Jリーガーから年商219億円のベンチャー社長に! 元ガンバMFはいかにして成功を掴んだのか

22歳で現役を引退。まさにどん底からの──。

 懐かしい顔に会いにいった。週刊サッカーダイジェスト編集部でガンバ大阪を担当していた頃、取材を通して交流のあった元Jリーガーだ。

嵜本晋輔。1982年4月14日生まれの浪速っ子だ。来月に35歳となる彼はいま、株式会社SOU(ソウ)の代表取締役社長を務めている。

SOUはブランド品や貴金属、骨董品などの買取・販売を行なう会社で、買取専門店「なんぼや」を中心に、様々な事業を展開している。なんと2016年8月期の売上高はおよそ219億円! 2011年の設立ながら、いまや業界では知らないひとがいないほどの急成長を遂げた。

どれだけ貫禄が出たのだろうか。品川の最先端ビルの上層階に本拠を構える嵜本社長を尋ねた。IT企業のような洗練されたフロアの奥から、颯爽と現われる。スリムな体型と爽やかな笑顔、そして、やや強めの大阪弁のイントネーション。現役の頃となにも変わっていなかった。

従業員339名を束ねる男は言う。

「あの頃(現役時代)は将来のことなんてなにも考えてませんでしたね。チャラチャラしてましたし、それこそ引退してからどうするのかとか、なにもビジョンがなくて。ずっとサッカーをやっていけるんやろうくらいに思ってましたから」

ガンバには2001年から3シーズン在籍した。入団時、クラブのスカウトが「ごっつ足が速くて、点を取るセンスもある」と太鼓判を押していたのを思い出す。同期は井川祐輔、児玉新、日野優といったユースからの昇格組ばかりで、その頃のガンバの新卒はたいていが大学生だった。嵜本は関西大一高出身。「ガンバが珍しく高体連の選手を獲った」と、驚かされたものだ。

だが、プロの世界は甘くなかった。嵜本は「僕にはこれといった武器がなかったんです」と振り返る。3年間で、公式戦出場はわずか4試合。そして、2003年の秋に戦力外通告を受けた。21歳の若さだった。

「いやもう、お先真っ暗ですよ。プロのクラブからオファーはなかったですし、もう引退するしかないんかなと」

そんななか、嵜本が新天地に選んだのが、当時JFLの佐川急便大阪SCだった。普段はサラリーマンとしての業務に勤しむ、サッカー選手との二足の草鞋。「キツかったけど、いろいろ考えることができましたし、結果的には貴重な時間になりました。いまの僕があるのは、あの頃の経験のおかげです」と語る。

佐川急便大阪SCとの契約は1年で終了。嵜本はスパイクを脱いだ。まさにこのどん底から、サクセスストーリーがはじまった。

「やっぱり僕を育ててくれた古巣ですから」。

 地元・大阪で父親が営んでいた小さなリサイクルショップが、スタート地点だ。家業を手伝いながらふたりの兄(嵜本は3人兄弟の末弟)と会社を立ち上げ、中古ブランド品の買取・販売などの事業をはじめる。

2008年からは新事業としてパティスリーブラザーズの名で洋菓子業をスタートさせた。そして2011年には、焼きたてチーズタルト専門店が爆発的にヒット。のちにガンバのスポンサーとなる「PABLO(パブロ)」の出店に至るのだが、三男の晋輔はここで独立に踏み切った。同年、もともとの生業であった中古ブランド品の買取・販売を手掛ける現在の会社を設立したのである。

次から次へと斬新な企画とアイデアを打ち出し、それまでどこか陰鬱なイメージのあった“質屋”や“リユースショップ”をファッショナブルに一変させた。鑑定士をコンシェルジュと称し、「お客様とモノを結ぶストーリーがあると思うんです。モノの価値や想いをつなぐためのスペースにしたいと考えました」と、女性でも入りやすい店舗デザインを追求。「なんぼや」「ブランドコンシェル」というふたつの買取ブランドは、いまや全国で40店舗を展開する一大チェーンとなった。

若くしてプロフットボーラーとしての道を閉ざされ、路頭に迷うJリーガーは少なくない。そんな彼らの未来を、少しでも明るく照らす存在になりたいと話す。

「僕はプロとしてモノにならなかったけど、こうしてセカンドキャリアで結果を出すことができた。僕と同じような境遇の選手ってたくさんいると思うんです。若いうちから引退後のことを考えるのって難しいやろうけど、少し意識するだけでぜんぜん違ってくるはずです。そういう選手たちにやればできるんやということを、僕なりに見せていければなと思ってます」

今シーズンから、ガンバのトレーニングウェアに企業ロゴを出稿している。少し照れながら、「恩返しじゃないですけど、やっぱり僕を育ててくれた古巣ですから。いつまでも応援したい気持ちに変わりはないです」と頬を緩めた。

夢は膨らむ。海外進出、そして株式の公開も視野に入れている。

「元Jリーガーってだけじゃなく、元プロスポーツの選手が上場企業の社長になるのって、数少ないと思うんです。夢がありますよね。いまはそこも目標に、頑張っていきたいです」

昔と変わらない柔和な表情のなかにチラリと、ベンチャー社長の気概と自負をのぞかせた。

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