<ガンバ大阪・定期便116>「耐えて、耐えて、耐えまくって前につなげる」。一森純が示し続ける真価。

■「マリノスを倒して決勝に進むことにも意味がある」。今シーズン3度目の対戦で示した姿。

「チームとしても個人としても、準決勝というヒリヒリした舞台を戦えることは、絶対に成長につながる。1つ高いステージに進むためにも絶対に勝ちたいし、クラブとして勝たなければいけないとも思っています。また僕なりにJ1リーグ戦に続いて、天皇杯・準決勝でこうしてまたマリノスと対戦する意味みたいなものを考えた時に、ガンバでの『タイトル』を意識してここに戻ってきたことを思えばこそ、マリノスを倒して決勝に進むことにも意味があるのかな、と。そのことをしっかり自分に向けて、臨みたいと思います」

 そんな決意のもとで臨んだ10月27日の天皇杯準決勝・横浜F・マリノス戦。今シーズン3度目の対決となったマリノス戦をドラマチックな逆転勝ちで終えた後、ミックスゾーンに現れた一森純は、どちらかというと興奮しきりのチームメイトとは一線を画した空気を纏っていた。

 もちろん、試合前に話していた熱のある言葉を思い返しても、嬉しくないはずはない。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間の、噛み締めるようなガッツポーズもそれが伝わるものだった。だが、試合後の取材エリアは、ガンバだけではなく相手チームのスタッフ、選手も通過することへの配慮もあってだろう。どちらかというと淡々と取材に応じている姿が印象に残った。

「どんな形で失点したとしても、反省は終わってからすればいいし、最後に勝っていればいいという思いで試合を進めていました。最後までみんながアグレッシブにゴールを目指した結果。スタメンで出た選手だけじゃなくて、交代で出てきた選手もすごくチームにパワーを与えてくれたし、本当に全員の力でもぎ取った結果だったのかなと思っています。こういうギリギリの試合を勝ちに持ってこれたのも確実に力がついている証拠だとも思います。ただ、いろんなところに甘さを感じたのも事実で…決められるチャンスで決め切らないと、88分の失点シーンのようなしっぺ返しを喰らってしまう。宮市亮選手のところでゴチャゴチャっとなった時の守備もそうですが、ああいう瞬間の一歩が出ないというか、遅いというか。これまでもああいったシーンで足を動かしているのはシン(中谷進之介)だけ、ということが多かったですが、あそこももっと全員が足を動かしていれば違う対応ができたのかなとは思っています。マリノスは週中にアウェイでのACLE(AFCチャンピオンズリーグエリート)の試合もあって、移動を含めた疲労の蓄積はあったはずで、本来はもっともっと強いチームだと考えても、勝てたことは自信にしながらもこれに甘んじているようでは上にはいけない。僕自身も含めてチームとしてまだまだ突き詰めていかなければいけないし、個人的にも改めてもっともっと成長したいと思える試合になりました」

 試合が終わった直後、膝を抱えてピッチに座り込んだマリノスの畠中槙之輔の手を取り、立ち上がらせようとした姿も、歓喜に沸くパナソニックスタジアム吹田で、マリノスのスタッフ、選手一人一人に歩み寄り握手を求めたの姿もまた一森の胸の内を覗いたような一幕だった。

「マリノスでの1年は本当に自分のキャリアにとって大きな意味を持つ1年でした。時間を共にすることの多かったゴールキーパー陣には本当に助けられ、支えてもらったし、GKコーチのシゲさん(松永成立)にはセービングに対する考え方を根こそぎ覆されるようなたくさんの刺激をもらった。なんなら最初は足の出し方について『お前、全部逆だよ!』と指摘されるくらいでした(苦笑)。でもそんな僕に辛抱強く付き合ってくれて、試合でやられても、的確に検証して、練習して、落とし込んで、やり切れるまで何度もボールを蹴ってもらった。そんなふうに、なるほど、そうなのか、と思って、自分の物足りなさを感じて、でも、まだまだ伸び代があると思わせてもらえた時間のすべてが僕の宝物。それをしっかりこの先のピッチでも示し続けることが、自分にできる唯一の恩返しだと思っています」

■真価に触れたJ1リーグ・名古屋グランパス戦。繰り返されたビッグセーブ。

 大きな感謝と覚悟を胸に、マリノスからガンバに復帰した今シーズン。一森純は安定感抜群のパフォーマンスでチームを後押ししてきた。現時点でJ1リーグ2位を誇る失点数も、彼のビッグセーブに支えられてきたと言っても過言ではないはずだ。

 中でも、直近のJ1リーグ第35節・名古屋グランパス戦は、プレーはもちろんのことコーチングの部分で彼の真価を改めて確認した試合になったと言っていい。今シーズンの公式戦ではもっとも早い、5分に失点を許し、ビハインドを追いかける展開になった一戦だ。

「キックオフ直後から将太(福岡)のところで被ってしまって、押し込まれて、っていう入りになった流れから、セットプレーでもアタックにいけず、簡単にフリーで打たせてしまって失点を許してしまった。ただ、決して、集中していなかったということではなかったと思うんです。実際、試合前のロッカーでチームに向けて『立ち上がり絶対に集中しよう』と声を掛けてくれていたのは将太で、僕から見ても、間違いなく気持ちが入っていたと信頼もしていました。ただ、失点をしてしまったという事実はあった中で、あの瞬間、ここからどうやってチームの士気を上げていこうか、僕自身もすごく探っていたところはありました」

 そのせいだろう。失点を喫した直後も、一森は少しも表情を変えることなく、また、チームに向けて声を荒げたり、鼓舞するような仕草を取ることもせずに、試合を進めていたのが印象に残っている。これまでの彼であれば、チームを引き締め直すために、あるいは、頭を下げずに残りの時間を進められるように、仲間を叱咤していたであろうシーンだったにも関わらず、だ。

 だが、常日頃から自分の『言葉』には必ず責任を携えてきた一森だ。

「練習でも試合でも『伝わるタイミング』って人それぞれはずなので。ぱっと見、ワーワー言っているだけのように映るかもしれませんが…ってか、そういう時もあるんですけど(笑)、僕なりにフィールドの選手に言葉を掛けるタイミング、そこで使う言葉のチョイスは慎重にしています。その言葉がけ1つで、仲間の信頼を掴むことにも、失うことにもなりかねないから」

 その言葉を思い返しても、そこには何かしらの理由があったに違いない。後日、尋ねると、チームに漂う空気と、選手それぞれの表情を感じ取った上での駆け引きがあったと教えてくれた。

「将太のロッカールームでの声掛け、試合前の守備陣での声掛けとか、失点直後の表情を見ても、何が良くなかったのか、どうすれば良かったのかはその瞬間に、それぞれが感じ取っていたと思うんです。立ち上がりの失点は絶対に良くないし正直、フワッとした入りになっていたと言われても仕方ないんですけど、『ちょっとおかしいな』というような空気では決してなかった。だからこそ、自分自身も少し探っていたというか、ガッと言うのは今じゃないと思っていました。それよりも、時間を追うごとにチーム全体に火をつけていくような言葉がけをしようと自分にリマインドしていたというか。残り時間もたくさんあったし、あそこで焦りが生まれたり、プレーの動揺に繋がってチームが揺れるのが一番良くないという思いもありました。だからこそ敢えて強い言葉は吐かず、背中から届くサポーターの声援と共に行こうぜ、という空気を漂わせることに留めました」

 ただ一方で、その『時間を追うごとに』のタイミングが遅くなりすぎても命取りになると考えていたのも事実で、だからこそ、16分過ぎたあたり、試合が止まった時間を使って宇佐美貴史に掛けられた言葉には助けられたと振り返る。それは自身が「よし、ここから」という思いをより強めるきっかけにもなった。

「ボールが止まったタイミングで貴史が近くに寄ってきて『みんな動けてないよな』って声を掛けてくれて。『しっかり締めてくれ。ギアを上げていこうぜ』と言われてそうやな、と。中にいる自分たちが変えていくことを積極的に求めないと、何も動かないなと背中を押してもらった。そのあと、一彩(坂本)が早い時間(21分)に同点ゴールを決めてくれて、試合が振り出しに戻ったという状況もあったんですけど、以降は、より厳しい言葉も交えながら、それを自分にも向けながら試合を進められたと思っています」

 その言葉通り、28分に再び坂本一彩がゴールネットを揺らし、リードを奪うと、今度は自分の番だと言わんばかりに一森自身もそのプレーでチームの士気を上げる。今シーズン繰り返し示してきたチームに勇気を与えるセービングだ。

 中でも目を惹いたのは40分、直接フリーキックのこぼれ球から、ペナルティエリア内で名古屋の永井謙佑、ハ・チャンレに続け様にシュートを放たれたシーン。さらに前半終了間際には徳元悠平のミドルシュートも気迫のセービングで弾き出した。

「40分のシーンは、稲垣(祥)選手から縦に入ったボールに、まず森島(司)選手が触ることを予想して、キャッチしにいくのではなく体を当てに行き、そのこぼれ球に反応した永井選手のシュートがあって、ハチャンレ選手も詰めて、という展開になったんですけど、正直、そこまで焦りはなかったです。至近距離でのシュートストップは僕自身、自信を持っているプレーですが、あの2つのシュートも距離が近かったこともあって、ボールの飛んでいく角度と後ろのゴールの位置を把握しながら、自分が出るか出ないべきかとか、シュートに対して内側から外に止めに行くのか、真正面から詰めるのかを、ボールがこぼれた瞬間、瞬間で判断し、点で押さえるか、面で防ぐかを落ち着いて選択しました。なので、どちらかというと、僕自身は、前半終了間際の、徳元選手のミドルシュートへの対応の方が大きかったのかなと。あそこで2-1で折り返すのか、2-2にされるのかによって後半の入り、相手の戦い方は大きく変わってしまうと考えても、自分の役割を果たした40分のセーブ以上に、チームを助けることができた気がしています」

 以降の展開は、改めて説明するまでもないだろう。56分に再びセットプレーから名古屋に同点弾を許してしまったガンバだったが、78分には途中出場の福田湧矢がゴールネットを揺らし、勝利を引き寄せる。

「湧矢(福田)のゴールはホンマに嬉しかった。湧矢と(アシストの)貴史(宇佐美)に…いや、全員に今日も助けてもらいました」

 最後は自身のパフォーマンス以上に、フィールド選手の健闘を讃えたのも彼らしさだったが、そのゴールに、掴み取った勝利に、試合の流れやチームメイトの表情を汲んだ一森のコーチングや体を張ったビッグセーブがあったことも忘れてはならない。それは名古屋戦や、冒頭に書いたマリノス戦に限らず、どの試合においても、だ。

 最後の際で粘れる力。「何がなんでも耐えて、耐えて、耐えまくって前に繋げることだけを考えている」という言葉に見るプライド。それもまた、今年の勝利を語る上で欠かせない、大きなピースになっている。

https://news.yahoo.co.jp/expert/authors/takamuramisa

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