コロナ禍のJリーグ再開。ガンバ大阪に求められるマーケティングの変化

コロナウイルスの影響による中断期間を経て、再開が決定したJリーグ。前例がない状況下での経営が求められる中でJリーグクラブは今、何を考えているのか。今回はガンバ大阪を事例にクラブの営業収益源である「入場料収入」「パートナー(スポンサー)収入」について同クラブ所属でデジタルマーケティングを担当されている竹井学氏と、パートナー営業を担当されている吉村友寿氏の両名に話を聞いた。

サポーターのロイヤリティ
――まずは5月27日に発表された「2019年度クラブ経営情報開示資料」から入場料収入について聞かせてください。ガンバ大阪は12億4700万円で前年比+9500万円。ただ、残念ながら今シーズンはコロナウイルスの影響で無観客や入場者数を制限しての試合開催が予定されており、2020年度収入は大幅減が予想されます。クラブとしては何%減を試算されていますか?

竹井「見通しが立たないというのが正直なところです。(コロナウイルスの)第2波、第3波の影響や、試合直前に関係者から感染者が出て急遽中止にする可能性もある。経営的には無観客のまま1シーズンが過ぎるリスクも覚悟しなければいけない。もちろん、お客様に来ていただけるようになれば感染予防対策を最大限実施するなどの努力は行いますが、これまでの考え方では対応できない状況にあるのは間違いありません」

――そうした状況もあり6月2日にシーズン年間パスの払い戻しを発表されました。この決定に対して一部サポーターからは支払い済のお金をクラブに寄付したいという声もあがっています。

竹井「ありがたいですね。シーズン年間パスに関しては国として返金せずに寄付して頂ける場合は税優遇を受けられる制度が創設されているので、ガンバ大阪でも本制度が利用できるよう手続きを進めています」

――寄付でスタジアムを建設された実績や、追手門学院大学が2016年に発表した調査論文からも推測できますが、ガンバ大阪サポーターはクラブに対するロイヤリティが高い。

竹井「ものすごく高いと思います。パナソニックスタジアムはサポーターの方と一緒にクラブを創り上げてきたシンボルですよね。コロナの影響でサポーターの皆様も大変な状況にあるにも関わらず寄付などで助けてくれるサポーターがいてくれるのは甘える意味ではないですが、ありがたく思います」

――昨今「弱みを見せる」ことが必ずしもネガティブに働かない事例が増えてきています。サポーターの立場としてはクラブが苦しい時に支援できる喜びもあると思うのですが、クラブとしてはどのようにお考えでしょうか?

竹井「クラブによって違う部分はあると思いますが、まずは信頼関係。ネガティブな情報も、ポジティブな情報も正直に伝えて理解してもらうことが前提にあるのではないでしょうか。ガンバはそういうコミュニケーションを取ってきました。だから、弱みを見せることは助けてもらうことが目的ではありません。チームがしんどい時は応援してもらって、勝った時は一緒に喜ぶ。シンプルなことですが、こうしたことをきちんと伝え続けていくことが大切だと思います」

入場料収入に代わるもの
――ご担当のデジタルマーケティングについてもお聞かせください。これまでガンバ大阪のデジタルマーケティングはスタジアムへの来場促進と紐づけて語られることが多かった分野ですが、それが叶わない今シーズンは代わりに何を訴求される予定ですか?

竹井「仰る通り、これまでデジタルマーケティングはスタジアムに来場していただいた方の行動分析を軸に延べ来場者数を増やすことを目的に“リアル”を意識したものでした。しかし、今シーズンはスタジアム外をフィールドとした新しい事業を立ち上げていかなければなりません。例えばインターネット上で楽しめるコンテンツサービス。(デジタル上の)ファンとの交流会など、試合ありきではない企画が求められていると思います。そういうコンテンツは大阪に住んでいないサポーターにも楽しんでもらえます」

――ピンチをチャンスに変える。

竹井「試合を中心に考えると、昨シーズンまでの営業機会は年に20試合程度しかない訳ですが、デジタルコンテンツであればその機会は増えますし、ターゲット範囲を大阪以外にも広げることができます。スタジアムにお客様が来てもらえる日常が戻ってきたとしても、この分野には注力していかなければなりません」

――デジタルコンテンツについて具体的な話もお聞きしたいのですが、今シーズンからOB選手をMCに迎えた「CAZI散歩」や現役選手のプライベートに迫る「ガンバの今」など動画コンテンツを積極的に制作されていますが、これもデジタルマーケティングの一環でしょうか?

竹井「そうですね。これまでも動画コンテンツは配信していましたが、試合を観ていただくためのプロモーションという意味合いが強いものでした。そうではなく、新たなファンサービスとしての動画コンテンツ制作は今年から始めました。クラブとしての優先度は入場料収入やスポンサー収入と比較すると低かったのですが、コロナの影響もあって本格的に取り組み始めています」

――動画コンテンツやSNSも同様だと思いますが、マネタイズはさほど意識されていない印象です。現状、何をKPIとして運用されていますか?

竹井「デジタルコンテンツの稼ぎ方はまだクラブとして確立できていないので、試行錯誤の段階です。KPIもまだ設定していません。例えばYouTubeで配信している動画コンテンツにはパートナーはついていただいていますが、動画広告は入れていません。今後、サポーターの方に喜んでもらえるサービスの在り方を把握した上で、年に何回配信するとか、単価をどうするかなどを検討したいと思っています」

デジタルサービスの展開

営業収益において入場料収入と共に大きな柱であるパートナー収入についても話をお聞かせください。2019年度実績では18億6300万円で前年度比+1800万円。ここも入場料収入ほど直接的ではないにしても、コロナウイルスの影響は避けられないことが予想されます。

吉村「非常に厳しくなるだろうなと予測しています。まずは今年度のパートナー契約を履行できるのかが直近の課題です。パートナーのアクティベーションに関してもデジタル上の接点をこれまで以上に活用していくことを検討しています」

――具体的な事例があれば教えていただけませんか?

吉村「『ホームで勝とう ~ガンバとともに~』というプロジェクトを立ち上げました。パートナー、ホームタウンなど“ガンバファミリー”の方々に関する情報をクラブとして束ねて発信することでスケールを大きくし、コロナの影響でコミュニケーションが難しい状況においてもサポーター・ファンとのエンゲージメントを止めないことを目的としています。4月末にスタートしてから30程度の施策をさせていただきました。その中で、デジタルを活用したスポンサーとの取組みとして、例えば、2005年にガンバがJリーグ初タイトルを獲った試合がDAZNで先日放映されたのですが、それと同時に、その試合に出場していた宮本恒靖監督や山口智ヘッドコーチなどをゲストに招いた実況、解説番組をYouTubeのライブで配信し、その番組にロート製薬様に協賛頂きました。ロート商品の露出や出演者による商品PRを番組内で行い、1万人以上の方に視聴頂きました」

――スタジアム内でブースを出展するなどリアルのパートナーアクティベーションも効果はあると思いますが、デジタル化することによってより効果測定がしやすくなるメリットもあるように思えます。

吉村「効果測定においてはその通りだと思いますし、パートナー企業様が求めているブランディングや販売促進を理解した上でデジタルだからこそ実現できるアイデアやツールを検討していく必要性があります」

――ここまで「パートナー=法人」という前提で話を進めさせていただいているのですが、“個人スポンサー”という考えはありませんか?無観客でのJリーグ再開が決まった際、「投げ銭」のシステム導入検討が話題になりましたが、見返りを求めないギフトエコノミーの考え方はJリーグと親和性が高いように感じます。

竹井「クラウドファンディングなどですよね。試合のチケットやグッズなどサービスの対価ではなく、違ったメリットに対してスポンサードしてもらう仕組みは検討してみる価値はありますね。今はお金を動かしてもらいやすい仕組みも整いつつあるので」

――今回はお金が話の中心ではありましたが、クラブの資本はお金だけではなく、サポーターとの関係性も含まれると考えます。コロナ禍で厳しい状況だからこそ新しいアプローチが生める可能性もあるのではないでしょうか。

竹井「我々サッカー界も含めてエンターテイメントはこの状況下で生活に必要ないのではないかという葛藤は関連する業界で働いている人は持っていると思います。このまま世の中から必要とされなくなってしまうのではないか、と。だからこそ、自分も大変な状況にも関わらずクラブを支えるためにアクションを起こしてくれる方がいてくださるのは本当にありがたいことです。必要とされていることで勇気づけられる面はかなりありますね。そういった方々にとっての存在意義を考えながらJリーグ再開にむけて準備しようと思います」

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