【インタビュー後編】「ベルギー2部とJ1は同レベル」…ACAFPが選手獲得時に重視する3つのポイント
【欧州・海外サッカーニュース】東フランダース地域のデインズ市をホームタウンとするフットボールクラブ、KMSKデインズ。MF宮本優太が所属しているクラブの全5回特集。第4回目はデインズの経営権を持つACAフットボール・パートナーズ(ACAFP)でチーフ・フットボール・オフィサー(CFO)を務めるアドリアン・エスパラガ氏のインタビュー内容をお届けする。後編では実際に選手獲得時に重視するポイントにフォーカスし、日本を含むアジア市場の可能性にも迫る。
Jリーグは「欧州のトップリーグに近づいている」
取材・文=舩木 渉
写真=KMSK Deinze
「アジア発」のマルチクラブ・オーナーシップ(MCO)を実践するACAフットボール・パートナーズ(ACAFP)は、まだ小さなローカルクラブに過ぎないKMSKデインズやトレモリーノスCFをグローバルなブランドに成長させようとしている。競争の激しい欧州サッカー界で今後仲間に加わるクラブとも連携し、それぞれを継続的に発展させてMCOをビジネスとしても成立させることがACAFPのミッションだ。
ACAFPのスポーツ部門での陣頭指揮を執るアドリアン・エスパラガCFO(チーフ・フットボール・オフィサー)は「我々は違う特徴を持ったクラブ同士をつなぎ、ネットワーク内のすべての選手が利益を得られるような仕組みを、我々の文脈の中で作ろうとしているのです」と語る。
スペイン出身のエスパラガ氏は、欧州各国の強豪クラブでスカウト部門を歴任。レスター・シティ時代にはハリー・マグワイア(現マンチェスター・ユナイテッド)やジェームズ・マディソン、ボルドーでは元ガンバ大阪のファン・ウィジョ(現FCソウル)、ベティスではレアンドロ・ダミアン(現川崎フロンターレ)らの獲得に関するスカウティングや同時期のクラブ運営に携わってきた。
ゆえに欧州域内で求められる選手の特徴やクオリティについて深い理解があり、それに基づいてスカウティングや選手獲得における明確な基準も持っている。MCOのネットワーク内で移籍やスカウティング、育成の共通理解を形成するのもACAFPのCFOとしての重要な職務の一つだ。
また、選手はクラブにとって最も重要な資産であり、MCOにおいてもビジネスの鍵になる存在になる。単一クラブの経営とは違い、MCOには選手の市場価値を高めるための循環をネットワーク内に構築できる強みがある。では、様々な国で多種多様な選手と関わってきた若きCFOは、ACAFPのプロジェクトの中でどんな人材を求めているのだろうか。
「我々が獲得する選手は2種類に分けられます。まずはチームの目標達成のために即戦力になってくれる経験豊富な選手。もう一つは、ポテンシャルがあり、我々のもとでプレーすることにより現在のパフォーマンスよりさらにいいものを引き出せると感じる選手です。これら2種類の選手たちが両輪となってチームのサイクルが作られます。
また、経験の多少にかかわらず選手獲得において重視するポイントが3つあります。1つ目はインテリジェンスです。ゲームを理解し、流れを読めて、スペースがどこにあるか理解できるかなど、ポジションに関係なく全員が持っているべき要素でしょう。
2つ目は求められたことをきちんとこなせる技術的な能力が備わっていること。3つ目は精神面です。我々が契約する選手には、目標を達成するために十分な闘争心や勝者のメンタリティを求めます」
こうした基準に合致した最初の日本人選手が、今年1月に浦和レッズから期限付き移籍でデインズに加入したDF宮本優太だった。エスパラガ氏は、宮本の獲得を決めた理由を次のように説明する。
「我々が優太と契約したのは、ベルギーリーグに見合う能力を示してくれていたからです。強度やスピードなどに関し、ベルギー2部とJ1はほぼ同じレベルにあると考えている中で、彼は我々のチームに入ってもうまくプレーできるだろうと感じました。彼はゲームを正しく理解でき、正しいパスを出す、正しいスペースを使うなどピッチ上での判断が非常に早い。そして、もっと成長できるポテンシャルがあるとも感じました」
結局、宮本はリーグ戦で2試合の途中出場のみと満足な結果を残すことはできなかった。Jリーグの2022シーズン終了から長期間のオフを経て加入したこと、監督交代を経てチームが安定して上位6クラブによる昇格プレーオフ進出を狙える状況になったことでデインズ内のメンバーを変えづらくなったこと、ベルギーの環境適応に十分な時間がなかったことなど難しい条件が重なってしまった。しかし、その中でもエスパラガ氏は宮本の日々の取り組みや成長ぶりを高く評価した。
「一生懸命練習して、展開を読む力や戦術理解などにおいて素晴らしい成長を見せてくれました。デインズでの経験はこれからのキャリアにおいて生きるでしょう。優太がここに来る前よりも優れた選手になっているのは間違いないと思います」
宮本は半年間の期限付き移籍を終えて浦和へ復帰することになったが、Jリーグではたくさんの有望なタレントがチャンスを虎視眈々とうかがっている。そうしたまだ掘り起こされていない才能を見出すべく、欧州各国のクラブは日本の動向に目を光らせているという。「欧州トップクラブの8割以上がJリーグの試合を毎週チェックしてているはず。CLに出場するようなクラブもアジアの選手をしっかり見ています」と語るエスパラガ氏は、6年前からJリーグを定期的に追いかけるようになった。
ベルギーでのシーズンを終えた今年5月末には来日してJリーグの試合を現地視察。エスパラガ氏は「日本のサッカーレベルの向上を目の当たりにして、驚きました」と才能あふれる選手たちの躍動する姿に目を輝かせた。
「私がJリーグをモニタリングし始めた頃に比べてすごくレベルが上がっていますし、欧州のトップリーグに近づいていると感じます。インテンシティも高く、選手のメンタリティがいい。このまま成長を続ければ、日本代表が世界でトップ10のチームになる日も近いのではないかと思いました」
「東南アジアと欧州のサッカーには大きなギャップがある」
ACAFPは「アジア発」ということもあり、アジア出身のタレント発掘にも力を入れており、今後さらなる日本人選手の獲得に動く可能性は十分にある。ただ、経営陣のトップが日本人だからといって日本人選手の獲得にこだわるのではなく、近年急速な発展を遂げる東南アジアからも有望な若手選手を見出し、欧州の市場に乗せていくこともプロジェクト内の重要施策に位置づけている。実際に今季は東南アジア出身の選手を2人獲得した。
特にインドネシア代表でも活躍する18歳のMFマルセリーノ・フェルディナンは、冬にデインズに加入するとベルギー2部で初ゴールを奪うなど確かな存在感を発揮。ACAFPの取り組みを象徴する選手の一人となっている。エスパラガ氏もそのタレント性の大きさには舌を巻く。
「マルセリーノは東南アジアでも屈指のポテンシャルを持つ選手です。順調に成長すれば、ベルギー2部のレベルを超える選手になる。すでにピッチ上で彼自身の能力を証明していますし、チームへの溶け込みも早く、ゴールも決めるなど素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。彼の進歩を非常にうれしく思います」
デインズには他にシンガポール代表のFWイルハン・ファンディも在籍している。シンガポールサッカー界のレジェンドを父に持つストライカーは負傷のためまだ実戦デビューを果たせていないが、将来を嘱望されるタレントなのは間違いない。
ACAFPはマルセリーノやイルハンのような東南アジアの若手有望株を探し、積極的にチャンスを与えていくつもりだ。ただ、闇雲に若い選手を欧州に連れて来ればいいというわけではない。現実的には「東南アジアと欧州のサッカーには大きなギャップがある」とエスパラガ氏は語る。
「東南アジアにはポテンシャルの大きな選手がたくさんいます。ただ、欧州では現在プレーしているリーグよりも早い判断が求められることに留意しなければなりません。ベルギーに限らず、欧州では試合中に判断を下すまでに与えられる時間が少ないので、正しいプレーをするためには水準以上の戦術的な素養が必要になります。
フィジカル能力やテクニックは練習で伸ばすことが可能ですが、判断の早さと質を練習で高めるのは非常に難しく、簡単に身につくものではありません。東南アジアのサッカーは毎年どんどん成長していますし、欧州の基準に近づいてはいます。ただ、東南アジアのリーグには、欧州の基準まで判断の早さを上げられる環境がまだないのです」
すでにデインズに所属し「将来的には欧州のもっと高いカテゴリでプレーできる」と称えるマルセリーノのような選手は極めて珍しいのが現状だ。プレー強度や展開のスピード、それに伴って求められる判断の早さや正確さは欧州と東南アジアを隔てる大きな「ギャップ」になっている。
ただ、アジアからやってくる将来性のある人材を欧州仕様に進化させるための仕組みは出来上がりつつある。スペイン5部相当のトレモリーノスが、アジア人選手の欧州への適応を促す場となるのだ。これぞまさしくカテゴリの異なる複数のクラブがMCOのネットワークを構築していることの強みである。
ベルギーにもU-21チームが参加するリザーブリーグは整備されているが、そこでは基本的に同年代の選手としか戦うことができない。一方でカテゴリこそ下がるものの、スペイン5部にはプロとしての経験がより豊富な選手たちと競いながら実戦経験を積める場がある。アジアとデインズのトップチームの間をつなぐ役割を担う「ブルーミングステージ」としてトレモリーノスの存在価値は高い。
マルセリーノがU-22インドネシア代表として参戦したSEA Games(東南アジア競技大会)を見ていても、東南アジアには若くて将来有望な原石がひしめいているのは明らかだ。だが、代表チームのワールドカップでの実績は乏しく、日本人や韓国人などと比べて個人として欧州サッカー界に名を残した選手が極めて少ないなど、いわゆる「成功例」がないという現実も無視することはできない。エスパラガ氏が指摘したような「ギャップ」も簡単には埋まらないだろう。
だが、対岸に飛び移れるかわからない幅の広い川も、橋を渡してあげれば誰でも対岸へ行くことができるようになる。つまり大きな「ギャップ」を一気に越えさせるのではなく、その間に選手個々に合わせた「ステップ」を用意することで、より確実に成功へ導けるのがMCOの利点なのである。
アジア市場に特大のポテンシャルが眠っているという事実に疑いの余地はない。ACAFPはそこから才能を掘り起こし、MCOの強みを活用した様々なキャリアパスを整備して欧州の競争環境の中で成長を促そうとしている。そして、アジアから欧州に挑戦する選手から「成功例」が生まれる確率を上げることも重要なミッションの一つだ。
すでにデインズと契約しているマルセリーノやイルハンをはじめとした先駆者たちが欧州で実績を残すことができれば、それによる刺激が東南アジアサッカー界全体の発展につながっていく可能性は十分にある。かつての日本サッカーがそうであったように。