ミスしても「今考えても仕方がない」GK谷晃生に聞く、20歳なのにいつも冷静なワケ<東京五輪PK戦は“データより感覚”>
あの大舞台、あの場面。
経験値の高いベテランなら慣れたものだろうが、20歳のGKからすれば緊張しないほうがきっと難しい。極度の集中を呼び込むのもきっと容易ではない。
だがあの日も谷晃生は、落ち着いていた。何度も修羅場を潜ってきたベテランの如く、落ち着き払っていた。無理に呼吸を整えることも、テンションをコントロールすることもない。ゴール前で静かに構え、静かにキッカーと対峙した。
先の東京オリンピック男子サッカー、準々決勝のニュージーランド戦。スコアレスのままPK戦にもつれこみ、谷は2人目リベラト・カカーチェのキックを読んでボールを弾き出すと3人目クレートン・ルイスが打ったコースにも反応して、上に外させた。ベスト4進出最大の立役者となった。
「もっと緊張するところだったのかな」
「なぜ(冷静だったの)かは自分でもよく分からないんですよ。終わってみて、もっと緊張するところだったのかなっていう感じはありました。周りの選手、スタッフから声を掛けてもらっていて、ポジティブな思考しかなかった。負けたらどうしようとか、止められなかったらどうしようとか、一切そういう思考はなかったんです」
彼はそう、サラリと言った。
あれから2カ月。
湘南ベルマーレに戻り、A代表入りしてカタールワールドカップ(W杯)アジア最終予選のメンバーにも選出された。東京オリンピックでの活躍が認められたからにほかならない。
ニュージーランドとのPK戦に入る前、川口能活GKコーチと何やら話し込んでいた。相手キッカーの情報が書かれてあったが「覚えられなかった」という本人のコメントがニュースでも紹介された。ここにも泰然自若ぶりがよく表れている。普通なら必死に覚えようとしてもおかしくないが、彼は敢えて情報よりも己の感覚を優先した。無理に覚えようとはしなかったのだ。
彼は語る。
「相手選手の顔と名前が一致しなくて」
「相手選手の顔と名前が一致しなくて覚えられなくて、それに誰が蹴ってくるかも分からないじゃないですか。それが一つともう一つは、データはあくまでデータでしかないと思うんです。もちろん(データは)必要なことで頭に入れておくことも大事なんですけど、それよりも感覚で、まあいけるんじゃないかなって思った。だからそっちを優先したほうがいいんじゃないかなとあの場では感じました」
情報よりも感覚。
ボールを置く前から相手をジロジロと見て、何を考えているか、体の動きを見て、どこに蹴ろうとしているかを探った。助走を短くして打ってきた2人目を止めたシーンはまさに観察と感覚が己を助けた。
単なる幸運でも、一夜の栄光でもない。勢いだけでのし上がってきたシンデレラボーイというわけでもない。これまでの積み重ねが「あの大舞台、あの場面」で活きたのだ。
U-17W杯でのPK戦では1本も止められず
2017年10月、久保建英、中村敬斗らと臨んだU-17ワールドカップではラウンド16でイングランドと、やはりスコアレスのままPK戦となり、1本も止められずに敗れた悔しさがあった。谷も「過去の国際大会で経験があったことは大きかった」と述べる。
彼はこの年のJ3開幕戦(3月12日)、ガンバ大阪U-23の一員として16歳3カ月でJ3デビューを果たしている。だが開幕から4試合連続で先発したものの勝利に恵まれず、その後は出場機会が訪れなかった。デビューから初勝利まで1年以上を費やした。翌2018年5月のアスルクラロ沼津戦でプロ初勝利を挙げると、トップチームでもルヴァンカップで初出場を果たしている。190cmの恵まれた体躯と才覚の片鱗を示しているとはいえ、調子に波のあるGKという印象もあった。
2019年にガンバ大阪U-23の監督に就任した森下仁志からの言葉は、胸に刺さったという。
「森下さんからは“自分の感情をコントロールしろ。そうすることで絶対にいいパフォーマンスになる”とずっと言われていました。ガンバにいたころは一つのプレーでいら立つこともあったし、(周りの事象によって)自分のパフォーマンスを乱すことが自分の課題でした。だから感情のコントロールのところは日頃のトレーニングから意識するようにしていましたし、それが一定になってきたのはここ最近。ようやく少しずつ形になってきた段階なんです」
むしろ感情のコントロールが利かなかったタイプだった。試合中にミスをしたら引きずってしまっていた。どのように発想を変えていったのか。誰かにアドバイスしてもらったわけでもなく、練習や試合をこなしながら自分のやり方を見つけようとした。
自分のミスで失点すると「テンションが落ちていました」
谷が言葉を続ける。
「それこそガンバU-23で出始めたとき、自分のミスで失点とかするとテンションが落ちていました。どうすべきだったのかを考えてしまう。そこから“今考えても仕方がない。試合終わってからでいいかな”っていうマインドに変わりました。それよりも次のシュートをどう止めるか、どう防ぐかを(考えの)先に持っていっているのが今です」
緊張しないタイプかと思いきや、そんなことはまったくないと苦笑いする。試合前は「ミスするかもな」と不安に襲われる。それは昔も今も一緒だ。ただ無理に負の感情を振り払おうとせず、受け入れたうえで徐々に試合にフォーカスすることで緊張を緩和させていく自分のやり方にたどり着く。
試合前にゴールポストに触ることもその作業の一つ。「試合に臨むまでの過程」を大切にしていくと、己の感情支配をスムーズにできるようになった。
「僕のなかで休むという選択肢はなかったです」
極力、起伏をつくらない。それは安定したパフォーマンスを生むだけでなく、心身の負担をも軽減させている。
中2日、全6試合に先発フル出場した東京オリンピックが終了してベルマーレに戻ると彼は中2日で鹿島アントラーズ戦に出場している。
「疲労はなかったわけじゃないですよ。ピッチでの悔しさはピッチでしか晴らせないし、自分の状況とチームの状況を考えても、自分はいけるなと感じたので、それをそのまま(チームに)伝えました。僕のなかで休むという選択肢はなかったです」
気持ちの切り替えがなぜうまいのかを尋ねると、彼は首を横に振った。大会や事象をブツ切りするのではなく、一つのライン上に東京オリンピックもJリーグもあるというスタンスに近い。
谷の「サッカー人生史上最高のプレー」とは?
「周りの選手、スタッフは違っても、GKとして求められることはあまり変わらない。自分のプレーのクオリティをより高くすることを考えていけばいいわけですから、(切り替えの部分で)特に意識することはない」
東京オリンピックの戦いが終わったら、次は残留争いの渦中にあるJ1の戦いへ。切り替えに余分なパワーを使わないからこそ自然に移行できると言えるのかもしれない。
ベルマーレの公式サイトにある選手紹介に「50の質問」がある。その一つ、「サッカー人生史上最高のプレー」に谷は昨年11月のアウェイ、ヴィッセル神戸戦を挙げている。前半に相手の決定機を3度封じ、流れを引き寄せて2-0で勝利を飾ったゲームである。自分のプレーがチームに好影響を及ぼした意味で彼の理想に近かったと言える。
ビルドアップがうまいのは「プラスアルファだと思う」
「GKの一番の役割はシュートを止めること。僕自身の考えで言えば、ビルドアップがうまいとか、キックがうまいとかは、もちろん必要な要素ではありますけど、それってプラスアルファだと思うんです。シュートを全部止めてくれるキーパーだったら極論、ビルドアップやキックがうまくなくてもいい。でもそれが難しいから、ほかの要素が求められる。僕はそういう考えを持っています。
あの試合に関して言えば、前半は特にワンサイドゲームというくらい攻められました。うまくいかないなかでも防いで失点しなかったことでいい流れをつくれたのかなとは感じました」