<ガンバ定期便・VOL16>宇佐美貴史の涙。
7月27日に行われたJ1リーグ第3節、大分トリニータ戦。後半終了間際、84分にレアンドロ・ペレイラのゴールで同点に追いついたガンバ大阪は、5分のアディショナルタイムを迎えていた。ラインが低くなった大分に対し、前線に枚数をかけて攻撃を仕掛ける。「点を取りたい」。そんな声が聞こえてくるようにスペースを探し、パスをつなぎ、ロングボールを放り込み、とあの手この手でゴールを目指す。だが、こじ開けられない。祈るようにサポーターが見守る前で、アディショナルタイムは残り1分にさしかかろうとしていた。
そんな中、ライン高くDFラインを敷いていたキム・ヨングォンが右ゴール前へロングボールを放り込むと、パトリックが競り勝ち、頭で落とす。絶好のポイントにこぼれたボールに詰めたのは宇佐美貴史。ショートバウンドしたボールを右足でうまく捉えたエースの渾身の一撃は、ゴールマウスの真ん中を射抜いた。
「パワープレーになって、パト(パトリック)が弾いてくれるだろうと思っていたんですけど、まさかあんないいところに落としてくれるとは思っていなかったです。ちょっといいところに来すぎてビックリした部分もありましたけど、しっかりふかさないように…ショートバウンドで少し難しいボールではあったんですが、しっかりふかさないように打てたと思います」
雄叫びをあげてベンチに走り、喜びを爆発させる。その30秒後、試合終了のホイッスルが吹かれて勝利が確定すると思わず、涙が溢れた。今年で13年目を数える宇佐美貴史のプロキャリアにおいて、初めて見る類の涙。そこに彼が背負ってきた重責を知る。
もっとも、本人は試合後「涙ではない」と否定したが。
「あれは、泣いてないですよ。よりエモーショナルな雰囲気を演出するために、仕込んでおいたロート製薬さんの目薬を打っただけで、決して泣いてないです。ロートさんの目薬だと書いておいてください、はい」
AFCチャンピオンズリーグを戦い終えてからの3試合、『ボール一個分』に苦しんでいた。7月17日のアビスパ福岡戦の前半終了間際のボレーシュートは、ボール一個分左に外れ、続くヴィッセル神戸戦の後半アディショナルタイムのシュートも、ボール一個分右に逸れた。
「足のフリ、インパクト、コースも含めて、自分としては打った瞬間に入った、と思うシュートが、枠を捉えられない。ボール一個分だけ外れてしまう。決めたいと思うがあまり瞬間的に角を狙いすぎたのか。確実にと思う気持ちがダメなのか。でも、やっぱり決めたいから狙うねんけど…そこのマインドというか、獲りたい気持ちと、肩の力を抜くというバランスをとるのが難しい」
そう話していたのは神戸戦の直後だ。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)ではゴールこそ決められなかったものの、体のキレ、プレーからもコンディションの良さを自覚できていたからだろう。また、過去の経験から「取れる時は取れるし、取れない時は取れない」という割り切りを持つことが、ピッチでの自分を停滞させない方法だという自覚があったからかもしれない。第5節のタンピネス・ローバーズFC戦でPKを外した際も「このACLは『作り』に徹しろということだと割り切って続けるしかない」と前を向いていたもの。だが、帰国後のJ1リーグでも『取れない』時間が断ち切れず、その事実は次第に彼の心を重くしていく。しかも、試合では必ずといって自身にもシュートチャンスが生まれているからこそ、葛藤は大きかった。
「ACLからずっと、あとちょっと、というシーンが多いというか。全くチャンスがないわけではないのにボール一個分外れるとか、なかなか点が入らずに自分にリズムが生まれてこない中で、日程的にもどんどんタイトになって、チームが置かれている状況的にも頭や体がなかなかフレッシュな状態にならないというか…スイッチをパンと切り替えることができずに、どんどん自分が蝕まれていっているような感覚はありました」
そんな状況を振り払おうと、敢えてピッチ外ではサッカーのことを頭から外すため、読書に没頭した。本来「小説を読むのは得意ではなかった」はずが、今年に入って「スマートフォンばかり見ていると目が弱る」とアドバイスされたのを機に、意図的に読書に時間を割くことが増えると、その面白さに開眼。ACLの移動中も、ホテルの自室でもむさぼるように本を読み、頭の中を違う世界にいざなった。ACL期間中から帰国後のホテル生活で読んだ小説は、なんと16冊。といっても、サッカーのことを考える時間がゼロになることはなかったが、少しでも気持ちをフレッシュにすることで、ひたむきにサッカーと向き合える自分を作り出した。
「どんな状況にあっても、自分はトライし続けるしかないと思っていたし、練習でも、試行錯誤を繰り返しながらなんとか、ボール一個分のズレがゴールになるように、ということは本当に繰り返し、繰り返しやってきたし、『いつかは入る』と自分に言い聞かせてプレーしていました」
軸足の感覚、シュート動作。アカデミー時代から徹底して来た『ボールを止めて、蹴る』という原点に立ち返って丁寧に体の動き、プレーを見直したのも1つだ。大分戦の前日練習後は、さすがに松波正信監督から「明日のために今日はやめておけ」とストップがかかったが、ハードスケジュールの最中にあっても、練習後は決まって黙々とシュートを打ち込み『自分』と戦い続けた。
その過程をようやく結果につなげた、大分戦の勝利を決める逆転ゴール。他ならぬ、彼自身が待ち望んでいた感触だった。
「福岡戦も、神戸戦も、インステップで叩きにいって外していた中で、溢れてきた瞬間に…難しいところでバウンドするなというのはすぐに予測できたので、それをインステップで叩きにいくのか、インサイドで叩きに行くのか一瞬の判断を迫られた。福岡戦もちょっと高くあがったボールのシュートをインステップで叩きにいって外していたので今回はインサイドで軽くというか、力まずにコースをとらえることを意識しました。でも…正直、それでも外すかなというイメージはありました」
その言葉を聞いて、最近の宇佐美との違いを感じたのは、シュートを打つにあたって『決められる』ではなく、『外すかな』とイメージしていたことだ。
「打っても打っても、『ボール一個分』入らないというシーンが本当に多くて…得点をとることから逃げることは絶対にしたくないと思っていた一方で、正直、ヤケになるというか…もうええわ、くらいの感情になったこともありました。自分が次こそゴール、次は決めるとどれだけ強く思っても、それでも入らなくて八方塞がりだったというか…いい感覚でシュートを打てて、理想のコースに飛んでも、ボール一個分入らないとか、シュートまで持って行くまでの一連の流れはホンマに理想的やのに入らない、というのが初めての感覚だっただけに、今日のゴールシーンも入らんかもな、と思って打ったら入りました」
すなわち、冒頭の彼の言葉にある『獲りたい気持ちと、肩の力を抜くというバランス』は意外にも「入らんかも」という、開き直りに近い感覚から生まれたというのだから驚きだ。もっとも、その境地が、試行錯誤の中で丁寧に1つ1つのプレーを確認し、繰り返しシュートを打って感覚を磨き続けた日々に支えられていることは言うまでもないが。
「今日のレアンドロのゴールもそうですが、いろんな選手がペナルティエリアの中に入っていく機会が増えればチャンス、シュートが決まる確率も高くなる。実際、ああいうところで打つことができたらレアンドロにしてもパトにしても、僕にしてもみんな枠に飛ばせる力はある。だからこそ、今後もチームとしてそういう流れ、攻撃のシーンを多く作れるかが課題。そういうことを改めて再確認した試合でした」
その大分戦を終え、ウズベキスタンからの帰国後、2週間にわたって続いたバブルを形成したホテル生活にもピリオドが打たれた。
「ようやく…1ヶ月半ぶりにやっと家に帰って、家族に会える。バブルの最終日に、しっかり勝って笑顔で家族に会えることに本当に幸せを感じます」
試合後、噛みしめるように話した言葉に、改めてACLから続いた、選手たちの見えない戦いの日々を垣間見る。そういえば、ウズベキスタンでの滞在も終わりを迎えた頃、長女から届いた直筆での温かな「パパへの手紙」を励みにしていると話していた。
「パパ、だいすき。うずべきすたんはたのしい? もうがまんできない。はやくあいたいよ。もっといっしょにくらしたかったね。もっとたのしくくらしたかったよ」
パワーの源である家族からのエールを「嬉しくて、泣きそうになった」と受け止めながら「でも…読み進めるほど俺、離婚して家を出て行ったみたいになってない?!」と笑っていた宇佐美。この先は、そんな家族にも近くでパワーをもらいながら、まだまだ続く『連戦』に立ち向かう。『ロート製薬さんの目薬』を、彼自身が力に変えて。