<ガンバ大阪・定期便77>食野亮太郎、覚醒のとき。「見える景色が変わってきた」。

 J1リーグ27節・アルビレックス新潟戦で、食野亮太郎は今シーズンのリーグ戦3得点目を叩き込んだ。スコアレスで迎えた63分。黒川圭介の左サイドからのクロスボールを相手DFがクリア。そのこぼれ球を拾うと相手DFを引き連れながらコースを作り出し、ペナルティエリアの外、やや距離のあるところから右足を振り抜く。やや重心を後ろに倒しながら、彼らしく『腰を回した』ゴラッソだった。

「基本的に右でも左でも、腰が回るのが僕の強み。強引に右足を振り抜いたように見えたかもしれないけど、ああいう踏ん張りが効くのは自分の良さだと思っているし、自分としてはそこまで無理な体勢で足を振った感覚はなかったです。と言ってもわざとあの体勢になったわけではないですよ。フリーでこぼれ球を拾えて、コースを作り出し、ここだというタイミングがあの振りになったという感覚。ただ、見方を変えれば腰が回る僕だからあのシュートが打てたところはあるかもしれません」

 自身はピッチを退いた後だったとはいえ、勝ちきれなかったことへの悔しさを滲ませて。

「ルヴァンカップ・準々決勝で敗退した直後の試合で、自分としてはとにかく勝ちたい一心だったので、ゴールが結果に繋がらなかったことには責任を感じています。前半は特にもう少し悠樹くん(山本)らが押し上げてくる時間を作りながらゲームを進められたらよかったですが、前に急ぎたい選手と、時間を作りたい選手とで少しゴールに向かう意識にズレがあってミスも多く…。その部分はハーフタイムにリマインドして後半に入り、修正できた部分も多かったし、何よりシーズン序盤の勝ちきれなかった時に比べるとチャンス自体は作れていたので、ネガティブになりすぎる必要はないとは思っています。ただ、チームとして3点、4点取れるようになっていかないと、守備陣に『1失点くらい問題ないよ』って言えるくらいの試合運びができるようにならないと上位には近づけない。ここ最近の試合は、シュート数に対して得点が伴っていないことからも最後の質とか、決め切る力は僕も、チームとしてももっと高めていかなければいけないと思っています」

■『顔の向き』が新たな視界を生み出し、プレーの変化につながる。

 この一戦を含め、食野の『覚醒』を確信するパフォーマンスが続いている。スタメンの座を取り返した25節・サガン鳥栖戦以降、ルヴァンカップ準々決勝を含めて継続的に先発の座を預かっているのも頷ける存在感だ。特筆すべきは『ポヤトス・ガンバ』の生命線とも言える、スペースを使う意識とそれに伴うポジショニングだろう。本人も「見える景色が変わってきた」と手応えを口にする。

「シーズン序盤は、正直、なかなかスペースに動く、スペースを活かすという概念を持てなかったというか。子供の頃からずっとボールを受けて何をできるかにこだわってサッカーをしてきた分、自分が先にスペースを攻略して、というサッカーに慣れるのに少し時間がかかってしまった。いや、頭では理解していても、その成功体験が少なかったことで今ひとつ、信用しきれていなかったんだと思います。極端にいうと『そんな難しく考えなくても、受けてターンして自分で剥がしたら俺の勝ちやろ』的な思いもありました。でも時間を重ねるうちにスペースを使うことが理解できるようになったら『受けてからこうしよう』ではなくて『ここで受けたいから、こう動けば、それによってここが空いてくるぞ。このスペースがさらに見えてくるぞ』という道筋が、自然と見えるようになってきた。それを続けていくうちにスペースに走るタイミング、入っていくタイミングのコツみたいなものも掴めるようになり、ボールもあまり失わなくなったし、試合の中で見える景色、スペースも格段に増えた。だからこそ、あとは点を取るだけだと思っています。ダニ(ポヤトス監督)にも『あとは数字だけだ』と言われていますが、本当にその通りで、今のパフォーマンスに数字がついてこればもう1ランク上の世界を楽しめるはずなので」

 きっかけは定期的にポヤトス監督と続けてきた個人面談だったという。ある時、試合映像を見返しながら『顔の向き』を指摘され、それを実践してみたことで、これまでなかなか繋がらなかった点と点が初めて合致したような感覚を覚えた。

「あるシーンを切り取って見せられ『このタイミングで亮太郎はこっちを向いているよな? その時に少しでもいいからこっちの方向を見るように意識してみろ。きっと違う景色が広がるぞ』と言われたんです。それを練習で試してみたら、今まで自分が見ていたのとは全然違う景色が見えたんです。その時に、こういうことか、と。そこからの応用でいろんなシーンでその見方みたいなものを覚えたら、見えるスペースがどんどん広がっていく感じがしました。もちろん、これは僕だけじゃなくてチームとしてスペースを活かした動きが増えてきたから、僕もその中で活かされながらボールが前に進むようになったと思うんですけど。でも、自分の中でその余裕みたいなものが生まれたら例えば簡単にプレーすべきところではワンタッチで周りを使うとか、自分が活きるゾーンではしっかり活きようとするというようなメリハリも作れるようになってきた気がします」

■クラブ愛を強さに変えて。「ガンバを勝たせられるゴールを」。

 その手応えは今、食野の中でサッカーの新たな楽しさにもつながっている。

「かつて体験したことのない感覚でサッカーをできている」

 ここ最近は約1ヶ月強の時間をかけて体重を意図的に少し落としたことで体のキレが増し、走れるようになっていることもそれを後押しするものだ。

「プレーの先、3人目、4人目くらいまで見えている気がするので、より自分が楽に持ち味を出せるようになってきたし、スペースを活かしてサッカーをすることの楽しさが、そのままプレーする楽しさにつながっている感覚もある。だからあとはゴールですね。もっとガンバを勝たせられるゴールを増やすことに、チャレンジし続けたいと思います」

 そういえば、以前から彼は「悪い時はもちろん、いい時ほど自分に矢印を向ける」ということを実践していると聞く。うまくいっていないときは、必然的に自分に目が向くことも、ひいては新たな取り組みをすることも増えるが、うまくいっている時は、いろんなことを見逃しがちになり、それが成長のブレーキになると自覚しているからだ。冒頭に書いた新潟戦でのゴールもまさにいいコンディションにある自分に「もっと、もっと」とハッパをかけ、さらなる高みを追い求めてきたからこそ生まれた一撃。加えていうなら、そこに以前とは全く質の違うクラブ愛が備わっていることも、拍車をかけている。

「正直、ユースから昇格してプロになった時って口ではガンバのために、育ててもらったクラブのためにって言っていたけど、基本は全部自分のためでした。試合に出たい、自分が活躍したい、点を取りたいってことばっかり。それ以上のことを考える余裕もなかったというか。この世界で生き残るために、のし上がるためにってことが自分のど真ん中にあって、なかなかチームのことまで考えられなかった。でも、今の僕はそうじゃない。家族が増えて、父親にもなって守るべきものもできたというのもあるし、何より海外に行って何の結果も残せなかった僕にもう一度、手を差し伸べてくれて、プレーするチャンスをくれたガンバのためになんとしてでも恩返しをしたいって本気で思っている。それは単なる『タイトルを獲りたい』ではなく、ガンバに関わる人たち、支え、応援してくれる人たちにタイトルを獲らせたいって思いに繋がっている。それは今の自分の強さにもなっている気がします」

 その言葉を聞きながら、改めてルヴァンカップ準々決勝・浦和レッズ戦に敗れた直後に見せていた悔しそうな表情を思い出す。「なんとしてもタイトルを獲りたいと思っていたので、久しぶりに凹みました」と話した彼は、浦和の堅守をこじ開けられなかった自分が腹立たしいとも振り返っていた。

「横浜F・マリノスとか、川崎フロンターレとか、過去にも『うまいな』と思うチームはいたけど『強いな』って思ったのは久しぶりでした。その前のJ1リーグ26節・北海道コンサドーレ札幌戦も無得点に終わったとはいえ、あの時は自分たちが悪かったというのが全てで…でも浦和戦は自分たちのサッカーを持ってしても相手の守備を全く動かせなかった。もちろん、細かいところの課題はいろいろあるんですよ。でもあの守備の固さ、強さに屈したというのが全てで、自分も何もさせてもらえなかったし、できなかった。それがめちゃめちゃ腹立たしい。情けない、僕もまだまだです」

 次なる対戦相手は、その浦和。今も食野の体内に刻まれているであろう悔しさは必ずや反骨心に変わり、パナソニックスタジアム吹田を席巻する。

https://news.yahoo.co.jp/expert/authors/takamuramisa

Share Button