パナと日本サッカーを牽引する! 「ガンバ大阪」新社長が《売上高100億円クラブ》の先に見据える野望の“源泉”
1993年5月15日に開幕したJリーグも33年目に突入。当時は10チームしかなかったクラブが、今では60に拡大している。しかしながら、リーグ発足時に加盟した、いわゆる「オリジナル10」の存在感は依然として大きい。とくに関西に目を向けると、老舗クラブ・ガンバ大阪の影響力は絶大だ。 2025年1月、その名門クラブで注目すべき人事があった。リクルートや日本サッカー協会、2002年ワールドカップ(W杯)日本組織委員会での勤務を経て、2015〜2022年に湘南ベルマーレで社長を務めた水谷尚人氏が新社長に就任したのである。
水谷社長はガンバ大阪に何をもたらし、どう変えようとしているのか。東洋経済オンラインでは前後編に分けて、水谷氏の経営ビジョンとその背後にあるパナソニックグループ、そして日本サッカー界への秘めたる熱情を掘り下げる。
■2024年度は過去最高の売上高を記録
5月27日に2024年度のJリーグクラブ経営情報が開示され、3月期決算の柏レイソルと湘南ベルマーレを除く58クラブの収支状況が明らかになった。リーグ発足当初から加盟する「オリジナル10」のガンバ大阪は、売上高が72億円を突破。コロナ禍前を含めて過去最高の売り上げを記録した。
「2024年度に関して言うと、僕自身はまだ携わっていないんですが、J1で4位、天皇杯準優勝と、結果がまずまずだったこともあり、分配金・賞金ともに上がりました。それに伴って営業成績もアップしました。加えて、ダワン(現・北京国安)と坂本一彩(現・ウェステルロー)の移籍金も入ったことが、プラスに働いた形でしょう。
入場料収入に目を向けると、2019年度の12億4700万円が最多だったんですが、2024年度はそれに近い11億8500万円になっています。2023年度は9億7000万円でしたから、スタッフのマーケティング施策が奏功したとみています」
こう分析するのが、2025年1月にガンバの社長に就任した水谷尚人氏だ。昨年度の結果を踏まえて、2025年度はまず前期超えを目標に掲げている。そして、近い将来には浦和レッズが2023年度、2024年度と連続で到達した売上高100億円の大台を目指したい意向だ。
「ご存じのとおり、2025年は秋からAFCチャンピオンズリーグ(ACL)2に参戦するので、勝ち進めばAFC(アジアサッカー連盟)からの収入がありますし、試合増による入場料収入のアップも見込まれます。
そのうえで、大事なのは2026年。シーズンが現行の2月開幕から8月開幕へ移行するので、精度の高い予算を作っていかなければいけない。欧州と開幕時期がそろうので選手の移籍も活発化するでしょうし、移籍金収入もこれまで以上に多くなるかもしれない。本当の意味で欧州主要リーグと比較できる決算になるとみています。
中長期的な視点で言うと、ガンバはJリーグをリードするクラブにならなければいけない。そのためにも『売上高100億円を目指す』というのは社内でも共有しています」
■「常時満員」を起点に描く好循環
そこで、とくに重要視しなければならないのが集客だ。ガンバの場合、2015年10月に竣工したパナソニックスタジアム吹田を本拠地にしてから今年で10年を迎える。
VIPルームなどさまざまな施設がそろった臨場感抜群の約4万人収容規模のモダンなスタジアムを使えるアドバンテージは大きい。日本サッカー協会も毎年のようにここで日本代表戦を開催しているほどで、使い勝手のよさは誰もが認めるところだ。
「僕も仕事で日本全国のスタジアムを回りましたが、吹田は日本で一番いいというのはお世辞じゃなく言えると思います。4万人収容といっても、アウェーサポーターとの緩衝帯の設置が必要で、3万6000人くらいがマックスになります。この“箱”をいかにして常時満員にし、31あるVIPルームの稼働率を100%に近づけていくか。それは今後の飛躍のカギなんです。
今季は5月末時点で平均入場者数が2万8994人。まだ引き上げられる余地はありますし、VIPルームも年間契約が約半分で、それ以外は毎試合販売している状況なので、まだまだ営業面でできることはありますね。
常時満員で最高の雰囲気を作れるようになれば、スポンサーにとっての広告価値も上がりますし、スポンサー数も広告単価も上がってくるかもしれない。そこでプレーしたいというトップ選手が来るようになって、チームが強くなり、ACL優勝・FIFAクラブW杯参戦といった好循環を作れれば、もっと賞金が増えてくる。そういうプラスのサイクルを作ることが重要なんです」
5月のACL・エリート決勝でアル・アハリに敗れ、準優勝にとどまった川崎フロンターレが10億円近い賞金を手にしたという報道が流れた。もしアジア王者に輝くことができれば、優勝賞金約15億円にクラブW杯参加収入の約15億円を稼ぐことが可能になる。ガンバが強くなればなるほど、クラブ経営規模は拡大の一途をたどるわけだ。
サッカー界で30年以上働いてきた水谷社長は、その現実を熟知している。だからこそ、ここからクラブ全体を高い領域へと導いていくことが、彼に託されたタスクなのだ。
「今、Jリーグとして若い世代の集客を増やす試みを積極化しています。われわれの場合はスタジアムが新しく、トイレなども使いやすいという利点があるため、若い女性や子ども連れの観客が増えていると実感しています。そういう新たな客層を掘り起こすため、お笑い芸人を呼んだり、『GENERATIONS』のダンスパフォーマンスを実施するなど、さまざまなイベントを開催しています。
われわれは浦和や鹿島とともに1993年のJリーグ開幕当時からのコアなサポーターの定着率も高いですが、新たな世代にも積極的にアプローチしている。その努力が今後につながると前向きに捉えています」
■育成の原点にある松下幸之助の哲学
古き良き伝統を大事にしつつ、新たな時代へのチャレンジができるのが、ガンバの大きな強みだ。とくに選手育成の部分では目を見張るものがある。
過去30年超の歴史をひも解けば、日本サッカー協会の宮本恒靖会長、2002年日韓W杯で2ゴールをマークした稲本潤一(現・川崎普及部コーチ)、2010年南アフリカ・2014年ブラジル・2018年ロシアの3度のW杯で合計4ゴールを叩き出した本田圭佑、森保ジャパンのエースナンバー10を背負う堂安律(現・フライブルク)など、偉大なタレントを数多く輩出している。そういった人材の後を引き継ぐ若い世代を育てていくことで、水谷社長の言う好循環が実現する可能性も高まるはずだ。
「アカデミーの充実というのも、今後の大きなテーマの1つ。昨年、オランダの名門・アヤックスと提携したんですが、提携に際してアヤックスの担当者がJリーグのクラブを調べ育成システムやビジョン、考え方などをリサーチした結果、提携先としてガンバを決めたということなんです。
今年1月にはアカデミーコーチ14人が10日間研修に行きましたが、今はそこで得た基準を現場に落とし込んでいる。選手たちもレベルアップしていますし、近い将来、トップで活躍してくれるかもしれない。彼らが海外に出ていけば、移籍金も入りますし、クラブ経営にとってもプラスになると思います」
水谷社長が選手育成・フロントスタッフの育成を重要視しているのは、パナソニックの創業者である松下幸之助の哲学に共感していることも大きいだろう。「お客様大事」「事業は人なり」「物を作る前に人を作る」といった数々の名言を残した偉大な経営者が作った企業が母体であるサッカークラブの一員になった以上は、その哲学を大事にするべきだという思いに至るのも理解できる。
「幸之助さんの理念というのはクラブにもありますし、『お客様』という言葉も自然と出てきます。僕自身、ガンバの社長就任とはまったく関係ないときに松下幸之助歴史館を3回ほど訪ねていますが、学ぶことが多いですし、心から尊敬の念が湧いてきます。
パナソニックグループには26万人の人材がいると聞いていますが、その中の1クラブとして何ができるかも考えていかないといけない。ガンバからは世界で戦うトップ選手も出ています。そのマインドや姿勢がビジネスパーソンにも通じるところがあればいいですし、それを体現していければ理想的ですね」
■Jリーグ創設のレジェンドたちとの浅からぬ縁
神妙な面持ちでこう語る水谷社長。彼には、Jリーグを作った1990年代の日本サッカー界の幹部だった長沼健氏、岡野俊一郎氏、川淵三郎氏(現JFA相談役)らに報いたいという切なる思いもあるという。
2002年W杯組織委員会が成功裏に幕を閉じた後、当時のJFA・岡野会長から「次はお前の番だからな」と実際に言われたことは、今も脳裏に焼き付いて離れない。当時のカリスマたちが血のにじむような思いをして作り上げたJリーグ、W杯常連になった日本代表は決して当たり前の存在ではない。
その重みを誰よりも痛感している人間がガンバというビッグクラブのリーダーになったことは、ある意味、偶然ではないだろう。
「僕らがいる環境は『当たり前』じゃない。夢を持っている人たちが本気で夢に向かって取り組んだからこそ、Jリーグという舞台で仕事ができている。そのことに感謝しながら、みんなで一丸となって突き抜けるクラブを作っていきたいと思います」
水谷社長の飽くなき情熱がガンバをどう変化させていくのか。差し当たっては、今季のJ1で順位を上げていくことが、その一歩となる。昨季に準優勝まで勝ち進んだ天皇杯も残っているし、ACL2もある。手にできるタイトルはすべて取るという貪欲さをクラブ全体に伝播させられるかが試される。



