「本当に大丈夫なのか?」宇佐美貴史は安堵、昌子源は涙…ガンバ大阪が“弱者のサッカー”で手にしたJ1残留のドラマをカメラマンが激写
本当にそれで大丈夫なのだろうか?
東口順昭がゆっくりとボールを処理する様子を見て、私は思わずカメラを構えるのをやめ、ポケットからスマートフォンを取り出した。
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2022年のJ1最終節、鹿島アントラーズ対ガンバ大阪は、0-0のまま進行していた。試合時間はまだ20分近く残されている。画面に表示された速報のページは、残留を争う京都サンガはジュビロ磐田とスコアレスで、清水エスパルスはコンサドーレ札幌と点の奪い合いを繰り広げていることを教えてくれた。それぞれの試合は、どんな結末を迎えるのか全く予想できない状況だった。
勝ち点1を死守するために「時間稼ぎ」も辞さず
勝ち点36のガンバ、35でプレーオフ出場圏の京都サンガ、33で自動降格圏の清水エスパルス、という状況で迎えた最終節。ガンバは勝ち点1を獲得すれば、ひとまず自動降格を回避することができる。
しかし、もし敗れれば、京都が引き分け以上かつ清水が勝利という結果になった場合、来季はJ2で戦うことになる。
立ち上がりから、ガンバのサッカーはシンプルだった。システムは4-4-2。攻撃は食野亮太郎とファン・アラーノの両サイドハーフがボールを運び、そこに宇佐美貴史とサイドバックが必要最低限だけ絡んでペナルティエリア内のパトリックに向けてボールを入れる、というリスクをとらないものだった。
食野とアラーノは守備でも奔走し、全体がコンパクトな陣形を維持し続けた。広範囲に動き回って攻撃のスイッチを入れようとする鈴木優磨に対しては、どっしりと構えてその後の展開に備える場面と、昌子源が最終ラインからついて行き激しくチェックする場面とを使い分けながら柔軟に対応。両チームともクロスが主体となったが、互いにディフェンス陣が弾き返し続け、前半はどちらにもゴールの気配がなかった。
後半になると鹿島は前線の立ち位置を整理し、効果的にボールを動かすようになる。鈴木や途中出場の荒木遼太郎がゴールを脅かす場面が出てきた。そして63分、献身的に走り続けたアラーノが足を痛めてピッチを去ると、試合は一方的な鹿島ペースに。冒頭の東口のプレーは、そんなタイミングで見られたものだ。
もちろんこれは、ボールが持てなくなり攻撃を受け続けることになってしまったチームを落ち着かせるものでもあっただろう。しかし、押され続けているガンバ全体が、勝ち点3ではなく勝ち点1を死守することに舵を切ったことを強く感じさせるものでもあった。その後、ようやく自陣でボールを持てたウェリントン・シウバが無理をせずに下げたり、高い位置まで来てもコーナーフラッグ付近でボールをキープしたりと、ガンバが勝ち点1を目指していることがわかりやすく伝わってくる場面が増えていった。
松田監督「自動降格だけは避けなければ、と…」
本当に大丈夫なのか?
外から見ている人間がそう思うのであれば、ピッチ内にはより強い疑念があってもおかしくはない。この試合を前に松田浩監督は「人生の99.9%の心配が無駄なこと、と言われている」とも語っていたが、これだけの大一番で、心配するなというのは難しい話だろう。
指揮官は「選手たちも(他が)気になっていた」と試合後に明かしている。ピッチに他会場の情報が伝えられたのは「最後の10分を過ぎてから」(松田監督)だった。それでも、京都はいまだにスコアレス、清水は相変わらず激しい打ち合い。他会場のスコアは依然として先行き不透明なものだった。アディショナルタイムに突入して試合終了が近づくと、黒川圭介やパトリックがベンチと改めて言葉を交わしていた。
試合は0-0で終わり、ガンバはひとまず自動降格を回避することに成功。あとは京都の結果次第で残留が決まる。ピッチで最後の整列が行われている中、ベンチ前ではスタッフも選手たちもタブレットを囲んでいた。
鹿島の最終戦セレモニーが予定されていたが、なかなかガンバの行く末が確定しない。「とりあえずサポーターへの挨拶を」とスタッフが促しても、当然選手たちが気になるのは他会場の結果だ。選手たちはベンチの方をちらちらと見ながらサポーターの前に移動したが、やはりそのまま挨拶するわけにはいかなかった。その場にしばらくとどまり、静かに祈るしかない。サポーターも手中のスマートフォンに目を向けていた。
4分と表示されていた後半のアディショナルタイムと同じくらい長く感じる時間が経ったころ、三浦弦太が両手を合わせて結果を待っている様子を撮影していると、突然歓声が上がった。京都が引き分けに終わり、ガンバのJ1残留が決定したのだ。パトリックが叫び、アラーノが目を潤ませながらサポーターを煽る。鹿島サポーターからも拍手が起こる中、ガンバサポーターから「松田オレ!」のチャントが響くと、共に苦しい状況でガンバにやってきた松田監督とアラーノが静かに抱擁を交わした。
パトリックへの放り込みから始まり、最後は攻撃を受け続けながらも時間を稼ぎ引き分けを手にした。苦しんだシーズンの最後に見せたのはあまりにもガンバらしくない“弱者のサッカー”だった。しかし、それよりも結果が全ての日だった。松田監督は「勝てれば理想的でしたけど、勝ち点1が入ればプレーオフは保証されます。今日すんなり(残留が)決まらなくても、苦労はするけれど自動降格だけは避けなければいけない、という思いがありました」と語った。
昌子源は「苦しかった」と涙
今シーズンのガンバは上手くいかないことだらけだった。片野坂知宏前監督が「私が培ってきた経験や情熱の全てを捧げ、皆さまに喜んでいただける、応援をしたくなる最強のチーム作りをしていきたい」と就任したものの、理想的な補強をすることができず、シーズン序盤には東口や宇佐美、倉田秋といったチームの核となる存在が離脱。チームを成熟させていくよりも、どう立て直していくか、というスタートになってしまった。自分たちのスタイルを手に入れて能動的に相手を上回る、という当初の予定は崩れ、試合ごとに受動的に相手に対応することが最優先事項にならざるをえなかった。
上昇の兆しが全くなかったわけではなかった。4月には2日の名古屋戦に勝利すると、6日の京都戦では引き分けに終わったものの新戦力のダワンが齊藤未月とのダブルボランチで躍動。新型コロナウイルスの感染による離脱も多い中、5月には神戸と柏に連勝も記録した。しかし、多数の離脱者と過密日程が重なった中でやりくりを続けるチームは安定するには至らず下位に沈んだ。
8月14日にはホームで残留を争う清水に敗れ、片野坂監督を解任。松田新監督のもと、残留だけを目指して戦うことになった。新体制の初陣となった広島戦こそ2-5で落としたものの、名古屋戦、福岡戦と完封で連勝。守備の安定がついに実現したが、9月18日、神戸との残留争いの大一番では大迫勇也がハイパフォーマンスを見せ敗戦。いよいよ降格が現実味を帯びてきた。
しかし、ガンバはそこから盛り返した。10月の3試合を2勝1分で乗り切り勝ち点を積み重ね、鹿島との最終戦を15位で迎えることになった。
4-4-2で割り切った戦い方を我慢強く実現できるようになったが、それだけが理由ではない。“弱者のサッカー”を遂行するだけでは、最後の最後まで我慢しきることは難しかっただろう。鹿島戦後、フラッシュインタビューで昌子は「苦しかった」と涙を見せた。残留争いの最後に待ち構えている壮絶なプレッシャーの中で、本当に「我慢するだけ」だったのならば、選手たちは果たして耐えきることができただろうか。
ガンバには、自分たちがどんなに苦しい状況になっても希望を感じることができる存在が必要だった。
大きかった宇佐美貴史のカムバック
今季ノーゴールに終わったが、長期離脱していた宇佐美の復帰(10月1日の柏戦から)が大きな助けになった。松田監督が「ボールを引き出したり収めたり、攻撃を活性化するところに寄与してくれるので、落ち着いた試合を進めることができるようになる。相手がちょっと構えるところができ、それを利用して戦える」と語ったように、個人のクオリティだけでなく、チーム全体に「自分たちはただ耐えるだけではない」という精神的な余裕をもたらした。苦しい時間でも、あるいは、もし自分が失敗したとしても「彼がいれば何とかしてくれる」と思える存在。キャプテンマークを巻く背番号39は数字以上の貢献を果たしていた。
昌子は10月29日の磐田戦を前にこう語っている。
「思う存分彼にしがみついていいと思う。彼はガンバのエースを背負ってきた。頼っていい」
3月6日にアキレス腱断裂という大怪我を負い、今季絶望かと思われたが、エースは最後に帰ってきた。
宇佐美は、残留が決まると歓喜よりも安堵が上回った表情を見せた。もし自身の離脱が無ければ片野坂監督のガンバには違う未来があったかもしれないが、勝負の世界に「たられば」はない。「最低限のノルマを達成できた。だけど、爆発的な喜びとか、よく頑張った、という気持ちにはなっていない」と語る30歳は、「安心していると同時に、来年はもっと上で、レベルの高い重圧を感じながらサッカーがしたい」と早くも先を見据えていた。
終わりよければ全てよし、というわけにはいかない。「強いガンバを取り戻す」はずだったシーズンで、プライドをかなぐり捨て、弱者であることを受け入れてなんとか残留を勝ち取った。来季こそ、ゴールでサポーターに歓喜を届ける“オオサカスタイル”を貫けるか。