<ガンバ大阪定期便・VOL17>山本悠樹と山見大登。

思えば、6月16日に行われた天皇杯2回戦『ガンバ大阪対関西学院大学』戦は、ガンバの山本悠樹と関学大4回生の山見大登にとって、今シーズンのキーになった一戦だったのかもしれない。

 いや、少なからず山本は、この一戦を前に「自分にとって今シーズンの正念場」だと話していた。昨年、後半戦から今年にかけて『宮本ガンバ』ではコンスタントに公式戦のピッチに立ってきたが、『松波ガンバ』では先発はおろか、メンバー入りすらできない時間が続いていたからだ。その間、ケガなどのアクシデントがあったわけでは決してない。だからこそ「純粋に自分の実力不足」だと受け止める一方で、天皇杯でようやく巡ってきたチャンスに期する思いは強かった。

「昨年も前半戦はなかなか試合に絡めない時期があって…でもその時は、まだまだ力不足だと感じていたのである程度、納得していた部分もあったし、どちらかというと自分が成長しなければいけない、という思いの方が強かったけど、今年はまた違ったというか。練習でも自分のパフォーマンスが取り立てて悪いとは感じていなかっただけに、正直、もどかしさはありました。ただ、そこで気持ちが折れてしまうのだけは避けたかったというか。この1年を無駄にするわけには絶対にいかないと思っていました。そういう意味ではすごく苦しい時期ではありましたけど、今回天皇杯でチャンスがきたので、しっかりと結果で自分を示したいと思います。もともと僕は大学時代も含めて『点を取ってきた選手』でしたが、考えたら去年9月の名古屋グランパス戦から得点も獲れていないし、そういう物足りなさは自分でも感じているので。『後輩たちにいい顔をしたい』というのもあるし(笑)、それを示すためにも結果が一番だと思うので、ひたむきに淡々と、でも狙っていきます(山本)」

 偶然にも自身が置かれている今のタイミングで母校との戦いに臨むことも、自分にとっては意味があることだと受け止めていた。

「思えば僕が大学生だった時も、プロチームとの対戦はすごく楽しみだったし、勝ってやるぞという…いつもとはまた違う迫力を伴ったエネルギーみたいなものがロッカーでも、ピッチでも漂っていた。そういう『勢い』が敵になるのはすごくイヤだなとは思います(笑)。でも、プロとしてのこの2年で、自分がどう変わったのかを後輩たちにピッチで示せたらいいなと思いますし、チームとしても個人としても、プロとして違いを見せなければいけないという思いがプラスに働いたらな、とも思います。基本、気負うと良くないタイプなので、あまり意識しない方がいいとは思っていますが、でもさすがに今回は放っておいても気合いが入るはずだし、純粋に僕も先輩として後輩たちがどんなプレーをしてくるのか…山見だとか、今も仲がいい選手がいるだけにすごく楽しみです。そういう意味では、僕にとっては何が何でも結果を残して自分をアピールしなければいけないチャンスだと理解しつつ、楽しみたいなという思いもあります(山本)」

 かくしてその戦いは、ガンバの勝利で幕を閉じた。立ち上がりは、関学大・山見の再三にわたる仕掛けに気圧される感もあったが11分。左サイドでウェリントン・シウバのパスを受けた山本がゴール右前のスペースをめがけてボール展開し、それを小野瀬康介が決めてファーストゴールを先制点に結びつけると、その10分後にも追加点を奪って折り返す。後半、1点差に詰め寄られてからは再び相手の勢いを受けてしまった感も否めなかったものの、最後は87分にパトリックのゴールでとどめを刺し、3-1で締めくくった。

 その試合後、関学大のエース、山見に声をかけたのは松波正信監督だ。

 強化アカデミー部長を務めていた昨年12月には、山見の能力を十分に評価した上で『2022シーズンの新加入選手』としての仮契約を済ませていたが、であればこそ、敢えて『プロ』を見据えて注文を出した。

「シュート精度を高めてくれ」

 再三にわたりガンバの守備を揺さぶりながらゴールに迫る姿を評価した上で、それを「惜しい」で終わらせないための助言。それを受けて山見もまた『プロ』との対戦によって見えた自分の力を冷静に受け止めていた。

「天皇杯でもドリブル突破の部分は通用したと自分でも感じていたので、あそこで突破して、シュートを決めきるという部分は、日頃の練習から意識していたし、シュート練習にも積極的に取り組んできました(山見)」

 もちろん、それは来シーズンを見据えてというだけではなく、所属する関学大でも自身の活躍がチームの結果を左右すると自覚していたからでもあったはずだ。だが、いずれにせよ、天皇杯で改めて感じることができた自身の課題、物足りなさが、今回、特別指定選手としてピッチに立ったJリーグデビュー戦、8月13日の24節・清水エスパルス戦での『初ゴール』につながったのは間違いないだろう。

「ガンバは小さい頃からずっと応援していたチーム。僕が初めて観たのがリーグ優勝だったので、その舞台に立つことができてとても嬉しいです。初めての試合で、緊張もしていたんですけど、チームが2連敗している状況での初出場でゴールができてよかった。いつもは左サイドでああいう形からゴールを奪うことは多いんですが、今日は右サイドで…でも左足でも右足と変わらずに蹴れるので、そういう部分も練習通りいけたかなという感じです。入って1本目のシュートはインステップで思いっきり打ったけどパワーの部分で、日本代表GKを相手にすると簡単に入らないなと感じていて、2本目は権田(修一)選手が結構ニアサイドに立っていたのが見えたので、ファーサイドにコントロールシュートみたいな感じで打ちました。1本目を外してしまったのはまだまだだと思いますし、1本打てば1点獲れるような選手になっていきたいです(山見)」

 そんな山見のプレーについて、試合後、同じピッチに立っていた関学の先輩、山本が賛辞を送る。

「まず1本目の方を決めておけよ、というのはありましたけど(笑)、ゴールシーンを含め、ああいうプレーは大学時代から見てきたので、そんなに驚かないというか。(プロの舞台でも)どうせいつかは獲るだろうと思っていて、それが今日だったということだと思います。ただチームとしても苦しい中での一発だったので大きかったし、先輩としてもすごく嬉しい(山本)」

 学生時代からプライベートも含めて仲がいいという間柄が伺える言葉。山本のいう『1本目』が自分からのパスだったということも踏まえ、敢えて皮肉を込めた。

 もっともこの日はその山本も、本来の彼らしいプレーを随所に光らせた。中でも後半、苦しい時間帯で見せたハードワーク、効果的な攻撃参加は、彼自身が今年に入り、試合に出ているか否かに関係なく、課題として取り組んできたことの1つ。清水戦で生まれた山見の『プロ初ゴール』がそうした山本の献身的な動きや、『出し手』となった小野裕二の狙いを持った縦パス、厳しい試合を無失点で乗り越えた周囲のハードワークに支えられていたことも忘れてはならない。

「攻撃でボールを持ってリズムを作るだけではなく、しんどい時間帯に誰がゴール前に顔を出し続けられるのかというのは、自分の課題というか、意識して取り組まなければいけないと思っていたことの1つでした。その継続が今日みたいにしんどい試合でこそ発揮されると思っていたので今日もそこは意識していたし、同時に、奪われた後にしんどくてもしっかりポジションに戻るということもやらなくちゃいけないことだと思っていました。そういう意味では今後も、どちらのゴール前にも顔を出していけるようなプレーヤーになっていかなければいけないと思っています(山本)」

 余談だが、先に書いた関学戦で相手のスパイクが足首に入って裂傷を負い、急遽、傷口を縫合してAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を戦うウズベキスタンに移動していたという山本。

「試合が終わってソックスを下ろしたら結構、ざっくりと深い裂傷になっていて…試合中はアドレナリンも出ていて痛みも飛んでいたし、ソックスも黒だったので分からなかったと思いますけど、実は血だらけでした(笑)。なのですぐに縫って…抜糸をしないままウズベキスタンに飛んだんですけど、ドクター曰く、また傷口が開いたらACLへの出場は絶望的だし、傷口からバイ菌でも入って腫れたらまた1〜2か月、復帰に時間が掛かるということだったので、しばらくは離脱になっていました(山本)」

 そんな足の状態でありながら、試合後、再びピッチに戻り、関学の後輩たちが陣取っていたゴール裏に向かって両手を挙げて『関学愛』を示していたなと思い出し、尋ねてみる。

「僕にとっての関学は自分を再生させてくれた場所というか。高校3年時にJクラブに練習参加をして『ちょっと無理だ』と感じ、自分から逃げた感じになった中で、自分を磨き直して、レベルアップをして自信をつけようと思って関学に行くことを選択しました。関学に行ったことで改めて『人生は挑戦しないと楽しくない』と仲間から学び、挑戦したからこそ得られる成長も実感できた。そんな古巣との対戦で…変な感覚ではあったけどやっぱり知った顔が沢山いる後輩との対戦は楽しかったし山見も含め、この中からまたプロとして戦える選手が出てきたらいいなとか、こういう戦いを経験して自分の中に目標を持つきっかけとか、刺激になったらいいなという思いもあり…。とか言いながら、ゴール裏には僕と一緒にプレーしていない、僕のことも知らない後輩が多いだろうなと思っていたんですけど (笑)。そこは、まあいいかと思って、手を振っていました(山本)」

 もっとも、後輩たちに向けたいちばんの刺激は、今後、山本と山見の二人がガンバのユニフォームをまとい、揃ってピッチで輝き続けることに他ならない。その最初の試合となった、清水戦での約15分間。いい経験も、苦い経験も、それぞれが力に変えることで実現した初めての『共演』を最初の一歩として。

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