【バイエルン来日】かつて在籍のG大阪FW宇佐美貴史が語るドイツ絶対王者「我(が)の強さは化け物級」

ドイツ・ブンデスリーガで11連覇中のバイエルンが日本ツアーのため来日し、26日にCL王者・マンチェスターC、29日に川崎とプレシーズンマッチ(ともに国立)を行う。数々の日本人選手がプレーするドイツの舞台で、その圧倒的な強さを示し続けているバイエルン。日本人としては唯一、バイエルンのトップチームに在籍(2011―12シーズン)したG大阪FW宇佐美貴史(31)の言葉から、ドイツ絶対王者の強さの源泉を探った。(取材・構成 金川誉)

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宇佐美がバイエルンからオファーを受けたのは、今から12年前になる。2011年の夏。当時19歳、Jリーグでその才能を発揮していた宇佐美にとっても、バイエルンからのオファーは驚きだった。

「驚きましたね、シンプルに。っていうか、そんなチームから? っていう感じでした。もちろん、すごいクラブだとはわかっていたつもりでした。でもバイエルンでの出来事を考えると、行く前はわかっていなかったな、と思います。それぐらい、ドイツ国内での価値がすごすぎて。中に入ると、その偉大さをもっと感じましたね」

ビッグネームがそろう選手の質はもちろん、グラウンドやクラブハウスの規模など、すべてが驚きの連続だった。中でも印象に残っているのが、街全体がバイエルンというクラブに誇りを持っていたことだ。

「ミュンヘンという街全体で、バイエルンをサポートしていると感じですかね。ミュンヘンで暮らす人たちにとって、バイエルンは誇り。それは市民だけじゃない。たとえば空港で働く人たちにとっても。チームで移動の際は、空港でもチケットはいらない。(チーム)バスが飛行機の横まで着きました。欧州CLの時は、ミュンヘンにあるすごく美味しいレストランのシェフが、チームのために食事をつくりに来てくれました。あとは…リベリ(元フランス代表FW)は駐禁(駐車禁止)を切られないとか。リベリの車だとわかったら、駐禁(取り締まりの)の人が、あいつだったらいいか…と離れていったり。治外法権が発生するんや…ぐらいに思った記憶があります」

またサポーターが作り上げるスタジアムの雰囲気も、特別だった。絶対王者であるからこそ、本拠地・アリアンツアレーナには、他スタジアムとの違いがあった。

「応援の熱は、ドルトムントとかの方がすごいんですよ。でも、なんて言うのか…ドルトムントのファンは、サッカーを見に来ていて、おれ達の声で勝たせてやる、という空気。バイエルンのファンは、芸術を見にきている、というか。もちろん声もすごいんですけど、ゴール裏を除くと、ずっと全員が(チャントを)歌っているわけではなく。極端に言えば、どうせ勝つやろう? どうやって勝ってくれるの? と見ている感じですかね」

そんな環境に支えられたワールドクラスの集団に、欧州初挑戦の宇佐美は飛び込んだ。そこではチーム内におけるプライド、エゴのぶつかり合いにも直面したと言う。

「ロッベン(元オランダ代表FW)、リベリは言わずもがなですけど、シュバインシュタイガー、ラーム、トニクロース、ミュラーというドイツ代表のカルテットはすごかったっすね。当時はドイツ代表組と、リベリ兄貴率いる若手組が数人、ブラジル人などのラテン系、セルビア、クロアチア系など、いくつかのグループがありました。ロッベンは一匹狼でしたね。僕はペーターセン(宇佐美と同年に加入。リオ五輪得点王の元ドイツ代表 ブンデスリーガで途中出場からの得点記録を作り、昨季フライブルクで現役引退)と仲がよく、アラバ(オーストリア代表MF、現Rマドリード)とも年が近く、バスの席がリベリと近くていじられたりしていたので、若手組にちょっといる感じでしたね。ドイツ代表組には、相手にされていないという感覚でした。下に見られているな、という思いはありましたけど、当時はそりゃそうやろ、と。むしろ下から来られても気持ち悪いわ、と思っていたので。まったく嫌な思いはしていませんでしたけど」

簡単には認めてもらえない世界。だからこそ、必死にもがいた日々だった。宇佐美はこの年、トップチームでの出場は計5試合1得点。爪痕を残すとまでは至らず、1年でチームを去ることになった。この場所で生き残ることが、どれだけ難しいことなのか理解している。だからこそ、33歳となった昨季もバイエルンの中心として活躍した元ドイツ代表FWトーマス・ミュラー(日本ツアーは負傷により不参加)の偉大さを、感じずにはいられなかった。

「ミュラーはめっちゃ気のいい兄ちゃんでした。性格は底抜けに明るく、陽キャで笑顔を見せない日はない。ただ練習では、うまい、と思ったことは、彼に関してはないかもしれない。でもゲーム(試合形式)をやると、ミュラーがいるチームが勝つんです。得点、アシストもできますけど、そうじゃなくてもゴールの2つ3つ前には彼がいる。チームの線を繋いでいくというか、コネクトさせていく選手。だから、ずっと(チームに)いられるんじゃないですか。人としても素晴らしいですし。止める、蹴るの基礎能力はもちろん高い。でもドリブルで1、2人ぶち抜くとか、そういうことができるわけじゃない。おそらく若いうちからロッベンやリベリのプレーを見てきて、同じ土俵で戦ってはいけない、とわかっていたんじゃないかなと。学ぶところだらけでしたけど、あんな風にはなれなかったですね」

宇佐美が在籍した11―12年シーズン、バイエルンはリーグ、欧州CL、カップ戦とすべて準優勝に終わった。タイトルを義務づけられたクラブがそれを逃した際、そのショックは計り知れない。特に宇佐美が日本人として初めてベンチ入りを果たしたCL決勝で、PK戦の末にチェルシーに敗れた後、ミュンヘンの様子は衝撃的だった。

「CLが終わった時は、街がゴーストタウンみたいでした。ミュンヘンで決勝が行われたので、(優勝)パレードをする準備万端だったんです。それがなくなって。閑散とする、とはこういうことか、と。でも結局、次の年にそれをバネにしてるじゃないですか。結果論ですけど。そこがやっぱり、バイエルンのすごいところかな」

この翌年(12―13シーズン)、バイエルンはドルトムントを下して欧州CL優勝を果たし、見事前年度のリベンジを果たした。さらに同年はリーグ、カップ戦も含めた3冠を達成。昨季でブンデスリーガ11連覇を達成したが、その初年度がこの年だ。そんな偉大なクラブで、個人としては成功は出来なかったとは言え、加入を選んだことに一切の後悔はないという。

「経験値としてものすごく大きかったし、世界のトップクラブはこうなんだ、と感じられた。環境、起こる事件、試合の規模、移動、食事、全部ですね。一番は何かと聞かれれば、サッカーのレベルです。あと全員の我(が)の強さ。もう化け物級です。けんかが始まったら収まらない。言い合ったら、相手の意見が正しい、と受け入れるやつなんて絶対いない。言い合い続けて、バーンと(殴りに)いっちゃうこともある。ロッベンもリベリーにいっちゃったこともあるし。僕も言い返せる時は、言い返すようになりました。あと、絶対にごめんとは言わない。黙って目を見てにらみ返す、とかね」

欧州サッカー界で生き抜くため、必要なことの多くを学んだことは、その後の血肉となった。バイエルンの試合は、現在でもチェックする機会も多いという。

「僕がいたときは、まだ少し閉鎖的というが、ドイツ人アイデンティティみたいなものが強い印象がありました。今は世界の流れもあって、よりインターナショナルなチームになりましたよね。ただドイツ人選手が中心で、ドイツ人監督が率いるチームであって欲しい、という感覚もあります。それでも(ドイツ代表MF)ムシアラみたいな、えぐい選手も出てきたりもしてますね。W杯の日本戦を見ても、一番うまいやん、と。(今季加入した韓国代表DF)キム・ミンジェは(昨季までプレーしたイタリア)ナポリですごすぎたので、そのパフォーマンスが出せれば絶対に活躍すると思います。ただ(フランス代表DF)ウパメカノもすごい選手ですけど、去年1年あまりよくなかったら、すぐにそこにバーンと(同ポジションの)選手を取ってくる。そこの見切りが早いですよね」

現在、バイエルンには男子では宇佐美以来の日本人選手となるMF福井太智が在籍。セカンドチームで研さんを積み、トップチーム昇格を目指している。いつか宇佐美は、またバイエルンのトップチームで日本人選手がプレーすることを心待ちにしているという。

「(福井と)面識はないんですけど、単純に頑張ってほしい、と思っています。是非トップに上がってプレーしてほしいですね。いつかは話しをしてみたいですね、僕がいた当時と今の差を」

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