ガンバからついに取り払われた聖域。 遠藤保仁、定位置奪回はなるのか。

4月30日のガンバ大阪vs.横浜F・マリノス戦後、誰よりもいちばん早くミックスゾーンに現われたのは、遠藤保仁だった。試合に出ている時は、ゆっくりとシャワーを浴びて最後の方にメディアの前に出て来て、丁寧にメディア対応をしている。

だが、この日はいつもと様子が違っていた。

遠藤は、スタメンではなかった。

前節の大宮戦もスタメンではなく、ベンチスタートだった。この時は4日後に控えているACLのアデレード・ユナイテッド戦に向けての温存と見られていた。そして迎えたアデレード戦、遠藤はスタメン出場したがPKのチャンスを逸し、試合も3-3のドローに終わった。

それがマリノス戦に影響したとは思えない。アデレード戦からは中4日あり、極端に疲れている状況ではないし、本人もコンデイションは悪くなかったという。

しかもガンバはマリノスと相性が良くなく(リーグ戦15勝27敗10分)、順位を上位に留めていくためには絶対に勝たなくてはならない試合だった。

19年ぶりのベンチなし、「その時」が来たのか。

重要な試合のスタメンにもかかわらず、遠藤の名前がなく、しかも最後まで出番がなかった。リーグ戦2試合連続でのベンチ。そして試合出場しなかったのは、横浜フリューゲルス時代以来、19年ぶりのことだという。

ベテラン選手は、ある時を境にベンチに座る回数が増えていく。

遠藤に、ついに「その時」がやってきたのだろうか。

2013年、長谷川健太がガンバの監督に就任した時、最初に着手したのが守備の整備だった。その前年に65失点を喫し、J2降格したことを考えると、弱点を修正していくのは当たり前のことだが、同時にそれはチームのスタイルを変えてしまう懸念もあった。

西野時代の超攻撃から、長谷川体制の守備重視型へ。

西野朗元監督が率いた頃の黄金時代は“3点取られても4点取ればいい”という超攻撃的なスタイルだった。1-0で勝つよりも派手に打ち合い、それを制するところにガンバは存在意義を見出していた。西野は「攻撃」をガンバのDNAとして残し、負けたくないがために面白みに欠け、守備的な戦いを続けるクラブに対してアンチテーゼを投げかけたのだ。

遠藤は、その超攻撃的チームの中心だった。

しかし、J1に上がるために長谷川監督がチームにメスを入れるとスタイルが少しずつ変わっていった。どんな相手でも真っ向勝負で攻め倒すスタイルではなく、まず守備から入り、攻撃はカウンターが中心になった。結果的にそれが2014年の3冠達成につながった。ガンバは「攻撃」というキーワードを残しつつも「堅守」がベースのチームに生まれ変わったのだ。

これはある意味、仕方のないことだった。

監督が代わればサッカーも変わる。ガンバの黄金時代を支えた選手たちが抜けていき、ここ数年で選手が大きく入れ替わった。

ボールロストが増えていた遠藤の適正位置は……。

それと同時に、遠藤のプレーも「波」が大きくなってきた。

2016シーズンの遠藤はボールロストが増え、さらに守備の部分ではボランチとして相手の素早い攻撃に対応できなくなってきた。そこで遠藤をトップ下に上げて守備の負担を減らし、ボランチを今野泰幸と井手口陽介らに任せた。しかし、トップ下でもペナルティボックス内に入るスピードやフィニッシュでの物足りなさが見えてきた。

そこでシーズン終盤に試したのが、アンカーだった。

アンカーは、中盤の底で守備の役割を担うポジションだ。

南アフリカワールドカップで日本代表が戦った際、岡田武史監督はアンカーを採用した。そこを任されたのが日本屈指の守備力を持つ阿部勇樹だった。阿部を置くことで全体の守備力をアップさせ、インサイドハーフである遠藤と長谷部誠に守備はもちろん、攻撃面でより力を発揮させようというのが狙いだった。

今野と井手口で遠藤をフォローする形だったが……。

長谷川監督は今シーズン、アンカーシステムを本格的に採用した。

しかしそれは、遠藤の攻撃力を生かすための策だった。

ただし、それにはインサイドハーフの選手が極めて重要になる。ガンバには今野という攻守に優れ、運動量豊富な選手がいた。「今ちゃんがいなければアンカーは取り入れていなかった」と長谷川監督が言ったが、遠藤の攻撃力を生かすためにも守備で良さを見せる今野の存在がこのシステムの成否を握っていたのだ。

このシステムが機能し、2節の柏戦からは3バックにして好スタートを切った。この布陣は日本代表のハリルホジッチ監督にも影響を与え、今野が代表復帰し、アウェイでUAEを打ち破ったのである。

しかし、その今野が代表戦で負傷し、戦線離脱した。

その後チームは井手口、倉田秋と遠藤の3人でユニットを編成した。だが今野不在の影響が大きく、守備の迫力が薄れ、チームは勝ちきれなくなった。実際、4月に入ってからの新潟戦は3-2の薄氷を踏むような勝利で、そして広島戦は0-1で敗れ、セレッソ大阪戦は2-2ながら内容的にはほぼ負け試合だった。

大宮戦の大勝を受けて、マリノス戦も遠藤を控えに。

チーム状態が下降気味になったと感じた長谷川監督は打開策を打った。

そのタイミングが大宮戦だった。

開幕戦以来の4バックに戻し、アンカーに井手口を置き、インサイドハーフには藤本淳吾と泉澤仁を置いた。選手が溌剌とプレーし、6-0と大勝した。

その試合とほぼ同じ面子でマリノスに挑んだのは、大宮戦で結果を出した選手への期待とシステムへの自信があったからだろう。

前半は相手の慎重な戦い方に付き合う形で、攻撃がまったく機能しなかった。動きが出たのはアデミウソンと長沢駿が入ってからだ。そこで堂安律のゴールが生まれたわけだが、本来であればここから畳み掛けて一気に試合を決めるのがガンバのスタイルだ。

ところが相手の圧力に防戦一方になり、流れを変えられない。

そういう時こそ、ゲームメークできる遠藤が生きてくる。

だからこそ交代カードのラスト1枚は、遠藤かと見られた。だが、長谷川監督は丹羽大輝を投入。3バックにして守備を固めた。

遠藤は、出番を失った。

倉田、井手口、堂安の成長も大きな要因ではある。

遠藤は、このまま控えに甘んじてしまうのだろうか。

チーム内には「ヤット信者」が多い。類まれな戦術眼と技術の高さを持つ遠藤を見て学ぶ選手が非常に多く、選手からは絶大な信頼を置かれている。

だが起用法を見ていると、遠藤が絶対的な選手ではなくなってきているのが見て取れる。

それは遠藤自身の課題もあるが、日本代表に入った倉田、若手の井手口、堂安らの成長が著しいことも大きな要因として挙げられる。

柏戦のような、気迫のこもったプレーを見せられるか。

また、堅守速攻を標榜する長谷川監督の求めるものと、遠藤が生きるスタイルには開きがある。もちろん選手は監督の求めるサッカーを具現化すべくプレーするのが当然だが、遠藤にも長年ガンバで築いていたDNAを継承していきたいという思いがあるはずだ。

長谷川監督は、その考えを理解しているからこそ今回の決断に悩んだと思う。

その選手が長年クラブに貢献し、活躍してきた選手であれば当然、起用に気を使うことになる。だが、監督が求めることに対して応えられていないと判断した場合、いつ、ベンチの決断をするのか。これは、遠藤のようなレジェンドを抱えているクラブが直面する課題でもあるが、長谷川監督は勝つために他の選手を選択した。キャプテンである遠藤を外して、チーム内に厳しさを見せた。これを見て、何かを感じない選手はいないだろう。

何より、2試合2勝という結果を出している。

遠藤という不動の領域にメスを入れ、ガンバに聖域がなくなった。

今までの遠藤ではレギュラーを奪取するのは困難になる。必要なプラスアルファを身に付けて、ピッチで違いを証明していかなければならない。そのひとつの基準となるのが3月5日、柏戦でのプレーだ。あれだけ気迫のこもったプレーを見せれば長谷川監督もスタメン起用に躊躇しないはずだ。

「ポジションを奪われたぐらいで引退はしない」

長いシーズンでは必ず、ベテランの力が必要になってくる。

単調な展開になった時にテンポを変え、「違い」を見せられるのは遠藤だけだ。遠藤自身も「ポジションを奪われたぐらいで引退はしない。奪われたら奪い返しにいく」と、ポジション奪取に意欲的だ。

普通の選手にとってはかなりの試練だが、遠藤にとっては決してネガティブなものではない。おそらく、こう思っているはずだ。

プロ20年目にさらに成長するチャンス。

自分のプレーを少しずつマイナーチェンジし、監督の要求するものに応えてレギュラーでプレーしつづけてきた歴史が、そう思えるだけの余裕を生んでいる。

遠藤は、いずれスタメンに戻ってくるだろう。

そのプロセスは遠藤にとって貴重な財産になり、ガンバにとって再び大きな戦力になるはずだ。

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