「キャプテン翼」南葛SCの経営に、ブランド品買い取り、販売「バリュエンスHD」が参画した理由

人気サッカー漫画「キャプテン翼」の作者、高橋陽一氏(61)がオーナーを務める関東1部リーグ、南葛SCの経営に、ブランド品の買い取り、販売などを手掛けるバリュエンスホールディングス(HD)が参画している。株式の33%を取得し、同社社長の嵜本晋輔氏(40)が取締役に就任。現在はJ1から数えて5部相当だが、Jリーグ入りを目指し、IP(知的財産)ビジネスなどを活用した「これまでにないサッカークラブ経営」を掲げる。G大阪の元選手でJリーガー初の上場企業社長としても注目される嵜本氏が産経新聞の取材に応じ、南葛SCの魅力を語った。

■ポテンシャルに無限の可能性

--パートナーシップ契約を結んだ経緯は

嵜本「自身の転機となったことへの感謝の気持ちも込め、G大阪のスポンサーをしてきました。そこからもっと『自分事』として、選手やサッカー界に恩返しするにはどうすればいいかを考えたときに、クラブ経営に携わるべきだと思ったんです。南葛SCの岩本義弘ゼネラルマネジャーに僕の方からアプローチし、直談判しました」

--南葛SCは「キャプテン翼」の主人公、大空翼が小学生時代に所属したチームと同じ名前。そこにもひかれたのですか

嵜本「正直、最初はJ1、J2クラブの経営に関わる視点でしか見れていませんでした。しかし、G大阪で一緒にプレーした(元日本代表FWの)大黒将志さんから助言をもらうなどし、知れば知るほど南葛SCのポテンシャルに無限の可能性を感じました。金の卵ではないですが、このクラブしかないという確信を持ちました」

--ポテンシャルとは

嵜本「高橋先生がオーナーなので、キャプテン翼のあらゆるキャラクター、IPを世界のクラブで唯一使えます。たとえば、大空翼が描かれたマグカップやタオルを販売できるという、他者にはマネできない強みがあります。(キャプテン翼は)日本だけではなく、世界で圧倒的な知名度を誇るキラーコンテンツです。これからのクラブは日本市場だけで戦うのではなく、アジアや欧州、世界で知名度を上げなきゃいけないと思います。グローバルにビジネス、クラブ経営をする上でも、非常に大きなコンテンツだといえます」

--将来像については

嵜本「南葛SCもチームといいながら、SC=スポーツクラブという形で展開していこうと岩本GMとよく話しています。これまでにない経営をやっていかないと、クラブの収益機会だけでは自立が難しくなることが将来的にも予想されているので、いろんな顧客との接点を広げ、接点の中からサッカーに興味を持っていただくことをしっかりやっていきたいと思っています」

--具体的にはどんな青写真を描いていますか

嵜本「南葛SCの経営に関わる上で、役割は明確に分けています。バリュエンスHDは選手の獲得や強化、育成にはノータッチ。収益の機会を多く獲得する意味で、IPを活用して世界中の興味を示した企業にビジネスを提案し、収益を南葛SCの強化費に回すサステナブル(持続可能)なモデルをつくっています。約30社にアプローチ中で、約10社が前向きに検討しています。GMV(流通取引総額)で3億円以上を獲得できているので、数千万円単位の収益を得ているレベル感ですが、企業数を増やしていけば1億円、2億円、3億円という形で強化費に回せるようになると思います」

--従来のコンテンツ事業やライセンス販売とは違う形ですね

嵜本「高橋先生が持たれているIPをわれわれが広告代理店のような形で、販売を企業にした上で、私たちも販売手数料という形で成果報酬をいただく形になりますが、それは自分たちの売り上げ、利益というところを取りに行くわけではありません。南葛SCの強化にどれだけ回せるかというのが、われわれの最重要キーとなっています」

■「共創社会」「ファンコミュニティー」を形成する

--南葛SCとのパートナーシップは単純な広告費でもないし、思い入れで支援するわけでもない。一番の大きなところは何でしょう

嵜本「現在は世界の幸せとか豊かさの定義が移り変わる転換期かなと思っています。これまでは物質的な豊かさが重要視され、たとえば何か高級なものを身に付けるとか、ステイタスを手に入れることとかが幸せとして定義され、誰もそれを疑うことなく、信じ込まされてきました。しかし、特に10代、20代のZ世代と言われる人たちが、そういったものにあまり興味を示さず、自分の好きなことをありのままにさらけ出すこと自体を幸せ、豊かさと捉えるようになっています。自分の好きなコミュニティーに属し、自分の好きなアーティストやアスリートを応援する。共感して一緒に時間を過ごしていくようなところに本来の幸せ、真の豊かさを感じている人たちが多くなってきています。新しい価値観と古い価値観がぶつかりあう転換期ではないでしょうか。ただ、僕たち自身も、ラグジュアリーな品物を不要な人から必要な人につなぐビジネスをしています。物質的な豊かさを体感するドメインで事業をやってきたのではないかと思います。しかしながら、世界が新たな価値観に移行する中で、僕たちのグループも、南葛SCというまさに選手とファンのコミュニティーをどれだけ大きくしていくかというところを肌で感じられる機会が得られているのは、相当なメリットだと思っています。南葛SCやスポーツはファンコミュニティーを形成する一番の起爆剤のようなものだと思っています」

--だから、このタイミングでクラブ経営を

嵜本「バリュエンスHDはこの10年、どちらかといえば売り上げ、利益を追求してきました。今は事業活動を通して社会課題や環境問題を解決することがモットーです。多くの顧客にリユースビジネスを提供するだけにとどまらず、社会課題や環境問題を提起し、価値観に共感する顧客と『共創社会』をつくることが、ファンコミュニティーの形成につながるのではないかと思っています。(両者は)全く異なる事業に見えると思いますが、南葛SCから学ばなければならないことがたくさんあります。逆にビジネスモデルを構築し、マネタイズしていく部分では、バリュエンスHDは特化してきたので、お互いが刺激し合えると思います」

--ファンコミュニティーの形成がキーワードの一つですね

嵜本「実は、われわれの売り上げの半分近くがリピーターさまによるものです。ではなぜ、競合他社が多い中で再来店していただけているかというと、結局、バリュエンスHDだからとか、(グループで展開している)『なんぼや』だからではなく、対応したコンシェルジュに信用、信頼を寄せているからだと思います。その人に会いたいと来ていただいている方が非常に多いんです。新規顧客の獲得においても、莫大(ばくだい)な広告費をかけ、旧態依然としたマスマーケをしていく時代じゃなくなるのではと思っています。同じ金額を使うのであれば、また来たくなるような、思わず人に口コミしたくなるような顧客体験をしっかりと企業としてつくり、人が人を呼び寄せることをしっかりつくっていくという意味でいくと、やはりスポーツ界とかサッカー界、南葛SCから学ぶことは非常に多いのではないかと思っています。正直、まだ僕たちは広告に依存しているような状況だと理解していますが、南葛SCは広告費をかけず、サッカーというものを対外的にしっかり発信することで、それに引き寄せられるようにファンやフォロワーが集まってきていると思います。なので、バリュエンスHDの業界でも、ファンコミュニティーをどれだけつくれるかにフォーカスしていきたいと思っています」

■40歳、会社設立10年の節目で

--バリュエンスHDにも大きなメリットがあるということですね

嵜本「リユースの会社というだけではなく、クラブ経営にも携わっていることを世界に打ち出すことで、多くの可能性も生まれます。ニューヨークやパリ、イギリス、シンガポール、香港、ドバイなど海外にも現地拠点があるので、IPビジネスなどを世界展開することで、本業との接点ができる可能性もあります。目先の利益ではまったくなく、中長期的に企業価値向上に南葛SCの経営というか、IPがつながっていけばと思っています」

--バリュエンスHDのブランディングにも役立つという考え方はどうでしょう

嵜本「いや、それももちろんあります。売り上げ、利益を追求することで、企業の価値は上がり続けてきました。資本主義経済ではそれが正しいとされてきたと思っています。一方で今はそれが否定される時代にもなっていると思っています。私利私欲だけを追求しているような会社とかのことです。むしろ得られた収益を何パーセントかでも、社会的な課題を解決するところにしっかりと投じている企業が評価される時代になっているので、われわれもそういうところを目指さないといけません。これまでの10年は自分たちの成長を重視してきた経営だったと思っていますが、ある程度自信がつき、やることが明確になった今だからこそ、事業活動を通じて社会的な課題をしっかり解決できるような、結果的に心の豊かさとか、精神的な豊かさを自分たちもですが、顧客にも提供できるような会社にしていきたいと思っています」

--今年4月に40歳になられました。会社も昨年11月に設立10年を迎えられました。そういう節目もあって考えられるようになったのですか

嵜本「年々、考えるレベルが変わっていく中で、フッとわれに返ったときに、自分たちは確かに成長はできたけど一体何を残せたのかということを考える機会が多くなりました。向こう10年はこれまでとは違う新しい経営スタイルにチャレンジしていきたいというようなことを40歳になって決意できたということです」 従来のスタンダードに固執しない

--Z世代にとって90分のサッカーは長すぎるという声があります

嵜本「1日24時間が決まっている中で、あらゆる産業が1分1秒の奪い合いをしているわけですよね。その中で現地に赴き、90分かけて応援すること自体が非効率という考え方になってもおかしくないと僕は思います。90分見なければならない常識を変えるべきなのかもしれません。90分見ることで得られるものももちろんあると思いますが、可処分時間の奪い合いの構造の中で、より多くのハイライトのシーンでいかにサッカーがおもしろいかを見せられるかじゃないでしょうか。点が入らないスポーツだから、点が入ったらおもしろいわけです。スマホを通して10秒、20秒のハイライトでも伝えられることだと思います。それで、本当のリアルなサッカーに足を運んでもらえるきっかけになると思います。マネタイズの方法も10年後、20年後には変わると思うので、リアルな収益よりもデジタルでローミング視聴するような収益の方が多くなっているかもしれません。だから今までのスタンダードに固執せず、逆にそれを目標にするような、90分見なくてもいいという形でアプローチしていくことの方が、柔軟性のあるクラブになるのではないでしょうか。これからスタジアムの建設も待っているのですが、4万人、5万人が入るスタジアムをつくるのはどうかなという思いもあります。4万~5万人のスタジアムで2万人しか入っていない状況をつくるのか、2万人しか入れないところを満員にするのか、顧客体験としてどちらがいいかといえば、絶対に満員の方がいいわけです。1枚のチケット5千円で4万人入れるのであれば、1枚1万円にして2万人入れた方がいいのではないかと思うわけです。ここはリユースから学んだところです。大きな箱をつくって満員にすることにリソースを割くよりも、少ない客席しかないところでも価値を上げていくことが求められる時代ではないかなと思っています」

--スケジュール感としてはどうでしょうか

嵜本「最短2年でJリーグに行けるわけです。最短で行きたいというのはありますが、上がることが目的ではないと思っているので…。しっかりとファンや応援していただける方を獲得し、たとえJ2やJ3であってもJ1以上に価値があるクラブをつくっていきたいと僕は思っています。そこは焦らず、じっくりいきたいですね。(今季は苦戦しているが)中長期的な視野でいうと、この状況が結果的に何かの理由になるはずなんですよ。南葛SC自体が勘違いしてしまうと、意思決定において将来もっと大きなミスをしてしまうかもしれない。有名な選手を引っ張ってきただけでは勝てない。そんなに簡単に勝てるのはサッカーではないというのを僕自身も学ばせてもらっています。非常に意味のある引き分け、負けだと解釈しています」

■視座を高く保つ

--自身にとってキャプテン翼とは

嵜本「バイブルのような漫画を主体にしたクラブの経営に携わるとは思っていませんでした。そういう機会を手に入れたからこそ、より多くの人に魅力、精神的な部分も伝えていければと思います。(キャプテン翼のキャラクターの中では)僕は大空翼が一番好きで…。プレーだけでなく、チームをしっかり束ねるというか、キャッチーなことを言い、メンバー全員を鼓舞するような立ち位置で、そういうストーリーの漫画だったと思います。僕も今、経営上そういう立場にいます。周りを巻き込み、ビジョンや未来を語り、優秀な人に入社していただいている。僕の視座が低くなれば企業の業績は下がると思いますし、高くなれば1人1人の可能性をもっと広げられる。優秀な人が引き寄せられる魅力ある会社にしていきたいですね」

嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)1982年4月14日生まれ、堺市出身。関大一高から2001年にG大阪に加入。1年目からMFとしてリーグ戦2試合に出場したが、03年オフに戦力外通告を受ける。日本フットボールリーグの佐川急便大阪SCに所属した04年限りで現役引退。家業のリサイクル業を手伝いながら経営を学び、ブランド品のリユース業へ。11年にバリュエンスHDの前身のSOUを設立。18年に同社を東証マザーズに上場し、Jリーガー初の上場企業社長となる。21年4月に南葛SCとパートナー契約を締結し、同年7月に取締役に就任。

https://www.iza.ne.jp/

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