてきたクラブは、やはり経営規模が違うのだ。
湘南の社長に就任した際には「大変だね」と声をかけられたが、今回は「おめでとう」とストレートに言われることも多かったという。”恵まれた環境”に外部からトップが就任したということで、パナソニックグループ内外における注目度は大いに高まったはずだ。
「最初は前社長の小野忠史さんとあいさつ回りをしたんですけど、『新しい社長は何をするんだろう』という見方をしていた人も少なくなかったと思います。それはクラブ内も同じ。正直、僕の比較的自由なキャラクターやマインドに対して『こいついい加減だな』と感じたスタッフもいるかもしれません(苦笑)。
ただ、僕は何事も面白くやるというのがモットー。どの組織でも新たに来る経営者は『改革』とか『変革』と言われますけど、ガンバに関しては2024年のJ1順位も4位。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)2の出場権を確保していますし、売上高も72億円と順調に推移している。スタッフもものすごく真面目に働いてくれていますし、とくに自分が号令をかける必要もないくらい、組織として確立されているんです。
ある意味、完成度の高いクラブだからこそ、もう1つ、突き抜けたほうが面白い。『今、やっている仕事が勝点3につながるように考えて仕事をしよう』というのが、僕が最初にスタッフに伝えたことでした」
■人付き合いも営業も「おせっかいになろう」
実際、フロントスタッフも「オリジナル10の自分たちがJリーグをリードしなければいけない」という自覚を持って働いている。クラブが長年続けている小学校でのふれあい授業を実際に体験してクラブ入りした人材も数人いて、「ガンバを強くしたい」「日本を代表する組織にしたい」という思いで日々の業務に向き合っている。
貪欲に高みを目指しているスタッフと目線を合わせるため、水谷社長は「1 on 1 ミーティング」を就任直後に実施。全社員・アカデミーのコーチングスタッフとじっくり話をしたという。
「ガンバは何かあればすぐ報告する仕組みができているんです。それはすばらしいことなんですけど、『何とか殻を破れないかな』という気持ちにもなりました。そこで始めたのが「おせっかい大賞」でした。オフィスに箱を置いて、『この人がこんないいことをしていたよ』というのを書いて、紙に入れて、それを共有するんです。
僕は「サッカークラブはファミリーだ」と考えていますし、一体感を持つことが非常に重要。例えば、スタッフの電話対応が芳しくなかったときに『今の言い方はないんじゃない』と、それとなく言えるような空気を作りたい。『おせっかいになろうよ』とも言っていますけど、それがある意味、“水谷流”なのかもしれません」
営業に関しても、“おせっかいの精神”を積極的に発揮するように促す。近年のガンバは20億円以上のスポンサー収入を稼ぎ出している。パナソニックグループからの広告収入も少なくないが、「ガンバシスト」と呼ばれる近隣地域の3万〜50万円のスポンサー企業が400社以上あり、看板広告を出している企業も120社を突破。足で稼ぐ地道なアプローチを以前から続けている。
ガンバシストとのやり取りの中で、相手の意向や考えを熱心に聞いて、親身になって要望をくみ取り、具体的な形にしていく「提案型営業」を増やせれば、地元企業との関係性はより強固なものになる。それが水谷社長の理想というわけだ。
「大阪は大都市というイメージがあるかもしれませんが、中小企業が大半を占めている街。義理と人情でつながっているところが少なくないと感じます。そういう方々を大切にしなければ、ガンバの将来が開けてこないですし、地域密着も進みません。身近なところにいる人たちが試合の結果を気にしてくれるかどうか、月曜日の昼休みの話題になるかどうかが勝負だと僕は思うんです。
大阪の場合は阪神タイガースという巨大なスポーツ球団があって、つねに人々の関心を集めていますけど、ガンバがそれに匹敵する存在になれば一番いい。そのためには営業するしかない。湘南のとき以上に頑張らないといけないと思っています」
■唯一“生かしたくない”湘南での経験
水谷社長は今年から大阪に単身赴任しているが、時間を見つけては地元の飲み屋や商店街に足を運び、ガンバが話題になっているかを気にしているという。「飲めない酒を無理して飲んでますよ」と本人も冗談交じりに話していたが、まずは基盤固めをするところからがスタートなのだ。
「湘南時代の経験はあらゆる面で生きてくると思いますが、1つだけ生かしたくないのが『勝っても負けても動じない』ということ。湘南では残留争いに巻き込まれることが多くて、負けるたびに落胆していたら周囲に影響するので、耐性が強くなっていたのかなと思います。
でも、ガンバの場合は負けに慣れてはいけない。今季は2月14日のセレッソとの大阪ダービーで開幕し、黒星発進してから苦しい時期が続いていますが、宇佐美貴史を筆頭にタレント力はありますし、もっと上に行けるはずなんです。
現場を後押しするためにも、われわれフロントが“おせっかいの精神”を持って、『勝点3につながる活動』を日々、推し進めていけば、クラブも現場も必ずいい方向に進んでいく。そうなるように全力を尽くします」
つねに気さくで年長者からも若者からも好かれる水谷社長のオープンなマインドは、老舗クラブを少しずつ変化させていくはず。まずは2025年中盤以降の動向を冷静に見守りたい。 (後編に続く)



