<ガンバ大阪・定期便129>不動の左サイドバック、黒川圭介。

■1ゴール1アシストにも笑顔はなく。ラスト1分に滲ませた悔しさ。

 黒川圭介はいついかなる時も変わらない温度で取材に応じ、丁寧に質問への答えを紡ぐ。練習後はもちろん、試合に勝っても負けても、だ。2020年にプロキャリアをスタートして6年目。察するに、口を開きたくなかった日や返答に窮するような質問もあったはずだが、声を掛ければ必ず立ち止まり、最後まで真摯に取材と向き合ってくれた。

 J1リーグ第17節・ヴィッセル神戸戦の後も、その姿勢は変わらなかった。

 正直、彼が取材エリアに現れるまで、流石に今日は足を止めないかもしれないということも想像していた。過去には悔しさに直面し、顔を上げることもできないまま取材エリアを通り過ぎていった選手も見てきたからだ。まして、黒川が、あれほどまでに試合後のピッチで感情を露わにするのを初めて見た後だったのもある。

 試合終了のホイッスルが鳴った瞬間からピッチを後にするまで、彼はずっと悔し涙を流し続けていた。

「個人的には、去年の天皇杯決勝で負けて、すごく悔しかったあの時の思いを、全てぶつけようとピッチに立っていました。その中で、途中までは、チームに貢献できている感覚があったんですけど、最後、自分が試合を壊してしまった。責任を感じているし、本当に申し訳ないって思いしかないです。ただ、また次、どんどん試合がくるので、悔しさは本当にあの一瞬だけにして切り替えないといけない。また気持ち新たに頑張ろうと思います」

 悔やんだのは、神戸に決勝ゴールを許した90+6分のシーンだ。90+3分に江川湧清を投入して5バックを敷き、守備を固めたはずの3分後、神戸のロングスローからの展開。自陣ゴール前で味方選手がクリアしたボールを大きく蹴り出そうとした黒川だったが、キックが足にあたり損ねてペナルティエリア内にこぼれ、そのボールを拾った神戸・佐々木大樹にクロスボールを上げられてしまう。そこからニアサイドで待ち受けていた大迫勇也にヘディングで合わせられた。

「自分のクリアが小さくなってしまったところから失点してしまった。ヴィッセルは守備が固いので、アウェイで先制されると苦しい展開になるだろうなと思っていたところで、後半の早い時間帯に失点しまい…。それでも、追いついて、追いついて、ということは2回できたんですけど、あの展開の中で勝ちにいくのか、アウェイで勝ち点1を持ち帰るのか、の戦い方については、もう少し統一しなければいけない部分もあったと思います。ただ、最後の失点に関しては、守り切ることに割り切っていいシーンだったし、間違いなく自分のクリアミスが原因。しっかり反省しなければいけないと思っています」

 やや声を振るわせ、悔しさを滲ませたが、その「追いついて、追いついて」のシーンでは、存在感を際立たせた。

 1つ目は、相手にボールを持たれ、受けに回る時間も長かった前半をスコアレスで凌いで迎えた後半。立ち上がり、わずかに5分に神戸に得点を許し、ビハインドを追いかける展開になった中での56分だ。満田誠のパスをペナルティエリアライン付近で受けた黒川は、酒井高徳のタイトなマークをうまく掻い潜って抜け出し、ゴールライン際から左足でマイナスのパスを送り込む。それが、倉田秋の同点ゴールに繋がった。

「酒井選手を特別意識していたわけではないですけど、自分の持ち味のところでは絶対に負けたくないと思っていました。ドリブルでは抜けると思っていたし、そういうところで違いを生み出さないといけないということは、毎試合思っていること。そこが出せたシーンだったと思います」

 その言葉のままに、再び持ち味を光らせたのは、73分だ。再び相手に得点を許し、この日2度目のビハインドを追いかける展開になった中で、ファン・アラーノからのパスをペナルティエリア内で受けた黒川は、左足でのトラップから豪快に右足を振り抜く。シュートは一閃、ゴール右下を捉えた。

「Jリーグでは何点か、(利き足ではない)右足でも取っていますし、ビハインドを追っている状況だったことからも、思い切って振り抜きました。コースも見えていました」

 酒井とのマッチアップを繰り返していた中で、相手の出方を予想し、その逆を取ったイメージ通りのシーンだったという。

「1つ前の、ああいうシーンで縦に仕掛けていたので、相手は(縦を)警戒するだろうなと思い、左足でのトラップを敢えて中に置きました。相手が何を嫌がっているのかを見ながら判断したプレーでした」

 いつものように1つ1つ丁寧に言葉に変える。今シーズンは常々「より攻撃的なプレーを意識しながら、数字に結びつけていきたい」と話していた黒川だ。チームでは前節のサンフレッチェ広島戦に続き、最高の走行距離(10.996キロ)を叩き出した上での『1アシスト1ゴール』は、本来、喜ぶべき結果であったはずだが、しかし、そこに笑顔はなかった。

■「1ランク上の選手になる」。その言葉に込めた決意。

 プロ6年目の今シーズンも、序盤から安定した攻守を示してきた。開幕戦の奥抜侃志に始まって、倉田秋、山下諒也、ファン・アラーノ、満田誠ら、試合によって、縦の連携を作り出す左サイドMFの選手が変わっても、その特徴に応じて、あるいは戦術や試合展開によっても自身のプレーを柔軟に変化させ、左サイドを加速させてきた印象も強い。最近は特に、どれだけ強度の高い試合でも、最後までその足が止まることはなく攻撃に顔を出す姿も繰り返し見せてきた。J1リーグの開幕直前に話した通りに、だ。

「去年の終盤は、中に切れ込んだり、縦に仕掛けたり、うまく使い分けながら攻撃に顔を出せる回数も多かった。そうしたプレーを継続しようと今シーズンをスタートした中で、キャンプからコンディションもすごくいい状態で保ちながら、開幕を迎えられる。それがそのまま数字に繋がっていくんじゃないか、繋げていきたいという思いも強い。もちろん、僕は守備の選手なので、守備のバランスも意識しながらになりますけど、走れる、攻め切れる姿を見せたいし、毎試合、いけるところまで走り切るという意識で戦いたいと思っています」

 かつて『不動の左サイドバック』と愛された、レジェンド・藤春廣輝(現FC琉球)から受け継がれた背番号『4』を背負って2年目。かつての藤春と、似たようなタイミングで、チームの『中堅』としての役割を口にするようになったのも記憶に新しい。昨シーズンの天皇杯では、プロになって初めてファイナルを戦った中で、より一層強くなったという『タイトル』への想いを実現するためにも、だ。「もう1ランク上の選手になること」をガンバの成長に繋げたいとも話していた。

「チームとしては20年も天皇杯のファイナルを戦いましたけど、僕自身は、そのシーズンはほとんどガンバU-23でプレーしていたこともあって、正直、タイトルの力になれるような立場にはいなかったので。でも、去年は実際にファイナルの舞台に立って、あと一歩のところまではいったんですけど、最後1つを掴みきれず…。その悔しさを国立で味わって、だからこそタイトルを絶対に獲ってやるという気持ちはより強くなったし、このチームでそれを実現したいって思いがより大きくなった。そのためには、今年は、上の選手についていくばかりじゃいけないというか。というのも、去年は明らかに貴史くん(宇佐美)や秋くん(倉田)をはじめ、新しく入ってきたシンくん(中谷進之介)や、純くん(一森)に引っ張ってもらったシーズンだったと思うんです。でも、結局、最後はタイトルに辿り着かなかった中で、何が足りないかを考えた時に、自分たち『中堅』の成長だな、と。去年もほとんどの試合に出ていた僕や徳真(鈴木)、陸(半田)ら『中堅』がしっかり加勢して、チームを底上げしていかなければいけないと思いました。そのためには、若手を引っ張るというより、名前を挙げた年上の選手にも厳しいことを言えるくらいになっていかないといけない。今年はプレーだけではなく、そういった自覚を持ちながらシーズンを戦っていこうと思っていますし、年齢の近い選手とはそういう話もしています。正直、僕や陸はどちらかというと、めっちゃ声を出して、ってタイプではないんですけど、それでもできることは絶対にあるし、それはピッチに立つ責任でもあるので、意識して取り組んでいこうと思います」

 その気概は、神戸戦でも十分に伝わってきた。残念ながら、それが『結果』に届かなかったのは事実で、黒川自身もそこに一切の言い訳も残さなかったが、サッカーは11人で戦い、90分で勝敗が決まるもの。彼が悔しさを滲ませたラスト1分でのプレーも黒川だけが責任を背負うものではない。試合後、倉田秋が「サッカーにミスはつきものやし、ミスには過程がある。圭介(黒川)だけ責任じゃない」と話した通りに。それぞれの選手が自分の物足りなさを口にして「チームとしての失点」だと繰り返したように。

 大事なのは、この悔しさを全員で受け止め、全員で前を向き、課題としっかり向き合って、次節に向かうこと。それを続ける先にしか、勝利がないということは、昨年の戦いからも明らかだろう。

 この日の試合後、黒川がいつも通りに、取材エリアで足を止め、最後まで丁寧に言葉を紡いでくれたのも、おそらくはその思いから。冒頭の言葉にある通り「悔しさは本当にあの一瞬だけ」にして、自分に区切りをつけたから。

「ピッチで味わった悔しさは、ピッチでしか晴らせない」

 かつて、似たような悔しさに直面した藤春がそう話していたように、黒川の次なる戦いもすでに、始まっている。

https://news.yahoo.co.jp/expert/authors/takamuramisa

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