G大阪はなぜ片野坂知宏監督を招へいしたのか 名将に学び、大分で叩き上げたスタイル
G大阪は23日、今季まで大分を率いた片野坂知宏監督が、来季の新監督として就任することを発表した。今季J2に降格した大分の監督を、なぜJ1のG大阪が招へいするのか、疑問に思う方もいるかもしれない。ただG大阪にとって、片野坂監督は以前から将来的な監督候補としてリストの上位にいた、いわば“恋人”だった。
50歳の片野坂監督は16年、当時J3の大分で監督としてのキャリアをスタート。GKからボールをつなぎ、相手のポジションを見ながら攻撃を構築するパスサッカーを展開し、3年間でJ1まで駆け上がった。主に3バックの3―4―3を採用し、自陣でのボール回しで相手を引き出し、一気に攻め切る攻撃は、19年に昇格したJ1でも注目を集めた。戦力的には苦しい大分を同年9位と躍進させたことで、J1優秀監督賞にも選ばれた。
また片野坂監督は、名監督の下で指導者としての“英才教育”も受けてきた。G大阪で西野朗監督(07~09年)と長谷川健太監督(14~15年)、広島ではペトロヴィッチ監督(10~11年)と森保監督(12~13年)の下でコーチを務めている。「4人の監督の下でコーチとして学び、それぞれの良さを取り入れながら、自分らしい監督像を作っていきたいと思っていました」と語るように、名将たちから学んだ経験が、指導者としての基礎となっているという。
Jリーグを代表する監督たちから、学んできた部分は多岐にわたる。西野監督からは「監督としてのマネジメント」。ピッチ内外で選手、スタッフを詳細に観察することで、心理状態などをはかる姿に感銘を受けたという。戦術の師は、ペトロヴィッチ監督だ。「3―4―3のベースとなるところを学びました」と語るように、相手が嫌がる立ち位置、それをピッチで選手に表現させるためのトレーニングの構築などを学び、自らのアイデアを加えてアップデートしていった。
森保監督からは「チーム全体のマネジメントと、選手とのコミュニケーションの部分」を吸収。練習後、選手と走りながら話を聞き、スタッフの意見も積極的に聞き入れてチームの一体感を作り上げるスタイルを学んだ。そして長谷川監督からは「選手を成長させるための厳しいアプローチ」を。メリハリで選手に刺激を与え、さらに映像を使った綿密な指導も参考にしたという。また同監督が得意とする守備が強固な4―4―2も「2016年に(大分で採用した)4―4―2は、長谷川健太さんの形がベースになっていた」と明かしていた。本人曰く「マネジメントは森保さんに近く、サッカーはミシャさん(ペトロヴィッチ)に近いんじゃないかと思います」と語る。
そんな片野坂監督を、なぜG大阪は求めたのか。そこには、かつては代名詞だった攻撃的なスタイルを取り戻したい、というクラブの思いがあるはずだ。昨季は宮本恒靖監督の下、強固な守備を生かして2位と躍進した。しかし優勝した川崎との圧倒的な差を目の当たりにし、今季は攻撃的なスタイルへの転換を目指したが苦しんだ。さらにチーム内に新型コロナのクラスターが発生した影響も受けて低迷し、宮本監督を途中解任。その後は過密日程に苦しみ、攻撃的に、などとと言う余裕はなくなった。現実的に守備から少ないチャンスを生かし切る戦いで勝ち点を積み上げ、J1残留という最低限の目標を達成したのが今季の実情だ。
片野坂監督は就任に際し、「私に託された使命はまた強いG大阪を取り戻す事だと思います。その為に私が培って来た経験や情熱の全てを捧げ、皆様に喜んで頂ける、また応援をしたくなる最強のチーム作りをして行きたいと思います」とコメントした。大分時代は決して潤沢とは言えない戦力で、攻撃に特徴あるチームをつくりあげた同監督。川崎からのオファーを受けながら残留を決断したFW宇佐美など、能力の高い選手を抱えながら低迷するG大阪で、新たなスタイルを構築できるか。「最強のチーム作り」という胸躍る言葉も飛び出した就任コメントに、期待は高まる。



