営業収益100億円の切り札は卒業生!?ガンバ大阪サッカービジネスアカデミー運営3年目の変化――クラブ×サポーターの共創がもたらすもの(後編)
賛否両論を呼んだガンバ大阪「ユウキ♥︎ガール」企画。記事前編では企画当事者の立場から「ガンバ大阪サッカービジネスアカデミー(以下、GBA)」の受講生である古閑浩晃氏と小山麻耶子氏、そして山本悠樹選手にイベントを振り返ってもらった。 後編はガンバ大阪 経営企画部 部長・竹井学氏のインタビューをお届けする。GBAを統括する立場から考える、運営3年目の変化と今後の展望とは。
インタビュー・文 玉利剛一(フットボリスタ編集部)
サポーターとクラブ、両方の考えを理解したGBA受講生
――記事前編では、GBA受講生である古閑浩晃さんと小山麻耶子さん、そして山本悠樹選手に「ユウキ♥︎ガール」の企画経緯やレビューをお話いただきました。後編ではマクロな目線で、クラブのGBAに対するマネジメントについて伺います。まずは「ユウキ♥︎ガール」を含め、2年前から実施しているGBAの“実施企画グループワーク”の位置付けから教えていただけますか?
「GBAではクラブ経営やマーケティング、地域貢献など、多様なテーマで計12回の講義を実施しているのですが、インプットだけでは実際にスポーツビジネスの現場で活躍できる力はつきません。なので、アウトプットする場としての実施企画グループワークを重視しています。実際にお客さんの反応を見て学べることは多いですから」
――お客さんの反応という点では、「ユウキ♥︎ガール」は賛否両論ありました。
「正直に言って、ここまで反応があるのは想定外でした。賛否両論の前に、ニーズがあるのだろうかと。ガンバは選手個人よりも、クラブやチームを好きでいてくれるサポーターが多いので、1人の選手をフィーチャーしたイベントに(募集人数である)40人も集まるのかなという不安の方が大きかったですね。山本選手本人が登場してくれることは、販売時には謳っていませんでしたから」
――そうした懸念を含め、企画段階においてクラブからGBA受講生にフィードバックは行われていたのでしょうか?
「多少の軌道修正をすることはありますが、GBA受講生は我々(ガンバ大阪社員)にはない発想があるので、彼らのアイデアを尊重することを意識しています。『ユウキ♥︎ガール』に関しても、選手を平等に扱う意識が働く社員では生み出しにくい企画で、サポーターとしての顔も持ち、講義を通じてクラブの考えも理解してくれている彼らのアイデアには高いポテンシャルを感じています」
――「ユウキ❤ガール」に対する賛否の一論点であり、GBA受講生が情報発信の部分で反省点として挙げた“選手のアイドル視”についてはどのようにお考えですか?
「選手に対するリスペクトがあれば、楽しみ方は多様であっていいと思います。ただ、『アイドル視』という批判を見聞きして、確かにそういう見方もあるなと気付きを得た部分はあります。批判を受けたから2回目はやらないということではなく、そういう見方もあることを理解した上で、今後の企画を考えていきます」
――GBA受講生の話を聞くと、今期は「スタジアム集客」についてのインプットが多かったのかなという印象を受けました。
「(GBA受講生に対して)新しい発想を期待する上での大前提として、コロナ禍以降、スタジアム入場者数が減っていることは伝えています。何を行えばガンバに興味を持ってもらえるのか。2回、3回と継続して観戦してもらうためのファン作りとは何なのか。そうした課題解決に繋がる企画をお願いしたいと伝えた上で、出てきたのが『ユウキ♥︎ガール』であり、今月開催される(お一人様サポーターのゴール裏デビューを支援するイベント)『そろソロいこか。ONE GAMBAツアー』なんです」
――「そろソロいこか。ONE GAMBAツアー」もGBA(サポーター)らしい着眼点が話題の企画です。
「年齢も職業も違うGBA受講生のメンバーたちが、短期間でここまでの企画を作り上げるのは本当にすごいと思いますね。ただ、当初の企画案では、参加者は梅田か新大阪に集合して、バスに乗ってキャンプ場に移動して、BBQで仲良くなってからスタジアムに移動……とあったので、『さすがにそれは運営のハードルが高すぎるでしょう』と少し制限させてもらいました(笑)」
――第1~2期と比べると、第3期となる今年のGBAはエッジの効いた実施企画グループワークが多いですね。背景には昨シーズンからスタートしたクラブの“リブランディング”の影響があるのでしょうか?
「ガンバは目指すゴールとして『日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランド』を掲げ、色んなサッカーの楽しみ方を提供しようと挑戦しています。ガンバが成長するためには必要なアプローチだと思っているので、GBAをはじめ、様々なステークホルダーさんの力を借りて、新しい企画を生み出したいと考えています」
卒業生との連携
――「ユウキ♥︎ガール」は私も現場で見学させていただいたのですが、驚きだったのは当日の運営が基本的にはGBA受講生のみで行われていたことです。
「受講生は社会人なので、皆さん実行力が高い。この点に関しては、私がGBAを立ち上げた時に想定していたレベルをはるかに上回っています。当日の運営だけではなく、準備段階においても、備品の発注など、すべて受講生と業者さんが直接コミュケーションをとっていますし、お世辞ではなく私たちが学ぶことも多いです」
――実際、GBA卒業後にガンバ大阪に中途入社した方が3名いらっしゃって、採用においても成果が出ています。
「11月から新たに1名入社するので4名ですね。あと、東京ヴェルディに1名、名古屋グランパスにも1名います。当初から卒業生の採用を考えていた訳ではないですし、受講生を募集する際にもそこを売りにもしていないので、本人たちの努力が生んだ結果です」
――GBAを経由して社員採用することの意義を感じることはありますか?
「Jリーグクラブの業務は、夢と希望だけでは務まりません。ステークホルダー間の利害が一致しない時もありますし、社内で意見が分かれる時もあります。様々な方に支えてもらっている仕事だからこそ、様々な要求がある。それらを受け止めて、調整して、応えていくことが重要である……そういう大前提を理解した上で入社してくれるのは大きいでしょうね」
――現在はガンバ大阪で働かれているGBA卒業生の田中有沙さん、宮下誠さん(ともに顧客創造部所属)にインタビューさせてもらった際も、業務内容の認識にミスマッチがないことをメリットとして話されていました。
「そうですね。お互いに人となりも分かっていますし。ただ、GBAを受講しているから採用が有利になるということはありません。私もGBA卒業生を推薦したことはないですし、純粋に能力が高いから採用されています。今は(GBA卒業生で)リーダーやサブリーダーの立場で働いている社員もいます」
――企画の話題性もあり、GBAの認知度は高まっています。2024年の第4期は受講希望者が増えそうですね。
「いや、実は第4期を開催するか、まだ決めていません。クラブとして『ユウキ♥︎ガール』のようなトライアル企画を増やすことがいいのか、それとも過去に実施したイベントを継続、発展させた方がいいのか。そこはしっかり検討しようと思っています。GBAは第3期を終えて約100名の卒業生を輩出しています。知識と経験がある彼らの力を借りるアプローチも選択肢の1つです」
――GBA卒業後もOB・OGグループとして活動を継続されている方がいると聞きました。
「2期生が実施企画グループワークとして実施した『ガンバフレンズ』(LINEを活用した観戦サポートサービス)を覚えていますか? この施策を企画・運営したグループは卒業後に合同会社『くむすけ』(※GBA時代のグルー名に由来)を立ち上げて、現在は事業として活動を継続しています。
ガンバでの実施実績をふまえて、横浜ベイスターズが同じサービスを採用してくれました。集客でも一定の効果があったと評価されて、今後も他のスポーツチームへの展開を予定しているみたいです。他にもGBAでの活動で得た学びを活かして、(卒業後も)活動を続けている意思がある方々がいるので、クラブとしても受け皿を整備する必要があると思っています」
――「ユウキ♥︎ガール」を企画した3期生の皆さんからも、“継続性”はキーワードとして取材中に何度か出てきた言葉です。
「例えば、1期生の(実施企画グループワークの)アイデアとして『学童の学習支援』に関する企画がありました。吹田市や豊中市と議論を重ねる中で出てきた課題は(人的)リソースの部分。GBA受講生は卒業がありますし、市としても(GBAから)引き継げる人材の余裕はないということで実施を見送りました。
ただ、来年ならGBA卒業生約100名のリソースがあるので、実施できる可能性があります。3期生のアイデアとして『こども食堂』に関するものも出ていて、そういう親和性のある企画を組み合わせて検討することもできますよね」
――人的リソース不足は市だけではなく、多くのJリーグクラブでも聞く話です。小野忠史社長が明言されている「営業収益100億円クラブを目指す」上でも、GBA卒業生と連携して施策の数を増やすアプローチにはポテンシャルを感じます。
「ガンバは現在の社員数が約50名規模のクラブで、そのリソースで集客、スポンサー、グッズ……様々な通常業務を行って、さらに新規施策を実施するのは難しい。かといって、新規施策のために社員を大量に採用するのも経営的に簡単なことではない。都合のいいことを言っているとは思いますが、GBA卒業生との連携はそういう意味でも重要になってくると思いますし、クラブの戦力として重視しています」
「人が変わって、クラブの考え方も変わりました」では……
――GBA卒業生とクラブの連携にポテンシャルがある感じる理由はもう1つあります。過去に取材した際にGBA受講生・卒業生の皆さんが語るクラブの事業面についての考え方が、ガンバ大阪の社員さんのそれと同じであることです。繰り返しですが、その要因として先のリブランディング(クラブコンセプトの策定)がGBAを含め、クラブ内に浸透しつつあるのかなと。
「これまで(2021年以前)も“強いガンバを目指す”や“地域に根ざす”みたいなものはありましたが、(クラブコンセプトの策定によって)目指す方向性がより明確になった効果はあると思います。目的に繋がるのであれば、周囲の意見に流されず、どんどん新しいことにチャレンジしていく。活動のベクトルがズレないためにも、GBAも含め、クラブ内でクラブコンセプトの共有は徹底されていると思います」
――共通認識を持っているのは強みですね。
「(クラブコンセプトを浸透させる過程で)社員が全員参加する形でミーティングを重ねています。それぞれの部署のミッションを明確にした上で、何のために仕事をしているのかを徹底的に議論して。『普段は穏やかな社員がこんなに喋るんや』みたいな発見もあったり、みんなが熱量をもってディスカッションしているものなので、社員の納得感はあると思います」
――競技面においてブレない強化方針の重要性はよく語られているところですが、事業面においても同じである。
「Jリーグクラブはチームの成績によって、監督や強化部長、社長も含め、人が入れ替わる可能性が一般企業より多いじゃないですか。『人が変わって、クラブの考え方も変わりました』では長期的な活動はできない。だから、クラブ30周年のタイミングで小野(社長)がクラブコンセプトを策定したのはすごいことだと思っています。しかも、残留争い中の、何もやっても批判しかない状況で(クラブコンセプトを)発表した意義は、この先でもっと伝わるはずです」
――クラブ創立から30年以上の歴史の中で、ガンバ大阪はACLも含め主要タイトルをすべて獲得していて、サッカー専用スタジアムも建って、ここからの未来で目指すものが見えにくい側面もあるではないかと傍からは感じていました。
「2016年にガンバに転職してきた時に感じたのは、クラブとして“成し遂げすぎた”という面があったかもしれないということです。タイトルを9つも獲って、ファン・サポーターの熱量も高くて、新しいスタジアムの雰囲気も良くて、ヤット(遠藤保仁)のようなスーパースターも在籍している。かといって、欧州のビッグクラブのような営業収益を目指すのは現実的ではない。ある意味でモチベーション的には難しい時期だったのかもしれません。
そこからチームの成績が少しずつ低迷していって、黄金期を支えた選手がベテランと呼ばれる年齢になって、堂安律や中村敬斗ら若手有望選手も欧州に移籍する……難しい状況になったからこそ『もう一回やろう』という雰囲気になっていますし、その活動指針として設定したのがクラブコンセプトなので、今のクラブにとって大切なものです」
――「競技面」での低迷が「事業面」のスタッフの危機意識を高めたのは、サッカークラブらしさを感じる話です。
「サッカークラブの経営は(競技面と事業面の)両輪ですからね。チームの成績が低迷すると『事業面ばかりに注力しやがって』という批判が増えますが、良いフットボールを見せることから目を背けたことはありません。チームの成績頼みでも駄目ですし、事業面ばかりに力を入れても駄目。それぞれの努力が必要です」
――クラブ内では「競技面」と「事業面」の連携はどれくらいあるものなのですか?
「そこまで多くないですが、進みつつはありますね。例えば、今年1月に発表したチョンブリFC(タイ)との提携は『育成』や『スカウト』を含めた形での競技面がメインの話です。ただ、今年7月にはスポンサーさんと一緒にチョンブリに行って、この提携を起点に(スポンサー)企業のタイでの活動をサポートしてもらえないかという話もしています。チョンブリFCのスポンサー企業とも交流して、連携を深めているところです」
――ガンバ大阪のアジア戦略は2015年にペルシジャ・ジャカルタ(インドネシア)と親善試合を開催して以降、目立つ動きはありませんでした。
「結構やっているんですよ、実は。ミャンマーでサッカー教室を開催したり、ベトナムに町中(大輔)(現・ガンバ大阪ユース監督)を派遣したり。ただ、クラブコンセプトをふまえて、『本当のアジア戦略の目的は何なのか』をあらためて考え直しました。競技面および事業面から親和性のある相手をリストアップして、検討を重ねた結果として今回のチョンブリFCとの提携が決定したという経緯です。
競技面ではチョンブリFCは育成型クラブで、トップチーム選手の多くがアカデミーから輩出されている。その点においてガンバとベクトルが同じですし、私が(ヴィッセル)神戸に在籍していた時にも提携して留学生の受け入れた経験などから、(チョンブリFCが)人間関係を築きやすい相手であることも分かっていました」
――JリーグではマリノスとCFG(シティ・フットボール・グループ)の連携による成功を代表例に、今年10月にはヴィッセル神戸がアストン・ヴィラとのパートナーシップに合意したことを発表するなど、海外クラブとの連携は今後も増えていくことが予想されます。
「MCO(マルチ・クラブ・オーナーシップ)という形態もありますが、海外クラブとネットワークを構築して、人やデータを連携しないとグローバルでは勝てない時代です。小さな事業規模でローカルに愛されることを目的とするのも1つですし、色んなクラブのやり方がありますが、ガンバは日本を代表するクラブになれるポテンシャルがありますし、ACLにも出場し続けるべきクラブであるという認識ですね」
――今日はありがとうございました。2023シーズンがまもなく終了します。久しぶりにコロナの影響をほぼ受けなかったシーズンの所感と、今後の展望を最後にお聞かせください。
「コロナ禍では『サッカーは生活に必ずしも必要なものではない』『不要不急のものである』と捉えられたことも多かったですが、そうではない人も多いはずです。電車の中でガンバのキーホルダーを付けている人を見ると『週末の試合を楽しみに通勤しているのかな?』と思いますし、サッカーは人の生きがいになることができる。
素晴らしい内容のサッカーを見せて、スタジアムに熱狂を生めたら、陳腐な言い方かもしれませんが、人を幸せにできる。そういう影響を与えることができるポテンシャルがサッカー、そしてガンバにはあります。その魅力を少しでも多くの人に伝えなきゃいけないですし、そのためにもしっかりクラブが目指す姿の実現にむけて成長せなあかんなと思います」
MANABU TAKEI
竹井 学
1972年4月16日生まれ。兵庫県出身。関西学院大学卒業。1997年ヴィッセル神戸へ入社。集客責任者やアカデミー事業担当を務める。2016年ガンバ大阪に入社。パートナー営業や集客イベント・デジタルマーケティングの担当を経て、現在は経営企画部 部長。2021年にガンバ大阪サッカービジネスアカデミーを立ち上げた。