【G大阪】宇佐美も痛感した「万博の力」。熱狂のスタジアムはいつ、どのようにして作られたのか―― SOCCER DIGEST Web 12月27日(日)8時0分配信

宮本恒靖が心に刻む2000年第2ステージ14節・鹿島戦の光景。

「万博が最後、僕らの背中を押してくれたのかも知れない」

宇佐美貴史からそんな言葉を聞いたのは、J1リーグの第2ステージ最終戦・山形戦後だ。いつになく流れの悪い前半を0-0で乗り切った後半、大森晃太郎 の先制点で始まった『ガンバ劇場』は、わずか5分間で4得点という驚異のゴールラッシュ。チャンピオンシップ出場権を引き寄せる。

その結果を受けての宇佐美の言葉だ。子どもの頃から愛してやまない万博記念競技場でのリーグ最終戦で、3ゴールをアシストする活躍を見せたエースは、今季限りでガンバのホームスタジアムとしての歴史に幕を閉じる『万博』に感謝の気持ちを表した。

宇佐美の言葉にあるような『万博』の力を感じるようになったのは、いつのことだったか。もちろん、ガンバが万博をホームスタジアムとして使用し始めたJリーグ発足の頃は、Jリーグブームにも後押しを受けて大勢のファンが詰めかけ、スタジアムは熱狂に包まれた。

その後、チームの結果が下降線を辿るのと並行して、観客数の減少が見られた時代も、スタンドには変わらず応援に駆けつけてくれるサポーターがいたし、彼らの声はどんな時も選手たちの背中を強く押した。

だが、本当の意味で万博が『ホームスタジアム』としての威力を発揮するようになったのは、ガンバ大阪が優勝争いに絡みはじめた00年以降だったと記憶す る。アカデミー時代から、万博の歴史をつぶさに見てきた宮本恒靖(現ジュニアユースコーチ)は、当時の記憶をこんな言葉で表現している。

「00年セカンドステージ14節の鹿島戦。首位攻防戦となったこの一戦でスタンドが満員になり、バックスタンドには初めて立ち見が出た。その光景に身震い したというか。『強くなったらこんなにたくさんの人たちが観に来てくれるんだな』という思いと『強いチームであり続けなければいけない』という決意が芽生 えたのを覚えている」

万博の特別な力は新スタジアムにも受け継がれるはずだ。

 すなわち、こういうことだ。

チームが力をつけ、面白い試合を継続して、上位争いに加わりタイトルの可能性を膨らませる。それと並行して観客の「ガンバのサッカーが観たい」という欲が高まり、スタンドには多くのファン・サポーターが詰めかける。こうして熱気を、声援をより大きなものに変えることができた。

観客によって作り出される雰囲気に、選手たちは背中を押され、より強い「勝利」への欲をたぎらせる。そのプラスの連鎖のなかで、万博には常に大きな歓声がこだまし、魂のこもった応援と熱いプレーが繰り広げられ、ここぞという試合あるいは一局面で特別な力を生み出すようになったのだ。

で、あるならばその歴史は、新スタジアムにも受け継がれるはずだ。万博以上に、ピッチまでの距離が近いサッカー専用スタジアムは、全客席を覆う屋根に よって声援がよりスタジアム内でこだまする構造になっている。そこに響き渡る歓声や拍手は、これまで以上にスタジアムの興奮を膨らませ、より大きな熱を生むことだろう。

ただし、前述したようにその興奮は、単に試合が行なわれるだけで、生まれるものではない。試合を戦う選手たちと、それをスタンドで応援するサポーターが 互いを想い合う。それぞれの場所で、その役割に徹して『ガンバ大阪』のためにすべての熱を注ぎ込む。その両者の熱が溶け合って初めて、新スタジアムだけの 特別な空気を生み出す。その先にはきっと、より大きな喜びが待っているはずだ。

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