<ガンバ大阪・定期便81>藤春廣輝は走り続ける。

■いつも100%で見せ続けた『背中』。

 ガンバが大好きだった。

 熱狂が渦巻くホームスタジアムにいつも心を震わせ、サポーターから届く声援に勇気をもらっていた。

 在籍した13年間を振り返っても、嬉しい記憶ばかりが残っているわけではない。プロとして戦っていけるのか。キャリアをスタートしたばかりの頃は涼しい顔で90分を走り切る先輩選手への驚きが、自分への不安に変わったこともある。のしかかる責任の大きさに押しつぶされそうになったことも一度や2度ではない。それでも必死になって食らいつく日々を過ごしているうちに、自然とサッカーが楽しいという気持ちがどんどん大きくなっていった。自身がどんな状況に置かれても、だ。

 彼のキャリアでは初めて、ケガ以外の理由で戦列を離れることが増えた昨シーズンの終盤に尋ねたことがある。果たして、試合に出られなくなった今もサッカーを楽しいと思えているのか。即答だった。

「それが、楽しいんです。自分でも驚くほど気持ちが落ちることも焦ることもなくて、すごく楽しい。これまで試合に出られなくなった選手が落ち込んだり、投げやりになったり、試合に出なかったメンバーでの練習で力を出せなくなったりするのを見てきて、自分も同じ立場になったらそういう気持ちになるんかなって思っていたけど、なぜかぜんぜんそんな気持ちにならない。コーチ陣に、お前は全く変わらないな、って言われたこともあります」

 事実、試合のメンバー表に『藤春廣輝』の名前を見なくなってからも、サッカーに向き合う姿に揺らぎはなかった。練習は常に100%。ピッチに立つ限りは絶対に手を抜かない。そのプレーは彼の胸にある決意を伝えてくるかのようだった。

「ハルくん(藤春)は、普段の練習から絶対に手を抜かない(黒川圭介)」

「一番全力で、100%で、毎日やり続けている(半田陸)」

「ハルくんを見ていたら、絶対にサボれない(福田湧矢)」

 今シーズンも、そんなチームメイトの言葉を何度耳にしたことだろう。若い選手だけではない。年齢が近いチームメイトも藤春のまっすぐな姿に舌を巻いた。

「外から見ていた時は、なんとなくちゃらんぽらんにやっていそうなイメージがあったけど(笑)、14年にチームメイトになって、その真面目さに驚いた。フワッとしているようでいて、やるべきところでは絶対に手を抜かないし、クールに見えてめちゃめちゃ熱いところも持っている。練習は絶対に手を抜かないし、サッカーも大好き。そういう毎日の積み重ねがハルを作っていた(東口順昭)」

「同じ年ということもあって、若い時こそ愚痴を言い合ったこともあったけど、キャリアを重ねるほどお互いにそういう言葉は一切言わなくなったし、逆に深い話もしなくなった。というか、話さなくても分かってるよな、的な。実際、僕はいつでも全力で、明るい顔で戦い続けるハルのことをずっと見ていたし、逆に自分もそう見られているんやろうな、って思って頑張れたこともあった。そういう意味では言葉にせずともハルの存在自体が、ずっと自分の励みになっていました(倉田秋)」

 その姿には藤春なりの理由があった。

「試合に出られないからと言って、そんな態度をとるような自分になりたくないってだけかな。かと言って、深く考えて行動しているとか、無理に自分を仕向けているわけでもぜんぜんなくて、普通にただ楽しくサッカーをしている感じ。俺、よっぽどサッカー好きなんでしょうね(笑)。それに、自然と普段から切磋琢磨している仲間を応援したくなるんです。同じポジションの圭介(黒川)や他のサイドバックもそうですけど、みんな一生懸命やっているのを知っているから。そういう彼らの存在があって、自分ももっと頑張ろうと思えているし、サッカーを楽しめていると考えても、試合に出られないと決まったら仲間を全力で応援したいし、自分の立場でやれることを全力でやるだけ。それはいつも思っていることですね」

 昨年末、同じポジションを争う黒川が、チームの年間MVP『黄金の脚賞』を獲得した際、彼を後ろから抱き上げるようにして喜んでいた藤春の姿が目に焼き付いている。13年に自身が同賞を受賞したとき以上に、だ。昨年にもまして試合に絡めなくなった今シーズンもその姿は変わらず、同じポジションのライバルほど距離を縮め、自分を曝け出し、冗談を言い合い、心をつなげた。

「年齢を重ねて、僕自身も人として変わってくることができた気がしています。いろんな選手とコミュニケーションをとることが増えたし、新しく加入してきた選手には日本人選手も、外国籍選手も、積極的に声をかけて、1秒でも早くチームに溶け込めるようにしてあげたいなって思うようになった」

 外国籍選手と楽しそうに談笑する姿もよく見かけた。何の話をしていたのかを尋ねると「いや、テキトーに(笑)」と誤魔化されることが多かったためその中身まではわからなかったが、そうした彼の行動が日本人選手と外国籍選手の距離を縮める役割を果たしていたのは言うまでもない。と同時に、そんなふうに藤春がピッチのあちこちで示す姿はいつしか後輩たちに「追いかけられる背中」になった。

■川崎フロンターレ戦で確認できた「走れる」自分。

 だが、どんなにチームを愛し、愛されても、仲間に慕われても、ピッチで結果を残せなければ居場所を失うのがプロの世界だ。それは、11月30日に契約満了が告げられた直後の藤春自身の言葉が示している。

「ガンバを離れる日がいつかはくると覚悟していました。13年もの時間、在籍したし、好きなチームなので寂しいですけど、プロサッカー選手として試合に出ないとチームにはいられない。それは仕方がないと自分でも思っていたので、ガンバの気持ちはしっかりと受け止めました」

 それでも13年間、手を抜くことなくやれたと胸を張った。

「30歳を超えてからはライバルとか、ポジション争いといった垣根を越えて、いい仲間としてポジションを争い、切磋琢磨してきた。でもそのおかげで試合に出られなくても楽しいという気持ちプレーすることができた。契約満了を告げられてからいろんなことを思い返すことが増えて…タイトルを獲得したシーズンもあれば、J2降格も経験したし、リオ五輪出場は日本代表への選出など、本当にいろんな経験をできた中身の濃い13年間でしたけど、その毎日を、本当に手を抜かずにやってきた。だから、等々力での川崎フロンターレ戦(J1リーグ22節)で圭介(黒川)が累積で出場停止になって出番が回ってきた時に90分を走り切れたのかな、と。あの時はプロとしてのデビュー戦よりも緊張したし、走れるかなって心配もあったけど体は嘘をつかなかったというか、この13年間やってきた積み重ねが出せたのかなと思っています」

 そしてそれを確認できたことが、契約満了を告げられた自分を現役続行の選択に向かわせたという。ワンクラブマンとして「ガンバでキャリアを終えるのがベスト」という考えがありながらも、まだまだ現役を続けたいという気持ちに抗うことはできなかった。

「この1年半、試合に出られなくなって、スタンドから試合を見ることが増えたし、普段から海外のサッカーもよく観ているんですけど、観れば観るほどサッカーしたいな、試合に出たいなって思うんです。その中で川崎戦に出場するチャンスをもらって、全てが理想通りのプレーではなかったけど、少なくとも自分のベースである『90分間、走れる』という手応えは感じられた。これまで散々試合に出てきたはずなのに、あの川崎戦の1試合が、途轍もなくサッカーっていいなって思わせてくれた。久々すぎて緊張したし、90分プレーしたのも半年ぶり以上だったので、どうなるかなって思っていたけど、まだまだやれる、走れるな、と。それは自信にもつながったし、余計に現役を続けたくなった」

 確かに、その川崎戦で今シーズン初めて、公式戦のピッチに立った藤春は90分間、左サイドを輝かせ、チームを勢いづけた。後半アディショナルタイムには機転を効かせたポジショニングから相手のミスを誘って、食野亮太郎のシュートに繋げたシーンも。さらに、その流れで掴んだ左コーナーキックが劇的なダワンの決勝ゴールにつながるなど、藤春らしく最後まで「戦い切る」姿はチームに勝利を呼び込んだ。その結果もさることながら「走れる自分を実感できたことが素直に嬉しかった」と笑った。

■「もう走れない。立てないというところまで」。

 そうした姿はガンバでのラストマッチとなったJ1リーグ34節・ヴィッセル神戸戦でも確認できた。ビハインドを追いかける展開の中、85分からピッチに立った彼は、溢れる感情を抑えきれずに目を潤ませながらも限られた時間の中で4度のスプリントを見せる。チームが苦しんでいる試合こそ、自分が追いやられた状況ほど、走り、戦う。そこにはこの13年何度も目の当たりにしてきた藤春の姿があった。

「ウォーミングアップの時から、ここに立つことはもうないのかって思いがあって。いつも見ていた光景だったのに、今日は最後だったからか、ぜんぜん違うものに見えて寂しい気持ちが込み上げてきた。試合が終わるまでは我慢しようと思っていましたけど、13年もの思い出が積もれば…少し涙も出てしまいました。これまでも一番しんどい時にこそ走ることを自分に求めてプレーしてきました。お金を払って試合を観にきてくれている人たちに自分なりの100%、もう走れない、もう立てないというところまでやり切るのはサッカー選手として当たり前の仕事。その姿から伝えられることもあると思っています」

 5分と表示されたアディショナルタイム。なんとかゴールをこじ開けようとパワープレーに出る中で、半田陸から出されたクロスボールは相手DFに当たって藤春の目の前にーー。足を伸ばすのが精一杯でゴールにこそつなげられなかったが、最後のシュートシーンが彼のもとに訪れたのは決して偶然ではなかったと信じている。

「とにかく触らないと、と思って。高さも微妙なところでしたけど、最後、自分が触れてよかったかなって思います」

 そして、このラストワンプレーは、彼にとっては次なるチャレンジのスタートになった。

「今の時点では、走れなくなったらというか、自分自身がもう走れないなと感じるまでは(現役を)やりたいと思っています。試合に出て、本気の1対1に向き合って、仮に交わされて裏を取られて相手のスピードについていけないとか、『ああ、この局面で置いていかれるか〜』ってことを自分自身が痛感して、初めて自分が納得して現役を終えられるはずだから。あとは…ヤットさん(遠藤保仁/ジュビロ磐田)ですね。僕はずっとあの人の背中を見てプレーしてきたので。ヤットさんがいなかったら今のキャリアはなかったと言えるくらいヤットさんの背中から学んだことは本当にたくさんあった。監督が代わるたびに戦術を飲み込む速さに驚かされて、それを見て、自分が思うプレーをするばかりではなく、監督に求められることをまずはやってみて、プラスそこに自分の持ち味を出すことを学んだから試合にも出続けることができたのかな、って。チームメイトではなくなっても、どこにいても僕にとっては偉大な人。今もその背中を追いかけていますし、ヤットさんが引退するまでは自分も絶対に引退したくないと思ってやってきた。だから、僕も次に向かおうと思います」

 サポーターにもらったたくさんの愛情を携えて。

「出場時間は短かったけど、僕なりにサポーターの皆さんに13年間の感謝を伝えられるプレーをしようと思っていました。試合中も、試合後も、すごく温かく送り出してもらったことに感謝しています。試合後、いろんな方に『13年間、ありがとう』という声をかけてもらいましたけど、僕こそありがとうという気持ち。ガンバで13年間もプレーできて本当に良かった。他の選手もそうだと思いますが、個人のチャントを作ってもらった時、すごく嬉しかったのを覚えています。あのチャントをもう聞けないのかと思うと寂しさもありますけど、川崎戦の試合後も、今日の神戸戦でもあれだけの声で歌ってもらったので。一生忘れることはないと思います」

 原稿を書き終えようとしている今、筆者の胸にあるのは「書き留めきれていないことがありすぎる」という思いだ。藤春廣輝というワードを聞くだけでいろんなシーン、出来事が蘇り、彼がガンバで過ごした13年間の1%すら書けていないのではないかというもどかしさも正直、拭い切れていない。

 だが一方で、それでいいのではないかとも感じている。ここで過去に思いを馳せて書き連ねなくとも、彼ならきっと次なるステージでもたくさんの驚きと記憶に残るプレーを魅せてくれる。スピード、前への推進力、クロスボールの精度。その三拍子が揃った、誰もが愛した『藤春スペシャル』を。

https://news.yahoo.co.jp/expert/authors/takamuramisa

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