ガンバ大阪・片野坂知宏監督に期待する攻撃サッカーの復活。3年でJ3チームをJ1に導いた熱血指揮官の手腕に注目
「内容から言えば浦和さんの試合だった」と勝ったチーム(ガンバ大阪)の監督が言えば、「結果は我々の内容にふさわしくないと思う」と負けたチーム(浦和レッズ)の監督は振り返った。
内容と結果が必ずしも一致しない不条理は、このスポーツの醍醐味でもある。 「これもサッカーの一部だ」 敗軍の将は、いさぎよく結果を受け入れた—-。
今季のJ1では、実に18チーム中7チームで新監督が就任している。継続性こそが強化には不可欠だが、新たな血を入れ、生まれ変わることも、クラブの発展には欠かせない。逆に言えば、発展性を見込めないから新たな監督に再建を託す、ということでもある。
今季で言えば、鹿島アントラーズ、サンフレッチェ広島、名古屋グランパス、ジュビロ磐田と優勝経験のあるチームが揃って監督を代えており、かつての名声を取り戻すべく、改革へと舵を切っている。
G大阪もそのひとつである。今季よりこのチームを指揮するのは、昨季まで大分トリニータを率いた片野坂知宏監督だ。
大分をJ2に降格させた監督と言えば聞こえは悪いが、J3に属していたチームでプレーモデルを確立させ、わずか3年でJ1 昇格を実現させた名将のイメージのほうが強いだろう。昨年末にはJ2に降格したチームを天皇杯の決勝まで導く手腕も発揮している。
その指導キャリアにも、たしかな実績が詰まっている。西野朗、ミハイロ・ペトロヴィッチ、森保一、長谷川健太と4人の名将のもとで”帝王学”を学び、その間、2008年にG大阪でアジア制覇を経験し、2012年と2013年に広島で、2014年にはG大阪とJ1リーグ”個人3連覇”を達成している。
現役時代を過ごしたG大阪では2度に渡ってコーチを務めており、大分で監督としての実績を積み、満を持しての古巣への帰還となった。
2020年に2位となったG大阪だが、昨季は残留争いにも巻き込まれるなど、13位と大きく低迷。その原因は開幕直後に新型コロナウイルスの影響で活動休止に追い込まれたことが大きいが、その後の過密日程のなかで攻撃の形を確立できず、得点数はリーグワースト4位の33。かつて攻撃サッカーで鳴らしたチームとしては、あまりにも寂しい成績だった。
ハーフタイムに交代した狙い
片野坂監督に求められるのは、その攻撃サッカーの復活だろう。3-4-2-1のシステムをベースとし、最終ラインからボールをつなぐ大分でのスタイルを、タレントが揃うG大阪でも実現できるのか。そこが今季の最重要テーマとなる。
開幕戦では退場者を出したこともあり、1-3で鹿島に完敗。続くセレッソ大阪とのルヴァンカップでも2-3と敗れている。スタイル確立がひと筋縄ではいかないことを予感させながら迎えた、浦和レッズとの一戦。しかし、リカルド・ロドリゲス体制2年目の相手に、完成度の違いを見せつけられる展開となった。
とりわけ、前半は防戦一方だった。立ち上がりからボールを支配され、右サイドの裏をたびたび突かれては、致命的なピンチを次々に招いた。
違和感を覚えたのは、ボールをつながずに、長いボールを多用したこと。GKも含めて最終ラインからボールをつなぎ、隙を見出しながらサイドや背後のスペースを一気に突く大分のサッカーをイメージしていたから、拍子抜けした感は否めない。
浦和のプレッシャーの前に、やろうとしたのにできなかったのか。あるいは結果を最優先し、リスクを回避したのか。いずれにしても、”片野坂カラー”を見出すことは難しかった。
もちろん、新たなスタイルを実現するには相応の時間を要するもの。完成度の高い相手に対し、やりたいことができないのは、この時期では致し方ないのかもしれない。
それでも、G大阪はただ黙ってその状況を受け入れていたわけではない。新監督の修正力が、まるで勝ち目のなかった試合に希望の光を灯したのである。
片野坂監督は、ハーフタイムに1トップのレアンドロ・ペレイラに代えて、ルーキーの山見大登を投入。押し込まれた右サイドにもテコ入れを図り、右WBの柳澤亘に代えてシャドーの石毛秀樹を送り込み、シャドーを務めていた小野瀬康介を右サイドに移した。その狙いはこうだ。
「レアンドロは守備を意識してやってくれましたが、疲労が見えていたので機動力のある山見を前線に入れました。柳澤も連戦ということもあったので、小野瀬をウイングハーフに戻し、守備もできてボールも持てる石毛を入れて、なんとか自分たちのペースにもっていけるような形にトライしました」
優れた指導者に欠かせない要素
その思惑が、見事にハマった。前半は弱みとなっていた右サイドの守備の強度が高まり、小野瀬と石毛の連動から相手を深く押し込む機会も増加。そして83分、相手に退場者が出た直後のプレーで右サイドを巧みに崩し、この試合で初めての決定機をゴールへとつなげるのだ。
しかも、アシストしたのは途中出場の山本悠樹で、ゴールを決めたのは同じく途中出場の福田湧矢である。動くことで流れを引き寄せた見事な采配で、結果を出せる監督であることを証明して見せた。
交代選手が躍動したのにも、理由があると思われる。殊勲のゴールを決めた福田は言う。
「熱い監督ですし、ガンバを変えたい、チームを勝たせたいという想いが伝わってくる。勝たせてあげたい気持ちが強かったし、みんなそういう気持ちだと思います」
選手のモチベーションを高め、「監督のために」と思わせる求心力は、優れた指導者に欠かせない要素である。
もちろん、気持ちを刺激するだけでは大きな成果は生み出せない。指揮官はチームの現実に厳しく目を向ける。
「本当にピンチもたくさんありました。選手が身体を張ったり、石川慧のスーパーセーブも助けてくれたり、そういった粘り強い守備というのは今後、すごく大事になっていくと思います。なんとか攻撃のところでもさらにチャンスを作れるように、少しずつですけど積み上げていけたらなと思います」
たしかにビッグセーブを連発した石川に助けられた部分は大きかったし、チャンスを作れたのも数的優位となってからである。ある意味で不条理な結果に、再現性を求めるのは難しい。だからこそ指揮官は、記念すべき初勝利に安堵こそしても、手放しで喜ぶことはしなかった。
それでも、この勝利の価値が下がることはないはずだ。2015年に天皇杯を制して以来タイトルから遠ざかる”ナニワの雄”は、この熱血指揮官のもとで復活の道を歩むことができるのか。
泥臭くつかんだこの1勝が、その一歩となるかもしれない。