J中断による、サッカーがない時間。改めて意義を感じる水戸の取り組み。

プロサッカー選手からサッカーが奪われた。いや、奪われたという表現はよろしくないか。何れにせよ、プロサッカー選手は今、“仕事”ができない状況に陥っている。

では、彼らは今、何をすべきなのか。いつ訪れるか分からない活動再開に向けて、コンディションキープはもちろん、ボールに触れるなど足元の感覚を維持することは必要だろう。ただ、この時間を使って「サッカー以外のこと」に目を向けることも必要ではないだろうか。

高校年代をメインに取材する筆者は、これまで多くの進路に対する悩みに直面してきた。近年多いのは「プロ生活はサッカーをやっていない時間の方が長い」という声だ。プロである以上、生活の中心をサッカーに置くべきである。しかし、ボールに触れていない時間が長いからこそ、それを有意義に使える、使えないでは、キャリアも大きく変わってくるだろう。

プロフェッショナルとしてどう過ごすべきなのか。セカンドキャリアへのアプローチをどう計画するか。

しかし、その時間をうまく使いこなしている選手はどれほどいるのだろう。何をすればいいかわらかないという若手選手も少なくない。そんな現状をふまえ、大学進学を選択する高校生も増えている。

何のためにサッカーをやり続けるの?
以前、当連載で水戸ホーリーホックの西村卓朗GMのインタビューを行った。そこでは水戸がクラブとして取り組む、選手育成や社会人としての人格形成のプロジェクトを紹介した。その1つが『Make Value Project』(以下、MVP)だ。

一昨年から外部講師を招き、各々の専門分野の講義(70~90分)を行い、そこで得た学びをクラブが採用するキャリアコーチとの面談を重ね、蓄積・言語化させていく。

「今ここにいる人たちは小さい頃からプロサッカー選手を目指してなることができた人ばかり。ただ、『この先は? 』と問いかけると、曖昧な部分がある。これまではプロになるためにやってきたけど、実際なったら『この先、何のためにやり続けるの? 』と。ここからは自分のスタンス、考え方、こだわりを整理して、じゃあそのこだわりはどこから来ているの? 誰に影響を受けたの? それをどう今後に反映させていくの? という、いくつもの問いかけの答えを見出していく。

そのために 内部だけではなく、外部の人の講演を聞くことで、講演者の日常や価値観、『なぜ今この職業をやっているか』に直に触れることができる。それを受けてじゃあ自分はどうか? こういう視点を持っていたか? と問いかけながら、自分のスタンスを醸成していくことが目的です」

専門家、経営者、医療関係者まで。
これまで招いた講師は多種多様だ。

社会基礎力(経済産業省が2006年に提唱した「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力と12の能力要素から構成された「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」)を指導する山内貴雄氏、元楽天執行役員の小林司氏、元浦和レッズの鈴木啓太氏。さらには医療関係者、地元企業の関係者、クラブの代表取締役社長である沼田邦郎氏、取締役の小島耕氏など、錚々たる顔ぶれだ。

そんな中で、取材をきっかけに西村GMから講師のオファーをいただいた。

取材時のアプローチを西村GMに逆に質問されたことを契機に、「それを選手たちの前で話してください」というものだった。さらに「遠慮せずに『こういう選手は伸びない』とか、きついことをどんどん喋ってください。彼らに本音を本気でぶつけることで身になりますから」と熱意を込めた言葉までいただいた。

自分なんかがプロサッカー選手の講師になっていいのか悩みはしたが、登壇することで、いつもは質問する側が質問される側に周る。これまでと違った視点での発見があるのでは、と思い恐縮ながら引き受けることにした。

伝えたことは、取材者の意図と駆け引き。
MVP講師当日、議題にしたのは我々取材陣が対象者(選手)をどのような目線で見ているかということ。選手たちは日々、無数の取材・インタビューを受けるが、そこには1つ1つ意図があって、駆け引きがある。取材者は細かい選手の所作まで目を配ってネタを見つけるわけだが、その視点を包み隠さずに選手に伝えることで、コミュニケーションの重要性や意義を説くことにした。

私が考えるに、プロサッカー選手はいかに「自分」を理解できるかに尽きると思っている。言い換えれば、「自分のGPS」を持っているか。自分の現在地を常に把握していれば、自ずと目標までの道のりは明確となり、スムーズに進んでいるのか、渋滞しているか、またこっちの道の方が早い、進みやすい、と具体的なアプローチを練ることができる。どんなリスクがあるのかを把握していれば、それに対する準備もできるだろう。

それは、インタビューをするときも同じだ。選手の本音を引き出すという目的に向かって、どういうルートを辿ればいいかを考える。聞きたいことがあるとき、それをストレートに聞くべきか、それとも別の話から始めるのか。対象者の目が見開いた瞬間を見逃さない。

また、私がコラムや本を作る時に大事にするのは、困難や壁にぶち当たった時にどう生きるか、どう考えるか、どういう行動を起こすかを伝えることだ。1人の人間が苦難を超えていく時に何が必要だったのかということを、サッカー選手を通して読者に伝えていく。

過去の作品の制作した際の秘話などを盛り込んで、話をさせてもらった。

講義して感じたプロの「聞く力」。
参加した選手は15名。スタッフや西村GM、冨田大介CRC、ベテランGK本間幸司も飛び入りで参加をしてくれた。

講演をしながら感じたのは、どの選手も「話を聞き慣れている」ことだ。「ここが自分にとって重要だ」と感じるところでメモを取り、前のめりの姿勢になる。自分に置き換えて考えこむ選手もいた。これまでも学生などに向けた講演会を行ってきたが、プロサッカー選手たちの「聞く姿勢」のレベルの高さに改めて驚かされた。

講演後、せっかくの機会だったので、参加選手に感想を逆取材をさせてもらった。自分の伝えたいことがしっかりと伝わったかを確認する意味でも――。すると、終了後すぐにであったにもかかわらず、自分の答えをしっかりと言語化できていたのだ。

「取材する側の人がどういう気持ちで僕らと向き合っていたのか、その熱量が伝わってきた。我々選手も1つ1つの質問にしっかりと向き合い、責任を持って発信していかないといけないと思いました」(FW村田航一)

「ジャーナリストにとって『伝える』ということは、ただ情報を与えるのではなく、読み手の心に伝えるということを聞いて、僕らにも当てはまることだと思いました。サッカー選手として、周りの人たちにとって心の拠り所になる存在にならないといけない。プロとして自分のやるべきことをまた1つ確認できました」(DF細川淳矢)

前述したようにさまざまな業界に身を置く専門家の話を聞くことで、多様な考え方や刺激を得ることができる。それを蓄えることで、サッカー以外の時間がより充実したものとなるのだ。

何が問題で、どうするべきかわらからない。
印象的だったのは、水戸在籍2年目で、プロ7年目を迎えたMF森勇人だった。

「水戸に来てから自分の考えを言葉にする力がかなり身についたと思っていますし、今日の講義でそれがまた1つ深まったと思っています」

名古屋グランパスの下部組織から2014年にトップ昇格し、その後ガンバ大阪で2年間プレーした後、この水戸にやってきた。

「プロ入りしてからずっと『サッカー以外の時間が多い』と感じていて、『この時間を有効活用しないと将来に響くんじゃないか』と漠然とした不安と疑問を抱えていました。

引退後の自分を考えた時に、指導者になりたいと思っていたので、G大阪時代から自分がこなしたトレーニングメニューや監督、コーチが話していたことをメモしていましたし、英語のマンツーマンレッスンに通うなど、自分なりにアプローチしてきた。でも、現在地と明確な目標が曖昧で、ただこなしているだけのように感じていたんです」

「水戸1年目は一番充実していた」
MVPを通じて、彼のモヤモヤした不安と疑問が明確な目的と課題に変わっていった。

「社会人としての基礎を学びました。サッカー選手はサッカーのことしか知らないんだと痛感しましたし、触れ合う人間の幅が狭い。MVPは自分と深く向き合うこともできるし、講師の話を聞きながら、自分が何のためにサッカーをしているか、自分にとってサッカーとは何かを掘り下げる機会でもある。自分の中で疑問に思っていたプレーしていない時間の使い方、活かし方をより具体的に学べています。

いろんな業種、価値観の人と会うことで自分の考えを深めることで、自分の存在意義を考えることができている。漠然とした疑問に、ダイレクトな答えを導いてくれた。昨季過ごした1年間はプロ生活の中で一番充実していたと思います。

今回の講義で納得したことは、言葉で発言するときにこそ、頭を回転させ、自己理解、客観性などあらゆる要素を整理しながらやらないといけないということ。今までだったら思ったことをズラーっと口にして最後に『あれ、俺、結局何を言いたかったんだろ? 』と思うことも多かったけど、自分なりに考えて行動することが習慣化したことで、今は整理しながら、どの言葉をチョイスしようかとイメージしながら話すようになりました。予測、発見、準備、選択、実行をプライベートから意識することで、サッカー面でも頭がクリアになったように思います」

「観点や言語化能力を養うことは大事」
今季、レンタルで水戸に加入しているMF山田康太はまだ3回程度の受講だが、MVPの意義をこう語る。

「もともと僕は人の話を聞くことが大好きなので、毎回面白いなと思って聞いています。自分にはない視野からの意見、視点の持ち方を知ることができて、いろんな考え方ができる。サッカー選手なので、サッカーを中心に考えるのは当たり前ですが、今のうちに多くの観点や言語化の能力を養うことは凄く大事で、自分のことを整理することでより話が面白く聞けるし、発見がある。自分が発言するときも一度考えてから出せるようになって、それがサッカーにも繋がっていく実感を持っています」

現在、各クラブが活動休止しているように、選手たちはサッカーができない状況に置かれている。自分と向き合う時間が増えたことで、自らの足りない部分をより強く感じていることだろう。中にはサッカーがない自分に焦りを感じている選手もいるかもしれない。

こういう状況下になったことで、日頃から水戸が取り組んできたMVPの意義を改めて痛感した。現在もMVPは定期的にリモートで開催されているという。

サッカーはできないが、学ぶ機会までもが失われたわけではない。外部からの刺激を得ながら、自分自身に向き合い、問いかけ、発見していくことに時間を費やす。学ぶ意欲はモチベーションに繋がり、発見は前進につながる。さあ、この時間をどう生かすか。

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