一筋縄ではいかなかったアジア1次予選。“超アウェー”のキルギス戦など過酷な環境で戦い抜いた船越ジャパンは、逞しさを増したはず【U-19日本代表】
19年にA代表がW杯予選で首都ビシュケクを訪れていた
9月21日から10月1日まで、船越優蔵監督が率いるU-19日本代表はキルギスで行なわれたU-20アジアカップ予選を戦い、来年2月に中国で開催予定の本大会行きを決めた。
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今予選はU-20ワールドカップの1次予選を兼ねており、2028年のロス五輪世代で最上級生となるチームにとって、世界の扉を開くためには絶対に敗退は許されなかった。
大会のレギュレーションは、各グループで4チームもしくは5チームの総当たり方式になっており、それぞれの1位と2位の上位5チームが出場権を得られる。日本は初戦のトルクメニスタン戦で2-0、続くミャンマー戦は6-0。最後のキルギス戦は1-1と3戦全勝とはならなかったが、2勝1分の戦績で首位通過を決めた。
日本の実力を考えれば敗退は考えにくかった。「突破は余裕でしょ」という声も聞こえてきそうだが、実際は一筋縄ではいかなかった。
今予選はセントラル開催が採用されており、中1日での連戦が強いられる。疲労度は高くなるし、前日練習は全員で行なえない。さらに日本は、敵地での過酷な環境で経験を積む機会を求めて予選を招致しない方針をとっており、国外に出向くケースがほとんど。2023年5月のU-20ワールドカップに出場した世代も1次予選はラオスで戦った。
トレーニングや試合の環境が劣悪であることはもちろん、ピッチ外でもトラブルは少なくない。アジアの僻地で戦うため、食事や水、気候にも細心の注意を払わなければならず、移動も長距離になるため、コンディション面で負担がかかる。
開催国のキルギスに関しては、テクニカルスタッフが大会の視察と現地の状況把握のため事前に訪れていたものの、分からないことだらけだったという。ただ、日本サッカー協会には知見と経験がある。19年にA代表がワールドカップ予選で首都ビシュケクを訪れていたからだ。
過去の情報を共有し、AFC(アジアサッカー連盟)から複数の宿泊施設を提示されていたなかで、日本はA代表が滞在したホテルを選択。当時A代表と接したことがあるシェフも健在で、現地の米を日本流の食べ方にするための調理方法を覚えていたという。そうしたサポートを受けつつ、できる限り、ストレスフリーの状況を作るための努力を惜しまなかった。
とはいえ、過酷さは変わらない。ピッチは人工芝が7割、天然芝が3割のハイブリット型。一見整っているようにも見えるが、グラウンドはボコボコでバウンドが場所によって大きく変わる。
トルクメニスタンとの初戦では大きく弾んだバックパスをGKの荒木琉偉(G大阪ユース)が受け切れず、あわやオウンゴールという場面もあった。選手たちも言い訳にしなかったが、やりづらさはあったという。
「いつもと変わることはなかったけど、地面が少しぼこぼこしていた」(DF布施克真/日大藤沢高)
「中途半端にボールが浮いたり、滑ったり、下が緩かったり、硬かったり。(グラウンドの状況は)まばらでした」(DF市原吏音/大宮)
寒暖差も激しく、到着時は25度以上あった日中の気温も日を追うごとに下がり、唯一ナイトゲームとなったキルギス戦は10度を下回っていた。16時キックオフだった初戦は半袖のユニホームを着ていた選手たちが、キルギス戦で長袖に切り替えていたのもそのためだ。
「自分らの今後にとってはプラスに働く」(市原)
未知の国で奮戦した若き日本代表において、今予選でアウェーの空気感を肌で味わえた点も見逃せない。
2連勝同士で迎えたキルギスとの最終戦。日曜日の20時にキックオフ時間が設定されていたため、相手サポーターが大勢駆けつけた。試合前から太鼓を持った人々が声を上げ、スタジアムの脇に設置されたステージではMCがファンを煽るようなトークを展開。8000人以上が入った会場はアジアの1次予選では滅多に見られないだろう。間違いなく貴重な場だった。
そんな“超アウェー”の環境下で1点リードを許し、追いかける展開を味わえたのも未来につながる。1-1のドロー決着に不安を覚えるが、選手たちも最後の大一番から様々なことを感じ取った。
「1次予選を突破できたこともそうですし、アウェーの地でこうやって負けずに戦えたことも、自分らの今後にとってはプラスに働く」(市原)
「大勢のサポーターの前で戦うこともそうだし、レフェリングもそうだし、ピッチもあんまり良くなかったけど、それがアジア」(保田堅心/大分)
インターナショナルマッチウィーク外の開催でベストメンバーを組めず、海外組のFW道脇豊(ベフェレン)、FW後藤啓介(アンデルレヒト)、DF小杉啓太(ユールゴーデン)などは未招集となった。だが、今回の経験はキルギスに赴いた23人しか積めないものでもある。
選手たちはまた一つ、逞しさを増したはず。表面的な結果だけでは見えない確かな上積みができたことが、何よりの収穫だったかもしれない。