「久保(建英)くんはスペイン語も自由に使えるのが最大の強み」ガンバ大阪・岡井通訳が語る“攻撃だけではない”スペインサッカーからのヒント
クラブ史上初となるスペイン人指揮官、ダニエル・ポヤトス監督を招聘し、新たなスタイルの構築を目指しているガンバ大阪。一時は最下位に転落も、5月28日のアルビレックス新潟戦以降のリーグ戦は6勝1分という「V字回復」でリーグ戦の中断期間を迎えている。そんなガンバ大阪で奮闘する一人の通訳がいる。「プラチナ世代」の一学年下で、自身も京都サンガのアカデミーで活躍した岡井孝憲さんだ。宇佐美貴史とのマッチアップ歴も持つ岡井さんに、サッカー人生やスペインサッカー観を聞いた《全2回の2回目/#1からつづく》。
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京都サンガのユニフォームをまとい、Jリーグでのプレーを夢みた少年は、紆余曲折のサッカー人生を経て「言葉」を武器にJリーグの舞台に立った。
ダニとかの意図をできる限り“ほぐしてあげる”
ポヤトス監督が「エンドレナドール・デントロ・ド・カンポ(スペイン語でピッチ上の監督)」とまで信頼を寄せる山本悠樹は、ポヤトス・チルドレンとして今、存在感を発揮しているが、その山本は岡井孝憲通訳への感謝をこう語る。 「普段から監督がどういうことをしたいのかを練習だけでなく終わってからでも細かく教えてくれています。キャンプの時から話をしていて、だからこそダニ(ポヤトス監督の愛称)のやりたいことを早めに飲み込むことが出来た」
育成年代で高いレベルでプレーしたことも通訳としての強みだ。
自分はあまり能力がなかったので頭を使うのが好きな選手でした。ビルドアップでも、相手がどちらからプレスに来ているかとか、相手のスライドがどちらに流れているのかなどを見るのが好きで、いわば頭でプレーするタイプでした。
今も考えて通訳していますし、ダニとかマルセル(ヘッドコーチ)が何を伝えたいのかをお互いにコミュニケーションして、出来る限り、意図をほぐしてあげる。そして選手に伝えられるのが自分の強みになっています。スペイン人監督と日本人選手の間に入って、言葉を直訳しても会話が成立するとは限らない。例えば『体の向き』と訳しても、聞いた選手は『体の向きって何なの』となるかもしれない。いかに受け手が言葉を理解しやすいように伝えるか、そこに面白みを感じますし、絶対に今後の指導人生にも生きてくるなと思っています」
「日本人は作戦盤でサッカーしてるよね」
練習中はポヤトス監督の影のごとく、側に寄り添い身振り手振りも含めてスペイン人指揮官の言葉を熱く、そして分かりやすく伝える。会見や囲み取材では、常にメモを片手に一言一句逃さずに日本語に変えていく。徳島ヴォルティス時代の岡井さんには、通訳だけでなくアシスタントコーチの肩書きもついていたが、ポヤトス監督からの信頼は当然、厚い。
「ガンバ大阪ではアシスタントコーチの肩書きはないですけど、ダニからは『自由に言ってもいい』と許可を得ているところはあります。徳島の1年目の時、彼に『日本人は作戦盤でサッカーしてるよね』と言われたのを僕はすごく覚えているんですよ。
例えば対戦相手がアビスパ福岡だとすると、相手は4-4-2でくるから、僕らはDFラインを3枚で作って、こう出てくるからこうやろうとAパターンを落とし込んだとしても、Aのシチュエーションじゃなくて“Aダッシュ”のシチュエーションが起きた時にどうするのか。パスの仕方を細かく説明すると、イレギュラーが起こった時に対応できなくなるんです。でも、もっと大きなコンセプトでサッカーを説明することによって、選手の理解度も上がります。スペイン人の指導者がコンセプトを重要視しているので、それを日本人が理解できるように伝えたいと思っています」
どちらがいいではなく、どこに価値観を持っているか
ペップ・グアルディオラが率いたバルセロナに憧れ、スペインサッカーに傾倒。現地で選手、指導者として過ごした岡井さんだが決して「スペイン原理主義者」ではない。日本で育成年代を経験し、両国を知るからこそ、フラットな目線を持ち続けている。
「スペインと日本のどちらがいいというのはなくて、どこに価値観を持っているかという差なんです。
スペイン人と話をしても、やはり日本人はテクニックがあると言われます。両足で蹴ったり、足元の技術を使ってググッと進んでいくところは上手いですよね。一方、スペイン人は、小さい頃から体の向きや状況判断などを重視しているので、頭を使う部分が凄く速いんです。
だからといって、日本の育成年代で急にスペインと同じことをやっても万人受けはしないかもしれないし、楽しみたくてサッカーをしている子供たちの中には面白くないと感じる子もいるかもしれない。それでは意味がないですよね」
スペインでは小学生年代から戦術を重視している
スペインと日本の両国で小学生年代を教えた経験を持つからこそ感じるサッカー大国の凄みもあると岡井さんは話す。スペインでは小学生年代から戦術的な記憶を増やす「戦術メモリー」を重視するが、その土壌は保護者などを含めた、育成を取り巻く環境にあるようだ。
「スペインでは小学生年代から戦術面を重視していることを感じました。保護者の目も肥えている印象があって、例えば小学生の試合でも保護者がグラウンドで叫んでいるんですよ。単に叫んでいるだけの人もいますけど、『今のはそこを相手に食いつかせて、運んでパスをするべきだよ』とかね。そんなことは、日本の育成年代の保護者から聞いたことがなかったですし、カタルーニャでは7人制でやっているんですが、7歳や8歳ぐらいのサッカーでも保護者らからそういう声が出てくるのには衝撃を受けました」
実は守備戦術も攻撃と同じく優れている
日本でもラ・リーガやスペイン代表の人気は高く、スペインと言えば「ティキ・タカ」に代表される華麗なパスサッカーのイメージを持たれがちだが、岡井さんが語るスペインサッカーの素顔はリアルだ。
「日本でスペインサッカーと聞いてイメージされるのは、グアルディオラのバルセロナやユーロを獲った時のスペイン代表じゃないですか。でもスペインから帰ってきて、今もスペイン人と働いている僕が感じるのは、スペイン人って攻撃ばかりがフォーカスされがちですけど、実は守備戦術も攻撃と同じく優れている人たちなのかなと。スペイン人は攻守を繋げて考えているんです。1つはボールを持ちながら守備をすること。単純にボールを持っていることで守備をしなくていい。ダニが言うように、ボールをオーガナイズ良く動かしていれば、失った瞬間にすぐ切り替えられます。つまり攻撃はしているけど、守備の準備もしているということですね。
もう一点は、日本のサッカー文化にあまりなかった中間ポジションという概念。僕の育成年代もそうでしたが、日本のチームがバルセロナやエスパニョール、レアル・マドリーの育成チームと試合をすると、彼らは簡単にミスをしないんです。そうなると僕らのゾーンディフェンスではボールを奪えず、ゴールを守っているだけになってしまう。でもスペイン人の根底にはボールを奪いに行く文化があるので、ボール保持者に対してまずプレッシングをかけるんですよ。そのおかげで中間ポジションが存在して、奪った後に攻撃にスムーズに移りやすくなります」
“久保くんのスペイン語”と人との距離感
中間ポジションがスペインサッカーの肝と話す岡井さんは、エイバル時代にホセ・ルイス・メンディリバル監督の指導を受けた乾貴士の守備のクレバーさに目を引かれたという。昨シーズンはレアル・ソシエダで久保建英が大活躍したが、ラ・リーガは日本人選手にとって決して簡単なリーグではない。岡井さん自身も選手時代にはチームメイトの前で「ドラえもん」を熱唱して溶け込む努力もしたそうだが、日本人がスペインで活躍するために必要な要素とはいったい何だろうか。
「久保くんはずっとスペインで育ってスペイン語も自由に使えるのは最大の強みじゃないですか。スペイン人は日本人みたいに人との距離を保つタイプじゃないんです。ピッチ外、ピッチ内を含めて仲間と接する量、コンタクトの回数を増やすことが大事ですね。日本人は慣れていないと思うんですが『コモ・エスタス(調子どう)』みたいな呼びかけや、ボディタッチとか、常に自分の側から愛情を示すとか、歩み寄るっていうのは凄く大事だなと思っています。2つ目は戦術面。特に守備戦術の理解ですね。そして3つ目は細かい個人戦術。ここは日本人と凄く差があるんじゃないかと思います。自分自身も、体の向きやスペース認知では大きな差があるなと感じていました」
「体の向き」って、日本とスペインで少し違う
ポヤトス監督だけでなく近年のJリーグではスペイン人監督が指揮を執るケースは珍しくなくなってきた。徳島ヴィルティスと浦和レッズを率いたリカルド・ロドリゲスや今季、FC東京を解任されたアルベル監督、J3に昇格した奈良クラブを率いるフリアン・マリン・バサロ監督らがいるが、日本人の指導にスペイン人監督は向いているのだろうか。
「合うか、合わないかと言ったら僕は合っていると思います。ただ、時間は必要だなとも感じています。双方がサッカーで当たり前だと思っていることが、実は当たり前じゃないっていうことが結構あるんです。『体の向き』ひとつとってもそうです。多分、日本人が思っている体の向きと、スペイン人が思っている体の向きは、少し違うと思うんです。『ボールから離れろ』とか『ボールに近寄って行け』ということも、スペイン人の方が細かく分けて考えていると思います。
そのズレが解消されてバンとはまった時は、リカルド監督は徳島で成功しましたし、ロティーナ監督も東京ヴェルディとセレッソ大阪で成功されたと思います。ただ、1年目から成功した訳ではなく、ダニに関しても徳島時代の2年目の初めはスタートが悪かったんですけど、選手の理解度が高まるにつれてチームも波に乗りました。スペイン人監督は、即効性はないかもしれないけれど、時間をかければ本当にすごくいい作品というか、本当のフットボールを表現できる方たちだという印象を持っています」
日本人だと言い辛そうなところをどう伝えるのか
ガンバ大阪の試合ではポヤトス監督の代わりにピッチサイドで指示を出したり、大阪ダービーでは熱さのあまり警告を受けたりと情熱的に指揮官の言葉を伝え続けている岡井通訳。サッカー界にはジョゼ・モウリーニョ監督や間瀬秀一氏ら、通訳出身の指導者がいる。岡井さんが将来的に目指すのも監督だ
「絶対に指導者になるというのが自分の夢です。でも今、通訳という立場でも、凄くいろんなことを学ばせてもらっています。選手通訳とは違って監督・コーチの通訳としてテクニカルの部門にいるのですが、ここはサッカーの知識をもらえる素晴らしい環境です。
スペイン時代は、皆が情熱を持ってピッチの中での身振り手振り、声の強弱、トーンなどを使いながら、何とかして選手に伝えようとするのを見てきました。育成年代の中で生きている指導者にも、この職業で成功したいという情熱を持っている方がたくさんいました。影響を受けたグアルディオラも素晴らしい見本ですが、ダニやマルセルは自分の中で基準になっている指導者です。彼らがどういう時にバッと強く言うのか、日本人だと言い辛そうなところをどう伝えているのか、僕にとっては日々が勉強になっています。
プロ選手上がりの方も多いし色々な競争があるので、『将来S級を取ります』とか『将来、すごい指導者になります』という自信はないですよ。ただ今まで僕が培ってきたものもあるので、この世界で生きていくならば、指導者としてやっていくという夢があります」
1学年上の宇佐美貴史らプラチナ世代に憧れを抱き、京都サンガのアカデミーからプロに羽ばたいた同期から大いなる刺激を受け続けてきた岡井さん。「自分のモチベーションは彼らに追いつきたいということ」と憚らずに言い切った。立場こそ違うが同じJリーグの舞台で、日々、真剣勝負を生き抜くつもりでいる。
<#1からつづく>