「ヤットさんってやっぱりすごいな」 東口が忘れられない、優勝を決めた試合

難しくはないが、雰囲気はまるで違う。

それが遠藤保仁のリモートマッチにおける率直な印象である。

再開前の練習試合でそのイメージは大体つかんできたつもり。

「お客さんがいてもいなくても、試合に臨むにあたっての気持ちは変わらないですよ。ただ、どうしてもテンポは遅くなりますよね。そうなってくるとデカいのが先制点。絶対的に優位になるっていうのは感じていましたから。ホーム、アウェーがなくなる。特にサッカー専用スタジアムを持っているところはだいぶ違うんじゃないですか。いつも圧を与えているのに、与えられないわけですから」

元々、先行すれば有利に立つスポーツではある。スタンドの「圧」がホームチームを奮い立たせ、アウェーチームをひるませる。先に点を取れば優位に立ち、逆に失っても挽回できる。しかしその利を享受できないとなると、流れをつかみ損ねてしまえばそのままスッと流れてしまう怖さがあるということ。

しかし遠藤からすれば「難しくはない」。いつもどおり、地に足がついた戦いができれば問題ないのだ、と。

悠然に、自然に。

いつものヤットがそこにいる。

無観客は「難しくはない」が……

ファーストタッチは開始から28秒。自陣右サイドで味方がボールを回収し、パスを受けた遠藤は左後方に控えるキム・ヨングォンに渡す。4分にはハーフウェーライン、宇佐美貴史が戻してきたボールをワンタッチでアデミウソンに送って前を向かせている。

背番号7から発信される指針。

しかし次第にチームがロングボールを選択する場面が増えていく。そこからチャンスになっていた背景はあるものの、ロング一辺倒になってくると話は別だ。ジャブからの組み立てを取りやめて、大振りのパンチばかりになってしまってはセレッソ大阪の堅守は崩れない。

無観客は「難しくはない」が、セレッソは“簡単ではない”。

遠藤はこう語っている。

「失点しない堅いチームっていう印象はありますよね。センターバックはペナルティーエリアの外から出てこないし、クロスを上げられても中できっちりはね返してくる守備。ビルドアップもちょこちょこ修正しながらやってはいるけど、守備が整備されているイメージが強い」

給水タイム後の前半25分だった。

遠藤が引き出したビルドアップに、妙味があった。

都倉賢のシュートが外れ、ゴールキックからのスタート。GK東口順昭は左ストッパーのキムから戻されたボールを、右にいる三浦弦太に出そうとするが、都倉が狙っているために切り返して中央へ出す。ボールを受けた遠藤は背後に相手が迫っていると分かっているため、一度GKに戻してから動き直して中に寄ってパスコースをつくる。ワンタッチで返されると、フリーで前を向く。縦のラインにいる矢島慎也にボールをつけて、そこからの展開で最終的にはペナルティーエリアに入るアデミウソンにボールが渡っている。

遠藤は言う。

「中に1回出さないと相手からしたら怖くない。横があるから縦じゃなくて、縦があるから横にいける。そうじゃないと相手のプレスにはまってしまうんで、何気ないパスかもしれないけど、そういったパスを何回もやっていくと相手は追わなくなる。そうなると前を向ける。今度、相手は“やっぱ追わなきゃ”となって体力を削る。時間が経てばよりビルドアップがスムーズになるって思っていますから」

縦パスを送ることで相手を怖がらせ、追われたところで奪われずに回していければ相手に疲労を与えられる。夏場なら、それは余計に。

「行っても取れないとなったら引くでしょ。そうなればもっとボールを回せてチャンスをつくれる。もちろん先制点を取ればかなりデカいんですけど、急ぎすぎてもダメなんで」

遠藤の思いを感じとった東口

実は給水タイムの際に、山口智コーチにもビルドアップがどう見えているか、意見を交換していた。「縦があるから横」は練習からやっていること、分かっていること。リモートマッチ、大阪ダービー、再開初戦……普段にないシチュエーションが、勝手に自分たちを難しくしてしまっているのかもしれない。

「慌てずやればいいんですよ。練習のなかで遊びながらボール回しするじゃないですか。積極的なミスなら別にいいやって思いながらやるものでもある。それを試合中にできるか、できないかだとは思うんですよ」

遠藤の思いを敏感に感じ取っていたのが、守護神の東口であった。

あのビルドアップのシーンをこう振り返る。

「ヤットさんが動き直して、そこ出せるんやって思いましたよ。危ないなとは思いましたけど、信じて出したら(相手が)裏返りましたからね。あの人が近くにいたらつなげるっていう合図やし、あかんかったら“前に蹴れ”ってやってくれるし。そこがハッキリしているからGKの立場からすればかなりやりやすい。

でも、それってヤットさんが、自分がやりやすいようにっていうんじゃなく、周りの選手がやりやすいようにって動いてくれる。周りがやりたいことに対して、いいやり方を探ってくれるという感じなんですよね。だからこっちも不安を持つんじゃなくて、ヤットさんが示してくれるんやからって自信を持ってできるんです」

自分に合わせろ、ではなく、周りがやりたいと思っていることを引き出していく。そういう感じだろうか。

ただ、遠藤はこの試合を「難しくはない」と考えていても、周りは違った。遠藤の次に年長者となる東口でも「難しい」と感じていた。

「リモートマッチも初めてやし、試合当日だってみんなそれぞれの車でスタジアムに移動したり、あまり人とは接触できないようになっていたり、いろんなことが初めてで、気持ちのつくり方がすごく難しかった。例えば試合前にヤットさんのセレモニーがあったりしたら、もっと気持ちがうまく入ったのかもしれないですけどね」

落ち着いてやれば、簡単ではなくとも、難しくもない。慌てる必要なんてまったくない。その遠藤の境地になかなか至れるものではない。

優勝が懸かった試合も普段通り冷静に

遠藤の存在感を語るうえで、東口には忘れられない試合がある。

J2から1年で復帰して3冠を勝ち取る2014年シーズン。J1優勝を懸けて臨んだ最終節のアウェー、徳島ヴィルティス戦のことだ。勝ち点で並ぶ浦和レッズ、「2」下回る鹿島アントラーズの結果によっては、優勝を逃がしてしまう可能性があった。降格が決まっている最下位の相手に対して焦りからゴールが奪えず、スコアレスで試合が進んでいく。

「選手たちのなかでも点を取らないとやばいぞって焦り気味だったんです。僕もそうですけど。でもヤットさんだけは違った。ベンチとコミュニケーションを取りながら“このままでいいぞ”って。勝って優勝しなくてもいいんだと、そういうのも頭に入れながら。ヤットさんってやっぱりすごいなって思ったゲームではありました」

パスを配りながらのメッセージ。

相手をよく見て、落ち着いて。

大阪ダービーはスコアレスで進んでいく。

遠藤保仁に感情の起伏は見えない。立て直しを図りつつ、勝負どころを探していた。

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