遠藤保仁が試合で意識する“入り口”とは 流れには逆らわない、引き寄せるもの
ハーフタイムになると、遠藤保仁はシャワールームに直行する。
汗を流してリフレッシュするだけではなく、ユニホームはもちろんのこと、すね当てもインソールもすべて替える。ずっと続けてきたルーティンだ。
「気持ちをリセットできるんで。体を一度冷やして、全部を着替え直して。そこから監督の話を聞いて、グラウンドに出ていくっていう感じですかね」
「もう少し前からボールを奪っていこう。闘う気持ちを出して、このダービーをモノにしていこう」
ガンバ大阪の先輩でもある宮本恒靖監督の話を静かに聞き入れ、リセットして後半の舞台に向かう。このときチームメートからも戦術的な確認を求められることはあるが、多くを要求することはない。
「選手って、ああだこうだって言っても結構忘れてしまうんですよ(笑)。だからもう要点だけですね。セレッソ戦とは違いますけど、例えばディフェンスの選手に“3バックで回してうまくいかないようなら俺が1回下がるから、それでリズム出てきたら3バックで回してほしい”とかね。監督が言ったことを踏まえながら、僕としては聞かれたら1つか2つくらい言うだけ」
ハーフタイムの雰囲気は、ガンバ特有なものがあるそうだ。どんな試合展開だろうがドシッと構える遠藤の存在感はやはり大きいと、倉田秋は言う。
「ヤットさんって試合前だろうがハーフタイムだろうが、常に冷静で落ち着いている。それが周りにも浸透していて、落ち着ける雰囲気がつくれているようには思います」
「“入り口”を見逃さないように」
落ち着いて反撃を。
1点ビハインド、ガンバは後半開始からギアを上げてくる。
パスを回して前に人数をかけ、ペナルティーエリア内に侵入していく。7分には宇佐美貴史の右CKにファーで待ち受ける倉田がボレーで合わせるが枠を捉えることはできない。
徐々にガンバのペースになってくる。
流れというものは、逆らうものではない。つかむタイミングを間違えず、引き寄せていくもの。それが遠藤のポリシーと言えるのかもしれない。
「流れが相手にあるときは仕方がない。そのうち来るでしょって僕は思うんで。そういうとき“入り口”を見逃さないようにはしています。そこを間違えると引き返せなくなってズルズルといってしまいますから」
“入り口”とは自分たちがやるべきことを実行できるチャンスのこと。いい距離からいい攻撃に移っていくためには、ようやく得たその機会を失わないようにしなくてはならない。
ここでイライラしてしまっては“入り口”を見逃してしまう。
いつなんどきも冷静に。
プライベートでも接することの多い東口順昭は、一緒にゴルフをしようが、ゲームをしようが何をやっても「基本的にあの人は負けない」と語る。
「感情の起伏が見えないのはプライベートでも同じ。ちょっと崩れても立て直してくるし、途中経過で負けていてもイライラしない。イライラするのが普通なのに、あの人はまったくそれがないんです(笑)」
遠藤にそのことを尋ねると「勝負どころでしか本気を出さないから」となかば冗談っぽく笑う。ただ流れに逆らわないのは、遊びもサッカーも同じだ。
「マージャン漫画に『アカギ』ってあるじゃないですか。あんな感じというか、似ているところはあるかもしれない。サッカーもそうですけど、心理戦のところが多分にあるので」
『アカギ』の主人公、赤木しげるは相手の心理を読むことに長けた雀士(ジャンシ)。流れに一喜一憂することなく勝ち筋の“入り口”を見逃さないようにする点では、確かに遠藤とかぶる。
流れをつかむために。
倉田がボレーで合わせたその直後だった。
後半7分、セレッソ大阪はGKからつないでいこうとするがサイドで詰まり、中で待っていたレアンドロ・デサバトに渡そうとする。
遠藤はここを狙っていた。
トラップして持ち上がろうとしたところに体を入れてボールを奪い取り、ターンして前にいる宇佐美に縦パスを入れる。アデミウソンに渡り、ゴール前に入っていく矢島慎也へ。シュートは打てなかったものの、“入り口”を見逃すことなくチャンスにつなげたシーンだった。
終わったらすぐに切り替える
遠藤はこの1分後に交代を告げられる。
交代する井手口陽介、宮本監督とグータッチをしてベンチに下がった。無観客のスタンドからは拍手が起こることもない。スタッフ、チームメートが立ち上がって迎え入れ、一人ひとりとタッチを交わした。
チームは攻勢に出ながらも逆に追加点を許してしまう。アデミウソンのPKで1点を返したが、結局1-2でメモリアルゲームを落とした。
「難しくはない」ゲームを難しくしてしまったところから抜け出そうとしたものの、それを成すことはできなかった。
しかし終わったら、振り返らない。
結果で一喜一憂しないのも、ずっと変わらない。「負けてもウジウジしない」ため、終わったことよりも次のことに頭を切り替える。
クールダウンをしっかりとこなし、ロッカールームではチームから花束を渡され、シャワーを軽く浴びた後でリモートでの公式会見を済ませ、すぐに自宅に戻った。
「これだけ過密日程になると大事なのは疲労回復ですからね。帰ったらすぐにメシを食べなきゃとは思いました」
妻にお願いしているのは高タンパクの食事。栄養のバランスが取れた夕食を済ませて、大好きな風呂に入る。
時間は決めないでゆっくりと。
ただ、ここでも疲労回復を促すために、お湯につかるのと冷水でシャワーを浴びることを繰り返す。自宅では交代浴ができないため、彼なりの工夫である。
メモリアルゲームも632分の1
就寝前はストレッチをこなすなどして睡眠の導入を図る。寝る時間を決めてしまったらそれがストレスになってはいけないため「ゆっくりして、眠くなったら寝る」スタンスも曲げない。部屋の照明を消したら、携帯電話は見ない。目に良くないからだ。試合の夜はなかなか眠れない選手も多いなか、彼にはそういった心配もない。
窓のカーテンを閉めないまま寝るのが遠藤流。
「日の光を浴びて起きると目覚めがいいし、気持ちがいい。試合の前泊でも同じですよ。カーテンしないで光を浴びながら起きています。目のことを考えると朝起きてすぐも携帯電話とかは見ないようにはしています」
試合だろうが、練習だろうが彼の一日にそう大きな変化はない。
「若いときは明日試合だから生活をこうしておこうかっていうのはありましたけど、年齢を重ねるたびに、試合前日とかも関係なく普段の生活に近くなっていきましたね。普段の状態のまま、試合に出ているというか」
セレッソ戦は試合数で言えば632分の1であり、1年で言えば365分の1に過ぎない。
試合が終われば、またトレーニングをして次の試合に備える。
1週間に抑揚をつけず、平坦(へいたん)にすることによってこれだけの試合数を、それも安定したパフォーマンスでこなすことができているのかもしれない。
6時半になるとパッと目が覚める。
日の光を浴びて起きていつも通りゆっくりと準備をして、吹田のグラウンドへ向かう。
遠藤保仁の一日がまた始まる。