歴史的勝利から一夜明けてヒーローの1人堂安律が「昨日の結果は忘れた方がいい」と語る理由とは…“落選”原口元気から背番号「8」を託された裏話も

「大きな試合をしたと思うがまだ歴史は変わっていない」

 周囲を驚かせた移籍を、堂安はこんな言葉で説明したことがある。

「チームの格はPSVの方が上だと僕もわかっています。PSVで活躍した方がさらにビッグクラブへ移籍できると周囲は思うかもしれない。それでも少し遠回りに映るかもしれないけど、僕自身が強くなるための、上手くなるための、成長するための一番の近道だと信じて決断しました」

2020-21シーズンの堂安はブンデスリーガ1部で全34試合に出場した。しかし、昇格チームならば出場機会を得られる、という安易な理由で期限付き移籍を選んだわけではなかった。心身ともに充実した1年間を、堂安はこんな言葉で振り返ったことがある。

「大きな成長曲線を描きながら、自分がさらに化けていくためには環境を、つまりプレーする国を変えることが選択肢のひとつになっていた。実際、国によるスタイルの違いはこんなにも大きいものなのかと、シーズンを通して新鮮な気持ちでプレーできた」

ビーレフェルト側は完全移籍での堂安の獲得を目指した。しかし、コロナ禍で財政事情が悪化した影響で断念。堂安の変化を振り返る惜別のコメントを、公式ホームページ上で綴っている。

「遊び心や創造性、驚きの連続で瞬く間に相手チームが守りにくい武器へと成長を遂げた」

どん底からのV字回復を遂げた軌跡の背景には、急がば回れ、にも通じる決断ともうひとつ、堂安をして「僕って常に勘違いするんですよ」と苦笑させる性格があった。

「当時もW杯で絶対に点を取ると勝手に思い込んでいた。絶不調で先がまったく見えないなかでも、そうしたイメージだけは忘れなかった。壁に当たったときの唯一の救いになった自分の性格には感謝したいし、この性格が前を向いてトレーニングを続けられた秘訣になった。逃げずに戦ってきた結果が昨日のゴールになったんじゃないかと思うし、周囲から『あいつ、終わったな』と見られてからの方が、自分の力の見せどころだと思っているので」

最悪の時期を経験していたからこそ、今年3月シリーズで選外になっても落ち込まなかった。むしろ客観的な視線で代表戦を見た堂安の胸中に、新たな思いが込み上げてきた。

「みんな輝いていて率直にかっこいいと思ったし、この一員になりたいとあらためてハングリーな気持ちにもなれた。6月シリーズで復帰したときは調子がよかったし、精神的にもかなり自信を持ってプレーできた。そうしたプレーの感覚と緊張感を常にキープすることを9月シリーズ、そして今回のW杯と意識している。いい意味での落ち着きが出てきたと思っています」

迎えた今月1日。カタールW杯に臨む日本代表メンバー26人のなかに堂安も名を連ねた。ほどなくして背番号を日本サッカー協会から打診された。まさかの落選となった原口が、3試合に出場して1ゴールを決めた前回ロシア大会を含めて、長く象徴としてきた8番だった。

「(原口)元気君に何も聞かずにつけることはできなかったので、ちょっとやり取りをして。元気君は前回大会で点を取っているし、縁起のいい背番号だと思って『その運を僕にもちょっと分けてください』といった話もしながら、8番をつけさせてもらいました」

やり取りを締めくくるように、原口は8番についてこう語ったと堂安は明かす。

「律につけてほしい、と。元気君はそう言ってくれました」

魂が込められたバトンを、堂安もしっかりと握り締めた。そして、背中の8番を通じて原口の思いをも背負った堂安が、世紀の番狂わせへの序章となる同点ゴールを叩き込んだ。ロシアからカタールへ、W杯を結びつける4年越しのドラマが紡がれた瞬間でもあった。

しかし、日本はカタールの地でまだ何も成し遂げていない。中3日で迎える第2戦の相手コスタリカは、23日のグループステージ初戦でスペインに0-7の大敗を喫した。それでも堂安は「昨日の結果は忘れた方がいいと思っている」と表情を引き締める。

「一見するとメンタルがやられてて弱気になって、日本にとって有利だと思われがちですけど、W杯は本当に夢の舞台なので。もうあきらめる、という国や選手は世界中のどこにもいない」

ともに優勝経験のあるドイツ、スペインと同組になった時点で、日本は第2戦での勝ち点3ポイント獲得を決勝トーナメント進出への絶対条件として掲げた。初戦で日本がドイツを破り、コスタリカが大敗を喫しても、第2戦へ臨む上でのスタンスはまったく変わらない。

コスタリカを甘く見た試合運びは厳禁。断崖絶壁に追い詰められ、それでも生き残ろうとがむしゃらに勝利を求めてくる相手をしっかりとリスペクト。その上で確実に勝利を手にする90分間に求められるマインド設定が、堂安の言葉のなかに凝縮されている。 (文責・藤江直人/スポーツライター)

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