少年期の記憶とキッカケ戦略――ガンバ大阪が欧州クラブとの親善試合を続ける理由

パナスタを持っているから対戦相手に選ばれる

今年5月に発表された『2023年度クラブ経営情報開示資料』によると、ガンバ大阪は65億7400万円の総売上のうち23億5000万円を“その他収入”が占めている。その内訳は選手の移籍に伴い発生する『トレーニング・コンペンセーション』や『連帯貢献金』の他、入場料収入としてはカウントされない『VIPルーム収入』などが挙げられる。そして、2022年以降の”その他収入”には『欧州クラブとの親善試合開催に伴う売上』も含まれている。

「(昨年開催された)セルティックFC戦の具体的な売上?そんなもん言えるかいな!(笑)」と、私の直球質問を交わすのはガンバ大阪で欧州クラブとの親善試合を主幹する伊藤慎次(パートナー推進部 部長)。関係各所との権利交渉をはじめ、PSGとの親善試合では選手入場時にピアニストの反田恭平による演奏演出も企画した。

具体的な売上額こそ非公開ながら「まぁまぁインパクトのある金額」となる理由の1つにガンバ大阪がパナソニックスタジアム吹田の指定管理者である点が挙げられる。欧州クラブの対戦相手として得られるマッチフィー配分金、放送権料の他、指定管理者としてスタジアム施設利用料は勿論、加算額(チケット収入やグッズ売上など)の一部も収入となる。

「サッカークラブとしてのガンバをチームAとするなら、パナスタの指定管理者としてのガンバはチームB。事業としてチームBの伸びしろは大きい。スタジアムグルメの売上、広告看板の掲出料売上……プロモーターと交渉した上で、イベント開催ごとに指定管理者としての収入を得ることができる。まだまだ稼働率の面では課題はありますけど、欧州クラブとの親善試合に関しては、欧州のスタジアムに近い雰囲気を創り出せるパナスタを持っているから(欧州クラブの)対戦相手としてガンバが選ばれている面もあって、そこはうちのアドバンテージ。今年は(京都)サンガも、ヴィッセル(神戸)も、セレッソ(大阪)も欧州クラブと親善試合をやるので、関西でガンバだけ開催なしということにならなくて良かったなと(笑)」

国際試合経験と世界へのPR

クラブ経営は事業と競技の両軸だ。夏場の親善試合開催はポヤトス監督や松田浩フットボール本部本部長の理解があってこそ成り立っている。コンディション調整を優先する選択肢もあった中で、レアル・ソシエダとの親善試合を選択した理由の1つには強化への期待もあるという。

「ACLへの出場も近年は継続的にできていない中で、選手たちが国際試合経験を積めていないという課題があります。この中断期間に大学生やJクラブと練習試合をすることも検討しましたけど、それではチームとして更なる上積みはあまり期待できない。レアル・ソシエダとしてはプレシーズンマッチだから強度はそこまで高くならないにしても、一瞬の動きとか対戦することでダイレクトに欧州の基準を感じられるはず。そこは強化の観点からも意味があるというクラブの判断ですね」

チームの強化を図る一方で、欧州クラブとの親善試合には「ガンバにいい選手がいることを世界にPRする」側面もある。世界的に知名度のあるレアル・ソシエダとの一戦はスペイン国内をはじめ、世界で報じられる可能性があり、選手にとっては好パフォーマンスが欧州移籍への足掛かりとなる可能性もある。AFCアヤックスとの提携で促進されている対欧州の移籍戦略と絡めて、試合後はレアル・ソシエダ関係者のガンバ選手評に注目しても面白いかもしれない。

また、強化を目的とする国際親善試合としては、やはり提携関係にあるチョンブリーFC(タイ)とのアカデミー年代での交流も計画されている。

「今もトップチームにチョンブリーFCの選手が2名(チャナロン選手、ヨサコン選手)練習参加してくれていますけど、異国での経験値って大事だと思うんですよ。逆にガンバの選手がタイに行くと、でこぼこのピッチでもボールを正確にコントロールする選手や、プレー環境的には整っていなくてもハングリーにプレーする(現地の選手たちの)姿勢を見たら『俺もやんなきゃダメだな』と感じるところもあるでしょうし。これは選手だけではなくスタッフも含めて、ネットワークが広がっている中で、どんどん世界から学んでいかなアカンなと思ってますよ」

1度生で観てもらう”キッカケづくり”が出来ればハマる可能性がある

伊藤が欧州クラブとの親善試合に意義を感じている理由は他にもある。それは少年期まで遡る。30年以上ガンバ大阪で働くことになった原体験ともいえる記憶だ。

「僕は三重県出身なので、初めて生で観たプロサッカーの試合は1983年に瑞穂陸上競技場で開催されたイングランドの古豪ニューキャッスル・ユナイテッド-ヤマハ発動機(JSL)の試合。当時の設備なので電光掲示板にはリプレイ映像は流れないし、陸上競技場なので客席からピッチまで遠いし、観戦環境的には良いとは言えない。だけど、生のFWケビン・キーガンが本当に上手くて興奮したのは今でも鮮明に覚えているんですよね。本物を子どもの頃に体験すると、大人になっても想い出として刻まれ続けるので、またリアル観戦してみようかという気持ちになる人もいると思う」

そんな伊藤の経験はJリーグが近年力を入れている小中学生の無料招待施策にも通じる。“キッカケ”の提供。「1度生で観てもらう”キッカケづくり”が出来ればハマる可能性があるはず」(伊藤)という関係者たちの想いが込められている。今年5月に国立競技場で開催されたレアル・ソシエダ-東京ヴェルディ戦を視察した際、来場者として多くの子どもたちが楽しんでいる光景も伊藤のモチベーションを大いに高めた。

レアル・ソシエダ-ガンバ大阪戦は一部カテゴリーの席のチケットは安価で購入できる小中高価格が設定されている他、ガンバ大阪主催試合(Jリーグ)においても子ども向け施策を強化。大阪ダービーと並んで最も集客力がある『GAMBA EXPO』(記念シャツの配布やSPゲストが来場する試合)では特別企画として小中高生を対象に500円で試合観戦ができるチケットを発売している。

伊藤はパートナー推進部の部長らしい目線で、この企画意図を説明する。

「小中高生のチケットを500円で販売する一方で、(GAMBA EXPOでは)高額なホスピタリティチケットも販売しています。通常の試合のVIP席もそうですけど、高額なチケットをパートナー企業さんが購入していただけるお陰で、他の席種の価格を抑えられている面もあります。チケット代が高かったら、お母さんから『あんただけ行ってき』となる可能性もあると思いますけど、500円なら家族で行こうとなるでしょ。満席のスタジアムだからこそ生み出せるサッカーの魅力があるは間違いないことで、その(チケット価格と集客の)バランスは常に考えています」

楽しみ方の価値観は多様でいい

伊藤慎次プロフィール

SHINJI ITO

伊藤慎次

パートナー推進部 部長。三重県・菰野町出身。四中工から東海大を経て、1990年に松下電器産業(株)に入社。ガンバ大阪の前身である松下電器産業サッカー部(JSL)時代からJリーグ事務局への出向を含めクラブ在籍34年目。公益財団法人日本センチュリー交響楽団 社外相談役でもある。

[ライタープロフィール]

玉利剛一(たまり・こういち)

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。

https://www.footballista.jp/

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